プロ鑑定士の実力
「ねぇ、ウェイルにぃ。あの男連中って、どうなったのかな?」
「さてな。あんなガラクタ同然のレプリカを100万ハクロアという高値で落札したんだ。今頃は泣いてるんじゃないか?」
「そういえばさ、どうして最後100万ハクロアまで吊り上げさせたの? レプリカって判っているなら、あれ以上ウェイルにぃが行動する必要はなかったでしょ?」
「まあ、そうなんだけどな。だが俺としても大事な妹と弟子をコケにされたみたいで少し苛立っていたんだよ。それで柄にもなく大人気ない対応をしてしまったってわけだ」
「大人気ない対応?」
「そうさ。奴らの損失を少しでも大きくしたかったから、つい札を上げてしまったよ」
「でもさ、あの値段を吊り上げてきた奴はサクラなんでしょ? とすると出品者とグルなわけだから、どんな値で落札されようとも損はしないんじゃないの?」
出品者と落札者がグルであれば、いくら値を上げて落札しても、現金の行き来をしたことにすればいい。損はしないはずなのだ。
「それがそうは問屋が卸さない。オークションを利用するためには当然手数料が掛かるだろ?」
「うん」
「実はあのオークションハウスな。99万ハクロアまでの落札品に関しては手数料が落札金額の5%なんだ。だが落札金額が100万ハクロアを超えた場合、手数料は一気に跳ね上がってしまうんだよ」
「そうなの!?」
「100万を超える競売品の取引には、競売税という税金と、強制的に保険に入らなければならないんだ。この事はプロ鑑定士試験に出るかも知れないぞ?」
「なんですと!? メモしないと……。フレス、鉛筆とって!」
「うん! ボクも勉強する!」
そそくさとメモを取り始めるギルパーニャとフレス。
「話を続けるぞ? つまりな、99万ハクロアと100万ハクロアの間にはとても大きな手数料の差があるんだ。たとえ裏オークションとはいえ、競売税だけは必ず払っている」
「え!? どうして!? 裏なんだから払ってないのが普通じゃないの?」
「逆だよ。裏だからその辺はきっちりする。何故ならプロ鑑定士協会がとても怖いからだ。表向きだけでも普通のオークションに見せなきゃならないからな。脱税したとして家宅捜索に入られるわけにはいかないだろう?」
「なるほど……」
「そういう理由で手数料はとても高くなる。あのオークションハウスのルールを見たんだが、99万ハクロアまでの手数料は5%だが、100万になると、なんと12%だ」
「12%……? とすると100万で落札したから……12万ハクロア!? 高すぎるでしょ!?」
「だろ? たとえ出品者と落札者が裏で繋がっていようとも、オークションハウスとは関係がないはずだ。そして裏オークションの職員はどんなことがあろうとも手数料を徴収する。奴ら、今頃大変なんじゃないのか? 何せあのレプリカ、価値は二束三文にもならないんだからな!」
ハハハハハ、と笑うウェイルに、ギルパーニャがムッとする。
「ウェイルにぃ! 笑ってるけどさ、一歩間違えば私達がそんな目にあってたんだよ!? たとえ私達がコケにされて悔しかったって言っても、最後の入札は自殺行為だよ!」
「そうだよ! もしあいつらがあれ以上入札してこなかったらどうするつもりだったの!?」
プンスカするギルパーニャとフレスを尻目に、ウェイルはさらに笑い声を強くした。
「アーッハッハッハッハ、あ~あ、少し笑いすぎた。あれもな、実はそれほど分が悪い賭けでもなかったんだよ」
「……どゆこと?」
「奴ら、おそらくあのカラーコインを誰にも渡したくはなかったんだと思う。何せあのカラーコインはこの都市屈指の金持ち、ルーフィエ宅から持ち出されたものだ。奴らはずっと俺達を監視していたんだからその程度知っている。ルーフィエの所持品だとすると、その価値は計り知れないと考えるのが普通だ。そんなカラーコインを、お前達が全力で取り戻そうとしている。あげくの果てには、一緒にいた男まで取り返そうと躍起になっている。だとすれば、カラーコインの価値は100万どころじゃ済まない。そう奴らが考えるのは自然なことだ」
「まあ確かにそうだとは思うけどさ。ルーフィエさんの家、この都市に似合わない大豪邸だったし」
「奴らの誤算はただ一つ。そのカラーコインが贋作だったってことだけだ。まさかルーフィエ宅から贋作品が出てくるとは夢にも思ってなかったんだろうな」
「……ボク、なんだか少し可哀そうに思えてきたよ」
「何、自業自得だ。彼らには十分反省してもらわないとな」
「でももし奴らが金額に妥協してきたらどうするつもりだったの!?」
「そうだなぁ。プロ鑑定士として裏オークションの捜査をしていた、と言い張って逆にオークション側を摘発し、競売を無効としていただろうな。何はどうあれ、プロ鑑定士が介入してきた時点でオークション側はどう転んでも不利になるからな。勝ちの決まった闘いをしただけの話だ」
なんて平然とあくどい事を言ってのける兄弟子に、ギルパーニャは素直に感嘆していた。
「……さ、流石はウェイルにぃ……。腹黒い……」
プロ鑑定士の実力を、目の前で見せつけられた。
ずっと一緒だと思っていたあの頃のウェイルが、今はとても遠く感じる。
(私も頑張らないと……!! 絶対プロ鑑定士になってやるんだから……!!)
――●○●○●○――
その夜は非常に豪勢な夕食となった。
ギルパーニャが稼いできた92万ハクロアの内、10万をシュラディンの金庫にこっそり戻すと、残ったのは82万。
ちなみに82万あれば、この都市で三年は遊んで暮らせる。
そんな大金をギルパーニャは惜しげもなく使い、テーブル上には最高級の料理が並んでいた。
「おお、今日の夕飯は凄まじく豪華だな……」
用事から帰ってきたシュラディンも思わず目を丸くしている。
「さぁ、師匠、ウェイルにぃ! 冷めないうちにどんどん食べてよ!」
「そうするか」
「あのね、ウェイル。このシチューはボクが作ったんだよ?」
「どれどれ……。お、やっぱり美味いな! だいぶ上達したんじゃないか?」
「エヘヘ~、ギルに色々と教えてもらったんだ~」
フレスの得意料理のシチューは、ギルパーニャのおかげでさらにレベルが上がったようで、シュラディンも美味いと頷きながら舌鼓を打っていた。
「フレスって、結構料理の才能あるかもね。今度は別のレシピ、教えてあげるから!」
「うん、よろしくね!」
「いやはや、こんなに楽しい食事は久しぶりかな……?」
ワイワイと賑やかな食卓に、シュラディンがウェイルに呟く。
涙ぐんですら見えるシュラディンに、ウェイルは頷き返すだけであった。
「ギルパーニャがあれほど生き生きした笑顔を見せるのは、お前がいた時以来だよ」
「……そうなのか?」
「ああ。今までこんな爺と二人暮らしだったからな。親友が出来て本当に嬉しいんだろうよ。ありがとな、ウェイル。フレスちゃんを連れてきてくれて」
「礼ならフレスに言ってくれ」
そういうと男二人は、かしましく楽しげな女二人を見て、優しい笑みを漏らしてしまったのだった。




