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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
Side Episode 1 : フレス編 『フレスのプロ鑑定士ってなんなの?』
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プロ鑑定士のお仕事


「ねーねー、ウェイル。ボク、よく考えたら『プロ鑑定士』について何にも知らないよ。そもそも『鑑定士(アプレイザー)』って一体どんなお仕事をするの?」

「そう言えば詳しい説明をしたことはなかったな」

「うん。皆ウェイルみたいに事件に巻き込まれまくってるの?」

「……いや、俺が例外なだけだ。よし、丁度いい機会だ。話してやるよ」


 部族都市クルパーカーで勃発した『不完全』との戦争後、フレスはプロ鑑定士を目指すことになった。

 ウェイルは師匠としてフレスの合格を最大限サポートするつもりであるが、考えてみればそもそもフレスに鑑定士の業務内容について話したことはあまりない。

 事件も一段落ついたことであるし、拠点であるプロ鑑定士協会の自室にいるわけだ。

 この協会やプロ資格について、改めてフレスに教えてやる必要がある。


「まず鑑定士の業務内容だが、基本的には依頼品の鑑定と贋作士の摘発、そして市場形成を主としている」

「うん。最初の二つはボクも一緒について行ったから判るよ。最後の一つは? 市場形成ってなんだか難しそう」

「まあ確かに言葉だけ見れば仰々しいがな。実際にやってるのは書類整理だ。後で詳しく話してやるよ。俺も含め多くの鑑定士は今挙げた三つの事をしている。中には協会内に籠って好きな品だけを鑑定しているマニアックな鑑定士もいる。お前には向いてないだろうけどな」

「うん。籠りきるなんてつまんないもん!」

「それは俺も同感だ。だからといって毎度毎度事件に巻き込まれるのは御免なんだけどな」


 ウェイルは本棚から何本かの本を取り出し、机の上に並べた。


「鑑定について詳しい方法を話そう。これからはお前一人で鑑定することもあるだろうからな」


 その中から一冊の本をフレスに手渡す。


「フレス。もしお前がその本を鑑定したとしよう。そうしたら鑑定後にこの書類を書かなければならない」

 

 ウェイルは引き出しを開けて二枚一組の用紙を取り出し、フレスの前に置いた。


「……紙? これ、なんて書いてあるの?」

「公式鑑定証明書だ」

「……う、う~ん……?」

「お前、もしかして字が読めないのか?」


 そうだ。フレスは人間じゃない。

 今現在アレクアテナで流通している文字を読めるとは限らない。


「うーん……。読めないことはないんだけどね。まだ慣れてなくて、難しい文字は厳しいんだよ」

「え!? 読めるのか!?」

「むぅ、失礼な。ボク、過去にフェルタリアで解放されているって言ったでしょ? その時に教えてくれた人がいるんだよ。ただ思い出すのに時間が掛かるだけなんだ。あの時の記憶、今でもかなり混乱しているからさ」

 

 封印が解除された時、フレスは記憶に障害を抱えていた。

 その影響が今尚残っているのかも知れない。


「フェルタリアか。そうか、それは良かったな」

「うん! それでこの鑑定証明書はどう書くの? なんだか二枚あるけど」


 公式鑑定用紙は二枚で一組になってる。

 二枚は一見同じように見える内容だが、ところどころ形式が違うところがある。


「これらは二枚書いて初めて意味を持つ。一枚は価格証明書、もう一枚は鑑定証明書だ。どちらにも鑑定品の名称と所有者名、鑑定金額、鑑定士名、そしてプロ鑑定士であればプロ鑑定士コードを記入するんだ」

「プロ鑑定士コード?」

「公式鑑定証明書は別にプロ鑑定士でなくても作成できる。例えばセルクの絵画だが、下手なプロ鑑定士よりもルミエール美術館のシルグルのような専門家の方が詳しいことが多いからな。だからプロ鑑定士と一般鑑定士を判りやすく分別するために、プロ鑑定士はこのコードを記入しなければならない。コードはプロ鑑定士資格を得たと同時にもらえるんだ」

「へぇ~。別にプロじゃなくても鑑定していいんだ!」

「そうだ。だからお前でも鑑定することは可能だ。とはいえそれはまだ止めておいた方がいいだろうな」

「どうして?」

「知識が全く足りないだろう? 鑑定に誤りがあってはならないからな。それについては後で説明しよう。この二枚、どちらにも必要事項を記入した後、価格証明書は鑑定品の所有者に、鑑定証明書はプロ鑑定士協会に申請し受理される必要がある。プロ鑑定士協会に書類を提出して初めて、その品物に価値が付くんだ」

