表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
第二部 第五章 貧困都市リグラスラム編 『妹弟子と運命のコイン』
166/763

世界に一枚のカラドナ硬貨

 ウェイルとルーフィエの熱い硬貨談義の傍らで、知識が足りず会話に入れないフレスとギルパーニャは、頭の上に?マークを浮かべて顔を見合わせていた。


「ねぇ、ギルはウェイル達の話、判る?」

「う~ん。私、あんまり硬貨について詳しくないからなぁ。聞いたことあるって程度にしか判らないよ」


 ギルパーニャの専門は骨董品である。

 シュラディンの鑑定助手として硬貨の鑑定をしたことはあるが、その時はほとんど話を聞いていなかった。


「そういえば師匠が言ってたよ。ここリグラスラムは硬貨コレクターにとって最高の場所なんだって」

「どうして?」

「リグラスラムは貧困都市でしょ? だから価値の高い紙幣はあまり流通しないんだって。反面、価値の低い硬貨はたくさん流通しているから、レアな製造年硬貨や記念硬貨が見つかりやすいって」

「へぇ、そうなんだ」


 リグラスラムは貧困都市。経済的な生活水準が非常に低い人々が集まった都市で、ギルパーニャも一人である。

 スラム街の市場に行けば判るが、紙幣など誰も使ってはいない。

 価値が高すぎて、誰も持っていないからだ。

 逆に言えば、この都市で流通している貨幣の9割が硬貨ということになる。

 硬貨コレクターは無論このことを知っているため、リグラスラムに居を構える物好きもいるほどだ。

 専ら金持ちが嫌われるこの都市では、周囲から疎まれて苦労は多いそうだが、そこはコレクター魂で乗り切っているのだそうだ。


「物好きもいるもんだねぇ」

「鑑定士がそんなこと言っちゃダメでしょ。その物好き相手の商売なんだからさ」

「ねぇ、ギル。いい機会だから、ボク達も硬貨について勉強してみようよ! プロ鑑定士試験に出るかもしれないよ?」

「あれ? フレスも試験受けるの?」

「そうだよ! だから一緒に勉強しようよ!」

「そりゃいいアイデアだね! よし、色んな硬貨を見てみようよ!」


 フレスとギルはこっそりとウェイル達から離れると、展示されている硬貨をしげしげと観察することにした。





  ――●○●○●○――





 その頃、ウェイルは展示されていた硬貨の中に見慣れないものを発見していた。


「……この硬貨、まだ市場に出回ってはいないものか?」


 ウェイルが指差したのは一枚の銅貨。

 サビや汚れは一切なく、美しい光沢を放つ非常に新しい銅貨だった。


「フッフッフ……。流石のウェイル殿とはいえ、この硬貨はご存じありますまい! これはですね……流通前の新カラドナ硬貨なのですよ!」

「……なんだと……!?」


 思わずその銅貨を手に取りそうになるが、ギリギリ理性が働き、手を止める。危うく指紋を

つけてしまうところだった。

 出した手を慌てて引っ込めて、しっかりと手袋を装着後、改めてその銅貨を手にとってみる。


「……ほ、本当にカラドナ硬貨だ……!! しかし一体どうやって……!?」

「実はですね。先日クルパーカーで事件があったでしょう? ご存知ですかな?」

「……ああ、知っている」


 まさかルーフィエも、目の前にいる男が事件の当事者だとは想像すらしていないだろう。


「クルパーカーは今回の事件で多くの市民を亡くし、被害を出してしまったようです。復興資金のためにクルパーカー王家主催のチャリティーオークションが開催されたのですよ。そのオークションに出品されたのは大半がダイヤモンドヘッドでしたが、私にとってそれは全く興味のないもの。しかしそのオークションの中で、私を虜にさせたのが一つだけあったのです。それがこの硬貨です」

「……なるほどな。硬貨の試作品を記念品としてオークションに出品したのか……」


 新貨幣を製造する際は必ず試作品が作られる。

 その硬貨には試作品と証明された印も入っており、世界に二枚とない唯一のコインとなっていた。


「お値段はかなりのものでしたがね。コレクターとしてはこれくらい落札して見せないと見せないとライバルに自慢できませんからな」

「いやはや、貴方はコレクターの鑑だよ」


 ルーフィエが立てた指の数は、下手をすれば小さな家が建つほどの額面だった。


「デザインが素晴らしいのです。実は本来、完成品のデザインには、この試作品に描かれているイラストを用いる予定だったそうです。ですが、何らかのトラブルがあったようで急遽イラストを変更したのだとか。変更後のイラストに描かれているのは龍のイラストなんですよ」


(サラーのことだな)


