リグラス・ホールデム
二人がリグラスホールデムを興じ始めて早4時間。
外の景色も闇に染まり始めた頃。
「……うう……全然勝てない……」
結果はフレスの全敗。
最初10枚あったコインは、もう手元には1枚しか残っていない。
「ボクのご飯が……」
リグラスホールデムは互いにチップを賭け合うゲーム。
しかし肝心のチップはどの道ウェイルの懐から出るのだ。
したがってウェイルにとってはプラスになり得ない賭け事ではあったが、勝負の度に一喜一憂するフレスの姿は夕食一食分の価値はあった。
「今日は晩御飯抜きだなんて……!? 死ねってことなの!?」
「ハハハハハ! フレス、お前は本当に単純だな!」
「うみゃああああ!! 誰が単純じゃーーーー!!」
「だからお前だ」
「むぅぅぅぅぅ……!!」
フレスの手は、あまりにも読み易い。
何せ手の善し悪しが全て表情に表れているのだ。
ポーカーフェイスなんて、素直すぎるフレスにとって到底無理な話なのかも知れない。
「お前、俺が妙に突っ張ると強い手だと勝手に勘違いして降りただろ?」
「……だって負けるのは嫌だもん……。ウェイルの手、すんごく強そうだったし……」
「ほら、見てみろよ」
ウェイルが手札を公開する。
「……あれ? 手札がこれで、場がこれだから……ちょっと、ウェイル! これ4のワンペアじゃない!?」
「そうだ。お前は?」
「……これだよ……」
おずおずと手を開くフレス。
結果は――10のワンペア。
「お前の勝ちだったな」
「だって!! ウェイルってば自信満々な顔してたし! 騙された!! 鑑定士に騙された!!」
「人聞きの悪い言い方するなっつの。いいか? ポーカーってのはブラフが重要なんだ。手が弱くても勝つことは出来るんだよ。相手が勝手にフォールド(降りること)するのを待てばいいんだから」
「……おお!! そんなやり方が!!」
「お前、トランプゲーム全般駄目だろ……。顔に全部出ているから読み易すぎる」
「そんなことないよ! 次は絶対ポーカーフェイスしてやるもん!!」
「無理すんなよ?」
「無理じゃないもん!! ウェイル! もう一回!! もう一回やって!!」
「はいはい。どの道そのチップが最後の一枚だ。十分考えろよな」
1:19という状況に、ウェイルは余裕しゃくしゃくな表情。
(……次こそは絶対勝ってやるんだから……!!)
ウェイルがシャッフルした束をカットして、手札を貰う。
(……手札は……♦の3と♦の5……。めっちゃ弱い……!!。でも、場のカード次第では……!!)
「賭けるか、降りるか? と言ってもお前にはもう賭けるものはないけどな」
参加費を一枚払っている以上、もうフレスに賭けるチップはない。
「か、賭けるものならあるもん!!」
「……は? お前お金もってんのか?」
「持ってはないけど……でも、ボクの明日の朝ご飯代があるもん!!」
「……ほう。いいのか? それを賭けても」
「いいよ。ボク、朝から10枚分食べるからね」
「あー、はいはい。10枚な」
やれやれと苦笑しながら、ウェイルは10枚コインを渡した。
「ベッド、2枚!!」
「コール。場の3枚を開くぞ」
開かれた場のカードは♠の3、♦のQ、♦のA。
(やった、ワンペアだ!! ……だけど弱すぎる!?)
「どうした? フレス。そんなに手が弱いのか?」
「そ、そそそそそ、そんなことはないよ!?」
(……そ、そうだ、ポーカーフェイスだ!! もっと堂々としてないと……!! もしかしたらウェイルが勝手に降りてくれるかも知れないし!!)
「ふ、ふふん!! どうだ!!」
「……おいおい」
――虚を張っているのが丸わかりであった。
到底フレスにポーカーフェイスなど無理な話である。
「どうする? 降りないのか?」
「お、おおお、降りるわけないでしょ!? ボクの手札、もの凄く強いもん!! もうウェイルじゃ絶対勝てないよ? 降りた方がいいよ?」
「宣言は?」
「い、一応、ベット。で、でも1枚くらいにしておこうかなぁ? いや、あまり強気で行くとウェイルが可哀想だからさ」
(もうボク、これ以上負けるわけにはいかないんだよ……!!)
「相当自信があるようだな。よし、なら俺もコールしておこう」
互いに賭け金が揃って、開かれたのは四枚目のカード――♣の5。
「……おおっ!?」
(地味にツーペアになったよ!? ……数字は弱いけど、これなら勝てるかも……!!)
「さあフレス、どうする?」
「い、一応、チェックにしておくよ……」
チェックを宣言しウェイルの表情を窺う。
「ジー……」
(……駄目だ、読めない……)
するとウェイルはこちらを一瞥すると、にやりと笑った。
(表情を窺おうとしていること、バレちゃってる!?)
