親友が出来た
「私達も帰ろうか!」
「うん!」
リグラスラムの町中を仲良く歩いて帰る二人。
「ふん、ふふふふ~~ん♪」
「フレス、ご機嫌だね」
「うん! ボク、今すっごく楽しいから!」
フレスは鼻歌まで披露するほど、とても気分が良かった。
ウェイルに封印を解いてもらってから、初めて友人が出来た。
もちろんウェイルに対しても似たような感情を抱いてはいるが、あくまでもウェイルは師匠だ。対等な立場な友人は、ギルパーニャが初めてだった。
「ふふん♪ ……えへへへ♪」
懐かしい気分だった。
二十年前にも、同じように鼻歌を歌いながら手を繋いだ相手がいた。
思い出と現実が、ピッタリ重なった感覚だった。
「ねぇ、フレス」
「うん? 何?」
一歩先に出たギルパーニャは、クルリとフレスへと振り向き、顔を覗き込んできた。
「あのさ。このカラーコイン、私達で鑑定してみない? 師匠の手を借りずにさ」
「カラーコインを!? 出来るの!?」
ウェイルすら鑑定に手を焼いている代物だ。
それを二人だけで鑑定するなんて無謀だ。
「どう? やってみない? ウェイルにぃを驚かせてやろうよ!」
根っからのイタズラっ子なギルパーニャは、八重歯を見せてにんまりと笑い、フレスを誘った。
「……うん! やってみよう!!」
なんだかギルパーニャとなら何とかなりそうだと、フレスは誘いに乗る。
「ボクもたまにはウェイルにいいところを見せたいよ! それにプロ鑑定士になるんだったら、これくらいやってみせないとね!」
「そうだよ! 私だって今年プロ鑑定士試験を受けるんだ! これくらい、なんてことないよ!」
「ギルも受けるんだ! なら一緒に合格しようね!」
「うん! 絶対に合格しようね!!」
同じ目標を持った友人が出来た。
そのことは、フレスはさらに表情を緩めてしまうのだった。
そしてそれは警戒心まで緩ませる結果となってしまう。
「……見つけたぞ!! 昨日の生意気な糞ガキだ!!」
「おい、急いで人員を集めろ!! 行動開始だ!!」
――●○●○●○――
二人がワイワイと談笑しながら帰路につく途中。
「……フレス、ちょっと待って……!!」
突如ギルパーニャの表情を強ばらせ、周囲を警戒し始めた。
「どうしたの?」
「……私達、見られてるよ」
「そうなの?」
フレスは周囲を見回してみる。
「誰もいないよ?」
「だからこそ不気味なんだ……!!」
喧噪の絶えないこの都市で、二人の周辺は静寂そのもの。
それがまさに異常なのだ。
まるでこの都市が二人を意図的に避けているかのよう。
「多分、囲まれてるよ」
「だ、誰に……!?」
「判らないけど……」
ねっとりとした視線が二人にへばりつく。
ギルパーニャは、建物の上にキラリと光るものを発見した。
鋭い殺気が、こちらに牙を剥いてくる。
「フレス! 危ない!!」
ギルパーニャが叫ぶと同時に、それは打ち放たれた。
「フレス!」
「うわぁ!!」
ギルパーニャは咄嗟にフレスを引き寄せる。
すると今まさにフレスが立っていた場所に弓矢が突き刺さっていた。
「誰だ!?」
ギルパーニャが屋上を睨み返す。
そこには見覚えのある顔が、いやらしく唇を吊り上げていた。
「へっへっへ、失敗失敗」
「あいつ、昨日の……!!」
その男とは、昨日ウェイル達を襲っていた連中の一人。
「……だとすると、この視線は奴の仲間のか……!!」
「さぁ~て、次は当てちゃうよぉ~~!!」
弓を構えたスキンヘッドの男は、不敵に笑うと、また弓を構え直す。
「フレス、逃げるよ! このままじゃ殺されちゃうよ!!」
ギルパーニャは失念していた。
そう、ここは貧困都市リグラスラム。
命の価値など無いに等しいスラム街だ。
彼らはフレス達の命より、その身に着けている衣服や所持品の方に価値を見出す。