「しかしですね……。この硬貨は、なんと女の子が描かれているのですよ!!」

「……本当だ……!!」


 硬貨を裏返すと、そこには見覚えのある顔が描かれてあった。

 この顔は紛れもなくサラーだった。


「これを出品した王家の方……、えっと、確かイレイズ殿と申しましたか。その方が申すに、このデザインはとある事情により没になってしまった。それで仕方なく龍のデザインに変更したのですが、試作品だけは当初のデザインのままであるとか」

「クックック……、とある事情で没か……! そうかそうか! アーーッハッハッハッハ!!」


 イラストにされるのを本気で嫌がるサラーと拒否されて残念そうにするイレイズの姿は、直接見なくても目に浮かぶ。

 ウェイルは思わず大笑いし、そして気が付けば目に涙が浮かんでいた。


「ど、どうされましたか!?」


 突然のウェイルの涙に心配してくるルーフィエ。


「いや、なんでもないよ……!! それにしても、この硬貨。本当に素晴らしい。思わず感動して涙が出てしまったよ。ルーフィエさん。それは本当に素晴らしい硬貨だ。俺の知る限り、その硬貨以上に美しい硬貨はないよ。だから、その硬貨、一生大事にしてくれよ?」


 イレイズとサラー。

 この硬貨は部族都市クルパーカーに平和が訪れた象徴なのだ。

 ウェイルは柄にもなく目に涙を浮かべるほどに嬉しかったのだ。


「も、もちろんですよ! これは一億ハクロア積まれたって売りはしません! 私もウェイル殿と同じ気持ちですよ! これに描かれた女の子ほど美しい女性は見たことがない。この硬貨を見ているだけで心が癒される気分になるのです。死ぬまで大切にしようと思います」

「そうしてくれると、イレイズも喜ぶよ」


 世界でたった一枚の、サラーが描かれたカラドナ硬貨。


「良いものを見させてもらったよ。ありがとう」


 涙を手で拭い、ルーフィエに礼を言った。


「いえいえ、私もこのコレクションを理解してくれる人に出会ったのは久しぶりで。なんだかとても嬉しいのです。この硬貨を見てこれほど感動を覚える方は同じコレクター仲間でも初めてでして」


 コレクターは、やはり同族を求める。

 ルーフィエはその後も楽しげに自慢の硬貨を披露してくれて、ウェイルもそれに応じたのだった。


「ルーフィエさん。そろそろ鑑定に移ろうと思うのだが」


 珍しい硬貨につい夢中になっていた二人は、依頼そっちのけで会話を弾ませていた。


「そうですな。本音を言うと、少しウェイルさんを疑っていたのですよ」

「疑っていた?」


 尊称も『殿』から『さん』になるほど、二人は親密になっていた。

 そこでルーフィエが本音を漏らし始める。


「そうです。実はウェイルさんの前にもプロ鑑定士に依頼したことがありまして。そのプロ鑑定士に様々な硬貨を見せたのですが、どれも見当違いのことばかり言う。200ハクロア硬貨のことすら知らない方でした。プロ鑑定士ともあろう人間がこれほどまでに間違うのかと、私は落胆してそれ以降あまりプロ鑑定士を信頼できなくなっていたのです」

「プロ鑑定士にもそれぞれ専門性があるからな。俺は様々なものを見て回るのが好きだから、硬貨のことも詳しく知っているんだが、他の鑑定士が知らないのも無理はない。問題は派遣した方だな」


 プロ鑑定士の多くは自分の専門分野を持ち、それ以外に興味を示さない。

 適材適所に鑑定士を派遣するためにプロ鑑定士協会から、派遣業務を委託された会社がいくつもある。

 その会社の見込みが甘ければ、このようなことも起こるし、起こってしまえば信頼問題にも関わってくる。


「それは判っているのですけどね。それでも顧客はガッカリしてしまうんですよ」

「貴方の言う通りだ」


 会社のシステムの誤り、派遣された鑑定士の手違い。

 どのミスも顧客には一切関係がないのだ。


「だから貴方を試させてもらったのです。今回の品を依頼するに値する鑑定士かどうかを。そして判りました。ウェイルさん、貴方は本物だ。私の話にここまでついてこられる人はそういない」

「そんなことはないよ。硬貨専門の鑑定士だっているからな。俺なんて大したことはないさ」


 ルーフィエが求めてくる握手にしっかりと応じながら言葉を返す。


「何を仰います! 確かにそういう専門の方もいるでしょう。しかしこの新カラドナ硬貨の魅力を、私以上に感じたウェイルさんより他に、私の信頼を勝ち得る鑑定士などこの世にいませんよ。貴方にだから託したい。貴方に鑑定して欲しい。私にとって、もはや価値などどうでも良いのです。今回貴方に依頼したのも、本当は共感者が欲しかっただけなのかも知れません」


 ルーフィエは握った右手の上にさらに左手を添えてきて、ウェイルもそれに応えた。

 二人は固い握手を交わしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