「あれ? フレス。まさかまさか、手が悪いのかな?」
逆にウェイルの方からプレッシャーを掛けてきた。
「そ、そんなことないよ!! むっちゃくちゃ強いよ!! もう強すぎて笑いが止まんないよ!!」
(こ、このままではまずいよ……)
本音とは真逆の建前を並べてブラフとしてみたが、相変わらずウェイルはニヤニヤ笑ってきている。
「相当自信があるんだな?」
「と、当然だよ!!」
それどころか更なるプレッシャーまで掛けて来る始末だ。
「いやぁ、実は俺の手札も最高に強いんだよ。ならばこうしよう。お互いに最強と自負する手札だ。決着をつけるため、俺はチップを10枚、レイズさせてもらう」
「10枚!? それってボクに全賭けしろと!?」
「手札は強いんだろう? なら問題ないじゃあないか」
(くううう!! なんだか無性に腹の立つ顔浮かべちゃって!!)
「どうする? フレスさぁん?」
「うむむむむ……!!」
(ま、まずいよ……!! ウェイルってば相当手札良さそうだ……!! ど、どうする……? 今降りたら明日の朝ご飯、パン三個くらいしか食べられない!!)
パン三個では十分と思わないフレスである。
(諦めたらダメだ!! とりあえず状況把握をしないと……!!)
場に出ているカードは♠の3、♦のQ、♦のA、♣の5。
(♦のAが……!! ウェイルは間違いなくこれを握っている……!!)
ウェイルの余裕そうな顔。
先程の手札強い発言。
多分今回はブラフじゃない。
今まで何回かゲームしてきて判ったことが一つ。
実のところ、ウェイルはあまりポーカーは得意ではないのではないか。
何せウェイルは生粋の『鑑定士』だからだ。
(鑑定士は嘘を付けない生き物だと、サグマールさんに聞いたことがあるもんね。……だとすると、今の表情は間違いなく大物手が入っている証拠……!!)
「どうだ? フレス。ここでフォールドか? ここまで来てそれはないよな? 勝負だろ? 決着をつけようぜ?」
ウェイルは更なるプレッシャーを掛けて来る。
(もしウェイルがAを絡めたツーペア以上ならボクの負け……!! ウェイルの表情を見るに、手は相当強く仕上がっているはず……!! おそらくはツーペア、もしくはスリーオブアカインド……!! でもボクだって今ツーペアなんだ。最後の一枚が3か5ならフルハウスでボクの勝ちなんだ!! ……よし、決めた!!)
「ふ、ふん!! いいよ、ウェイル!! ボク、オールインするよ!! 後悔したって知らないからね!!」
意を決し、フレスは高々に宣言。
ぶっきらぼうにチップを全部叩きつけて、カードを伏せた。
「お、降りてくれてもいいんだよ?」
「お前の覚悟を無駄にすることはしないさ。チェックだ」
ウェイルは迷わずチェックを宣言。
「よし、勝負だな。じゃあ最後のカードをオープンだ」
フレスがオールインした以上、これ以上の駆け引きは行われない。
最後のカードが開かれた瞬間、決着はつく。
(だ、駄目だ! ウェイルにボクのブラフは通用しなかったんだ!!)
「ぼ、ボクのご飯~~~~!!」
「ショーダウンだ」
ウェイルによって開かれたカードは――♦の――K……!!
「ハッハッハ、フレス! 流石にこれは俺の勝ちだろう! 何せほら、Aのスリーオブアカインド!」
手札の二枚のAを見せつけながら、Aのスリーオブアカインドを証明してくるウェイル。
(やっぱりAが三枚……!! ……それに比べボクは……)
……………………。
…………。
……ん?
「…………あ、あれっ!?」
「ん? どうした? 俺は賭博の勝ち負けについては厳しいぞ?」
「いや、そうじゃなくて……。ウェイル! この勝負、ボクの勝ちだよ!!」
フレスは手札を公開した。
「見てよ! ボク、最初はただのツーペアかと思ってたけど! これ――『フラッシュ』だ!!」
「……なぬ?」
フレスの手札は♦の3と♦の5。
そして場のカードは♠の3、♦のQ、♦のA、♣の5、そして――♦のK。
「フラッシュだよ、フラッシュ!! フラッシュはスリーオブアカインドより強い役だ!!」
「……ま、まさか手札A二枚で負けるとは……!!」
「やったぁ!! これでボクも夕ご飯を食べられるよ!!」
フレスが勝ったのはたったの一回だが、その一勝にフレスはたいへん喜んだ。
何せ出会ってから初めてウェイルを出し抜いてやった気がしたからだ。
「いくら師匠って言っても大したことないね!」
「たった一回でそんなに天狗になるなよ……」
今の勝ち分で無事夕ご飯と明日の朝ご飯を死守出来たフレスはというと、リグラスホールデムの面白さにすっかり魅了されたようだった。
――夕食後。
「ねぇ、ウェイル! もう一回やろうよ!!」
「もうそろそろ寝かせてくれよ……」
「お願い! もう一回だけ!!」
「そのセリフ、今ので45回目だからな……?」
ウェイルは、フレスが寝落ちするまでゲームに付き合わされる羽目になってしまった。




