龍の恩返し
「あのな、お前は食べすぎだ。そもそも最初の分を全部一人で食った癖に、お代わり分も半分以上食いやがって。おかげで俺の夕飯は随分と貧相になった」
「えー、別にいいじゃない! 減るものでもないし」
「俺の腹が減ってるだろ!?」
こんなやり取りが、さっきからずっと続いている。
まさかこんなにも早く、龍の少女と馴染んでしまうとは思いもしなかった。
いつもならば、一人で静かにゆっくり過ごす夜。
誰かと一緒に賑やかな夜を過ごすなんて、師匠のところから旅立って以来、久しぶりのことだった。
出張鑑定で大陸中を巡る旅は、孤独の方が気楽だ。
時折心を許せる友人達と卓を囲む程度の人付き合いが、自分には性に合っていると思っていた。
だが、現実は妙に脳天気な龍の少女一人に振り回されっぱなしなのに、意外とこれも悪くないと思っている自分もいた。
「あ、これってウェイルの最後のスコーンだよね? あーん。パクッ。う~ん、やっぱり美味しい~!」
「おい。わざわざ確認してから食うってのは、どういう嫌がらせだ?」
「スコーンの一つくらいで怒らないでよ~。ほら、ボクとウェイルの仲じゃない! 笑って許してよ!」
「俺達はまだ出会って一時間も経っていないだろ!?」
「あ、確かに! ウェイルって、ツッコミが得意なの?」
「そんなこと生まれて初めて言われたぞ……」
なんとものんきで平和な会話を続けていたが、そろそろ話を進展させるべきだ。
これからのことについて考えねばならない。
ウェイルは、話の成り行きで、フレスを弟子にしてしまった。
だから師匠としてそれ相応の責任をとるつもりではあるが、逆に弟子にも求めることはある。
タダ飯を食わす気なんて更々ないし、これからは鑑定助手という形でそれなりに働いてもらう事になる。
ならば鑑定を行うにあたり、最低限の知識や教養を叩き込んでやる必要がある。
そのために、まずフレスがどの程度の知識を持っているか確かめることにした。
(龍だからこそ持っている知識が、使えるかもな)
龍といえば、長寿命である。無限と表現しても差し支えないほどだ。
封印から解放されたフレスは、記憶が曖昧になっていると言っていたが、もしかすれば太古の昔のことを思い出すかも知れない。
(人間では知り得ない知識が、そこにはあるはずだ)
「ふう。ごちそうさま~。いやぁ、久しぶりに解放されたけど、やっぱり人間の食べ物っておいしいよね~」
「そいつはよかったな」
「ふわぁぁあぁぁ……」
お腹一杯で満足したのか、フレスは大きな欠伸を一つ。
膨らんだお腹をポンポンと叩きながら、ゴロゴロ寝転ぶマヌケな姿を晒す龍が実在するだなんて、まさに事実は小説よりも奇なりである。
「一般的な龍のイメージなんて、粉々に吹き飛んでしまいそうだ……」
寝っ転がって、うに~っと背伸びするフレスを見て、はぁ……と嘆息すると、ふいに質問が浮かんだ。
そもそも、どうしてフレスは弟子になることを承諾したのだろうか。
「なぁ、お前は何故、俺の弟子になろうと思ったんだ?」
「えっとね、ウェイルはボクを解放してくれた人だからだよ。解放してくれたお礼をしなくちゃね! 恩返しってやつだよ! ほら、ボクって孝行者でしょ?」
「……なんて迷惑な恩返しだ……」
「む。今何か言った?」
「いや、何も」
フレスがジト目でこちらを睨んでくるが、無視を決め込んだ。
どうやらウェイルは、思いっきり勘違いしていたようだ。
ウェイルがフレスを弟子にしようと決意したのは、フレスを解放してしまった責任を取るためである。
しかしフレスから言わせると、弟子になることがお礼であり、恩返しだという。
絶妙な想いの解釈のズレが、そこにあった。
不思議なことに利害は一致していたし、今更どうこう言う気はないのだが。
「それにね! ボク、鑑定士って仕事にも、ちょっと興味があったんだ!」
「そうなのか。なら鑑定ってことについて、どれくらい知っている?」
「何にも知らないよ!!」
「本当に興味あったのか!?」
「これから勉強するもん! あ、でもね、神器に関しては結構詳しいよ! もしかしたら師匠の何倍も詳しいかも!」
凄まじいドヤ顔で、エッヘンと口にしながら胸を張るフレスである。
「お前、本当に龍らしくないよな……」
龍といえば畏怖や恐怖の象徴だ。
だが今のフレスからは、畏怖や恐怖なんて微塵も感じられない。
そんなことを思っていたら、ついボソッと呟いていた。
「何か言った?」
「いや、何も」
さっきと同じやり取りをしているような気がするが、気のせいだろう。
「龍らしくなくて悪かったね! ボクだって、望んで龍として生まれてきたわけじゃないもん! 龍だって、龍なりに悩みごとはあるんだよ!?」
「……聞こえているのかよ」
むぅ、と口を膨らませて不満感を露わにするフレスは、ふてくされて寝そべってしまった。
「悪かったって、つい本音がな」
「なおさら悪いよ!?」
「機嫌直せって。おーい」
「つーん」
「はぁ……」
これからの事を考えると頭痛すら覚える。
弟子をとるなんて初めての経験だし、何よりその弟子というのが普通の人間ではなく龍なのだ。
誰かに相談したくとも、他に龍を弟子にしている鑑定士なんているはずもないし、これからフレスをどういう風に弟子として育てればいいのか、皆目見当もつかない。
不貞腐れるフレスの様子を見ながらそんなことを思ってのだが、逆にポジティブに考えてみれば、そんなに悪いことばかりではない。
(神器に詳しいってのは嬉しい誤算だな)
『神器』とは、神々がこの大陸に残した遺産と云われている。
現在の人類の叡智では、とても解明することは出来ない、謎だらけの代物だ。
いくらウェイルがプロの鑑定士でも、神器に関してはさほど詳しいわけじゃない。
専門家と名乗るには、あまりにもおこがましいと思えるほどの、基礎的な知識しか持っていないのだ。
とはいえ、これまでも神器の鑑定依頼は少なからずあったし、これからも鑑定依頼が来る可能性は大いになる。
そんな時、神器に詳しいフレスという存在は、非常に心強いはずだ。
――そういうことで、不貞腐れたフレスを褒めちぎって、持ち上げまくることにした。