妹弟子、ギルパーニャ
「……ふぇぇぇ……、なんとか助かったよぉ……」
あの後、追いかけてくる男達から何とか逃げ切ったウェイル達は、リグラスラム郊外にある物静かな裏路地に身を隠していた。
「君さ、貧民街の住民をバカにする言葉は、絶対に言っちゃいけないよ? 命に関わるから」
「うう……、ごめんなさい……。悪気はなかったんです……」
「ありがとう、君のおかげで助かったよ」
ウェイルは、ピンチを救ってくれた救世主の背中に声を掛け、手を差し伸べた。
「まったくもう、ウェイルにぃったら、変に無茶するところは相変わらずだね!」
「そう言うなよ。俺だって好きで無茶しているわけじゃないんだ――……ん? ちょっと待て。今ウェイルにぃって……?」
記憶の中で、ウェイルのことをそう呼ぶのは一人だけ。
「あれ? もしかして気づいていなかったの?」
先程感じた手の感触。
心の奥底から懐かしい気持ちがこみ上げてくる。
「……もしかして――――ギルパーニャ、なのか……?」
「そうだよ! 大切な妹のことを忘れるなんて、一体どういうこと!?」
くるりと振り返った彼女の顔は、とても懐かしい笑顔だった。
亜麻色のショートヘアーで、にんまりと八重歯を覗かすその表情は、幼い頃となんら変わってはいない。
「ギルパーニャ!? お前、大きくなったなぁ!!」
ぐりぐりと頭を掻きまわしてやる。
ギルパーニャも喜ぶ猫のように笑顔でそれに応じた。
「えへへ~。でしょでしょ? ……って、そうじゃなくて、どうして私って気づかなかったの!?」
「いやいや、まさかあのギルがこれほどまでに可愛らしくなっているとはな。全く気づかなかったよ」
「えっ!? そう!? 私、可愛くなってる!?」
「ああ、トッテモカワイイゾー」
「棒読み過ぎる!? ウェイルにぃはもっと妹を大切にするべきだと思うんだよ!! プロ鑑定士試験に合格してから全然リグラスラムに帰ってこないし、帰ってきたと思ったらこんな可愛い女の子なんか連れちゃってさ!!」
ギルパーニャは、ズビシッとフレスのおでこを指差した。
「誰なの、この美少女は! 彼女!?」
「ギルパーニャだって、外見は負けていないと思うけどな」
あの頃の雰囲気は残っているが、目の前の妹はしっかりと美しい女性の姿に育っている。
「話を逸らさないの!」
「変な勘違いをするな。こいつは俺の弟子だ」
「なぬ!? ウェイルにぃに弟子!? 弟子なんて絶対取らないって、昔から言ってたじゃない!?」
「その予定だったんだがな。まあ色々とあったんだ」
フレスの手前、間違って酒の入ったコップを倒し、手違いで封印を解いてしまったなんて言えるわけがない。
「ねーねー、ウェイル。この人、誰なの? ウェイルの妹さんなの?」
少しムスッとした顔をしてフレスが説明を求めてくる。
「妹といっても血は繋がっていないけどな」
「血が繋がっていないのに兄妹なの?」
「長い間一緒に暮らしていたからな。家族と変わりないさ」
そしてまたギルパーニャの頭に手を置いた。
(こうしてギルの頭を撫でて慰めたこともあったっけ)
なんだか昔のことを思い出して懐かしさがこみ上げてきたが、どうもギルパーニャには不満だったらしい。
「ちょっとウェイルにぃ! 子供扱いしないでよ!!」
「さっきは喜んでいただろ」
「べ、別に喜んでなんかいないよ! 私だって、もう一人前の鑑定士になったんだから!!」
「ほぉ。それでプロ試験に受かったのか?」
「そ、それは……、ま、まだだけど……」
「でかい口はプロ試験に合格してから叩け!」
頭をぽんぽんと叩いてやるが、ギルパーニャはそれを甘んじて受けていた。
嫌々言いつつも実は嬉しいんだなと、フレスはそう感じた。
「ねぇ、ウェイル。ボク達、初めましてなんだよ? ちゃんと紹介してよ」
「そうだな。こいつはギルパーニャ。俺の妹弟子だ」
「はじめまして! 私、ギルパーニャって言います。よろしくね! ……でも君、本当にウェイルの弟子なの? ウェイルはもっと賢そうな子を弟子にするんだと思ってた」
「にゃにーー!! ボクは賢くなさそうに見えるの!?」
「だって、さっきまで追われてたじゃない?」
「うぅ……、それを言われると言い返せない……」
助けられた手前、反論は出来ない。
「ギルパーニャ、あまりいじめてやるな。こいつはフレスという。今見たとおり、結構抜けてるところがある。でもこいつにだって良いところはたくさんあるんだ」
「うう……、ウェイル~~!!」
(なんて優しい師匠なのだろうか!)
「ボクの良いところって!?」
「面白いところ、天然なところ、何より大喰らいなところだな」
「うわ~~ん!! けなされてるよ~~!! バカウェイル~~!!」
「冗談だ、フレス。お前は最高の弟子だと俺は思ってるよ!」
「ウェイルー!! だから好きーー!!」
「二人とも。夫婦漫才はもういいから」
「それもそうだな」
「え!? 漫才だったの!?」
フレスはショックで手を地につけ『orz』状態となっていた。
「アハハハハハ、ホント、面白い子だね!」
「だろう? 一緒にいて飽きないところがこいつの良いところだよ」
大袈裟なリアクションをとるフレスを見て、二人して笑ってしまった。
「そういえばどうしてリグラスラムに来たの? 師匠にあいさつ?」
「それもある。でも一番の目的は仕事だよ。鑑定依頼だ」
「そうだったんだ! それで宿泊はどうするの? 宿をとる?」
ギルパーニャが何やら物欲しそうな、不安な目でこちらを見上げてくる。
(こいつも寂しかったんだな……)
「師匠のところに泊まるに決まってんだろ?」
「だよね! 師匠も喜ぶよ! 絶対喜ぶ!!」
なんて一番喜んでいる奴が言うのだから、間違いなさそうだ。
「私、ウェイルにぃの為にとびっきりの料理を振る舞うよ!!」
ギルパーニャの料理の腕は抜群なのだ。フレスだって大喜びに違いない。
「そいつはありがたい。今日はもう仕事って時間でもないし、すぐに行こうと思うんだが、大丈夫か?」
「大丈夫だよ! 師匠、絶対驚くよ!! 早く行こうよ!!」
「お、おい、引っ張るな!」
ギルパーニャは嬉しそうにウェイルの腕を掴む。
その光景を見て、気分を害した者が一人。
「それはボクのモノなのーー!!」
「うわぁ、フレス!! お前もそんなに強く腕を掴むな!!」
「そうだよ! 離れてよ!! 弟子は師匠の三歩後ろを歩くもんだよ!!」
「だめ! ウェイルはボクの師匠なんだから、ボクと一緒に行くの!! ギルパーニャこそ離れて!!」
「嫌だ!」
「ボクだって!!」
「もう勘弁してくれ……」
ウェイルは師匠の家に着くまで、周囲から羨望と嫉妬の目で見られることになってしまった。




