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シュラディンの告白

　――夕食後のこと。

　話があると言われ、ウェイルはまたもシュラディンの酒に付き合っていた。

「ウェイル。昨日の話だがな」

「『ハクロア』と、そしてヴェクトルビアのこと、か」

「ああ」

　シュラディンが切り出したのは昨日の話の続き。

「実は今日、色々と市場観察に行っていたんだ。そして確信した。やはりハクロアの値動きがおかしいとな」

「……どういうことだ？」

「言葉の通りだ。『レギオン』、『リベルテ』、『カラドナ』。それ以外の大半の貨幣単位も価格変動はいつも通りに推移している。だが肝心要の『ハクロア』だけ、変動に妙な違和感があるんだよ」

「ハクロアだけ？　それは何かおかしいな……。具体的にはどの辺がおかしいんだ？」

「ハクロアの価値だけが、一日に異様な回数上下変動を繰り返している。これがどういう意味なのか、裏で何かが暗躍しているのか、それは判らん。だが少なくともヴェクトルビアでの事件が作用しているのは間違いない」

　貨幣単位『ハクロア』を発行しているのは『王都ヴェクトルビア』である。

　そのヴェクトルビアで、王宮が半壊したほどの大事件が発生したのだ。

　極力情報は隠しているものの、完全に情報を封鎖するのは難しい。

　発行元の都市の治安や情勢が乱れて評判が下がれば、それだけハクロアの価値に影響が出てくる。

「ハクロアがどんどんと売られていると俺は睨んでいる。おかげで逆に金(ゴールド)の価値がジワジワと上がってきているよ。少し金に変えていた方がいいかも知れんな」

「ハクロアの暴落か……。考えたこともなかったな」

　ハクロアは金のように安定した価値を持つ貨幣として有名である。

　そのおかげで大陸全土でもっともポピュラーな貨幣であり、他貨幣と比べて圧倒的な人気を誇る。

「まだ事件になるような大幅な暴落ではないんだがな。だがこれは何かの前兆やも知れん」

　シュラディン曰く、ハクロアの価値は変動は大きいものの、その変動の平均を取れば元の価値近くで収束するそうだ。

　市場に影響が現れることは少ないといえる。

「おそらくプロ鑑定士協会や世界競売協会も調査に乗り出しているはずだ。だがな、ウェイル。安心だけはするなよ？　特にお前はヴェクトルビアの事件に深く関わっている。お前の発言一つによって市場が変動する可能性があることを忘れるな」

「ああ、判ってるよ」

　事件の当事者のイタズラな発言は、妙な信頼を持って広がっていく。

　特にウェイルはプロ鑑定士だ。余計な噂が立てば、その影響は計り知れない。

　師匠の忠告に、ウェイルは素直に頷いた。

「よし、じゃあこの話は終わりだ。何かあり次第、連絡はする。お前も何か判ったらすぐに知らせてくれ。いいな？」

「了解したよ、師匠」

　そこまで話して、二人は酒を同時に煽った。

「ぷはぁ、うまい！　いつも一人で飲んでいるんだが、たまには誰かと飲み交わすのも悪くない」

「そうか。ならたまには寄らせてもらうよ。フレスもギルパーニャに会いたがるだろうしな」

「そうしてやってくれ」

　話がフレス達のことになると、シュラディンはまたも昨日見せた難しい顔になっていた。

「なぁ、ウェイルよ。フレスちゃんのことだがな」

　シュラディンが切り出したのは、やはりその話。

「師匠、昨日は何が言いたかったんだ？」

「……ああ。そのことなんだが……」

　やはりシュラディンの口は重い。

　しばらく間が空いたが、やがて意を決したのか、シュラディンは真剣な顔をしてウェイルに向き直った。

「なぁ、ウェイル。フレスちゃんはな……」

「フレスは……？」

「――彼女の正体は『龍』なんじゃないのか？」

「――――っ!?」

　ウェイルはこれ以上ないほど驚愕していただろう。

　何せシュラディンにはフレスが龍であるようなことをほのめかす供述や行動を一切とっていなかったからだ。

「な、何故……!?」

「図星なのか？　ウェイルよ」

「……そうだ」

　シュラディンの表情は険しい。

　まるで何かを知っているような、そんな顔。

「どうして判った――は正確じゃないな。……どうして――知っていた……？」

　知っていた。

　そう、シュラディンは確実にフレスのことを知っている。

　師匠と再会してからというもの、フレスを見る彼の目は、どこか遠く、態度はよそよそしかった。

「……ほほう。そう尋ねるか。流石は我が弟子。核心をつく言い方だ」

　ぐっと酒をあおると、シュラディンはポツポツとだが、衝撃的な内容を口にしてくれた。

「ワシは昔、あの子と一緒に行動していた時期がある。彼女はそのことは覚えてはいないだろうがな。だがワシはしっかりと覚えている。あの日、そしてあの事件のことを……」

「あの事件……？」

　それからシュラディンはウェイルに己の知りうる全てのことを伝えてやった。

　ウェイルも話の内容に動揺を隠しきれなかったが、冷静に一言一句こぼさず聞いていた。

　話が終わった後、シュラディンは最後にこう言っていた。

『フレスには謝っても謝りきれない。ワシに力が足りなかったばかりに――』と。

　そして彼の話の中には、何度も『ライラ』という少女のことがあった。