そういった連中が集まった都市なのだ。
「……クソ、私だってここの怖さはよく理解していたはずなのに……!!」
このままでは間違いなく殺される。
いや、殺されはしないだろうが、その場合、あの連中に陵辱されることだろう。
ギルパーニャ自身、何度もそういう危機に出くわしてきたし、仲間がレイプ被害にあったことだってある。
ギルパーニャは全力で走った。
最悪の状況から逃げるために。
「フレスをそんな目に遭わせるわけには……!! ――って、フレス!?」
一緒に逃げていると思っていたフレスが、そこにいない。
「フレス!? どこ!?」
一度逃げてきた道を引き返す。
「フレス!! 一体どこへ……………!?」
――見つけた。
フレスは裏路地で、総勢13人の男に囲まれていた。
「さぁて、どうしてくれようか……!!」
「昨日の借り、返させてもらうぞ?」
「嬢ちゃん、金目の物は持ってるかい?」
「持ってるよ! でもオジサン達にはあげないよ?」
じりじりと迫る男達に、フレスは物怖じせず答えた。
その態度に男の一人は癪に障ったらしい。
「おい! テメェの状況を判って言ってんのか!? ああ!?」
男はナイフを抜いて、その刃先をフレスへ向けた。
「フレス、逃げて!!」
ギルパーニャの叫びが響く。
その叫びも空しく、男のナイフは無情にもフレス目がけて振り下ろされた。
ドチュゥ……という、生々しい音がギルパーニャの鼓膜を震わせる。
そして目の前で鮮血が飛んだ。
「わ、私のせいだ……!!」
些細な油断から、取り返しのつかない事件に……!!
「フレスーーーー!!」
「――なに?」
「……え……!?」
ギルパーニャは目の前の光景を信じることが出来なかった。
「ギルパーニャ、大丈夫だった?」
自分の身を案じるその子は、たった今自分が身を案じた子。
「フレス!? どうして!? あいつらは!?」
「あそこで全員倒れてるよ?」
どうしてか周囲からは冷気が立ち込め、冷気の中心には凍てつく寒さで凍え苦しむ男達が横たわっていたのだ。
「刺されたんじゃないの!?」
「あれは違うよ。あれはね、ボクが刺したんだよ? 大丈夫、傷は浅いし急所も外したから死ぬことはないよ」
見るとナイフを持った男は、肩に手を当てて倒れていた。
肩は真っ赤に染まっていたものの、命に支障の出る出血量ではない。
「ふ、フレス……!?」
「ギル……?」
わなわなと手を震わせて、ギルパーニャがフレスの肩に手を置くと。
「もう、馬鹿!! 心配したんだから!! せっかく友達になれたのに! 死んじゃったかと思ったじゃない!!」
涙ながらに抱きついてくるギルパーニャに、フレスはしっかりと受け止め、背中をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫だよ。ボクって、結構強いんだから。何せウェイルの弟子だもんね! ボク、ギルパーニャのことを守るよ! 大切な親友なんだから!」
「うううううう、フレス~~!!」
「よしよし、いい子いい子~」
泣きじゃくるギルパーニャの背中をさすり、落ち着くまで待った。
「馬鹿フレス……。もうこんな危ないことはしちゃダメだよ……!!」
「それはお互い様だよ! 昨日はギルパーニャがボクを助けてくれたんじゃない!」
「……エヘヘ、そうだったね! じゃあこれでおあいこだね!」
「うん! 早く戻ろうよ! また仲間を呼ばれたら厄介だから!」
二人は薄暗い裏路地で、改めて友情を確かめ合ったのだった。
――ポケットに入っていた物が無くなっている事に、フレスはまだ気付いてすらいなかった。
肩を刺された男が、それを見つける。
「……これは……! いい金になりそうじゃねえか……!!」