「アマチュア鑑定士もプロ鑑定士協会に提出しないといけないの?」

「当然だ。まあ手続きが結構面倒くさいから、大体皆プロ鑑定士に任せるけどな。さっき言った市場形成ってのはこのことだ」


 例えばオークションハウス専属鑑定士の場合、毎日発行される大量の鑑定証明書を、一括してプロ鑑定士協会に提出している。

 その数は非常に膨大なため、要領を得ないアマチュアが個人で手続きをするのは手間や時間が掛かり過ぎ、効率が悪くなる。

 素直に最初からプロに任せた方が圧倒的に効率は良いのである。


「俺は以前ルークのとこで専属鑑定士をしていた時期がある。真贋鑑定をすることもあったが、大体はこの証明書作成・整理ばかりしていたさ。今言った通り価格証明書は市場を形成する基礎となっている。だから市場形成は鑑定士の仕事と言えるわけだ。とはいえこれもお前には向かないだろうな」

「うん。書類整理ってつまんないもん!」

「だが仕事だからな。文字を含め勉強するしかないぞ」 

「はーい。ねぇ、ウェイル。鑑定品の価値は協会に提出した時に固定されるの?」

「いや、当然だが価値は日々変動している。だが全ての鑑定品を毎日鑑定し直すのは現実的に不可能だ。だから価値を再度確かめたい品物だけ、再鑑定依頼を出すんだ。また一度行われた鑑定に疑問が出た場合にも、プロ鑑定士協会に再鑑定の依頼をすることが出来る。さっき言った後で説明ってのは、これのことだ」

「もしかしたら誤鑑定があるかも知れないってことでしょ?」

「そうだ。最初に依頼した鑑定士の出した結果が信頼できない場合、違う鑑定士に再鑑定を依頼することが出来る。もし再鑑定の結果、品物が贋作だという結果が出た時、贋作を誤鑑定した鑑定士には罰金が科せられることがあるんだ。あまりにも巧妙に出来ている贋作であれば罰金はなかったりするが、それは状況次第だな」

「だからボクが鑑定するのは止めておいた方がいいんだ……」

「そういうことだ。まあ価値の低い鑑定品であれば構わないんだが、画家『セルク』や音楽家『ゴルディア』、彫刻家『リンネ』といった超有名人のものとかは止めておいた方がいいな」

「……ゴルディア……? どこかで聞いたことがあるような……」

「どうかしたか?」

「いや、何もないよ。そうだね。ボク、簡単な品からやってみることにするよ!」

「それがいいさ。そうだ、その本を開いてみろ」


 先程渡された本を、フレスは開けてみた。


「そこの目次には何て書いてある?」

「えっと……鑑定士……の……歴史……?」

「よく読めたな。その本には鑑定士の歴史が記されている。時代によって鑑定士に求められる技術が違ったんだな。その最もたる例が『占術鑑定士』だ」

「占術鑑定士って、占い師のことでしょ!? ボク、やってみたい!!」


 興味心身に目を輝かせるフレスであったが、いざ占術の実践方法のページを見た瞬間、いきなり目をくすませた。


「なんじゃこりゃぁああああっ!? 『正しい羊の生贄方法』!? 羊は食べるものでしょ!? こっちは『熊の骨の読み方』!? 熊は食べるものでしょ!?」

「そりゃお前だけだ」

「近代的な占いが何一つ載ってないよ!?」

「そりゃそうだ。このアレクアテナ大陸にまだ科学がなく、神器の力だけに頼っていた頃の鑑定方法だからな」

「神器はあったんだ」

「お前が生きていた頃にもあったんだろ? なら人間の時代にあるのは当然だろう?」

「そう言われればそうだね! そういやボク、昔神器を作っていたこともあるもんね!」


 『神器』という代物は、研究の進んだ現代でもその構造全てを把握できない、神が大陸を統べていた時代の遺物なのである。


「干ばつや飢饉の時、占術鑑定士の指示で生贄を用意し、神器に捧げていたんだよ」

「ううう……。ボク、やっぱり占いやりたくなくなったよ……」

「ハハハ、それだけ見ればそう思うのは当然だろうな! だが現代の占術鑑定士は文字通り占いをやるんだ。風水などを研究している連中なんかは建築現場で需要が高いらしい。人の名前を付けるのも占術鑑定士の仕事だったりするぞ」

「そうなの!? タロットとかもするの!?」

「するんじゃないのか? 俺はあんまり詳しくないからな。もしお前が占術鑑定士を目指すなら、いつかシュクリアの子供に名前を付けてやれよ」

「ボクが!? いいの!?」

「それはシュクリア次第だけどな」


 シュクリアとは教会都市サスデルセルで出会った妊婦だ。

 別れ際、子供の名を付ける占術鑑定士を紹介すると約束した。


「でもシュクリアさんの子供の名前かぁ……。責任重大だね」

「だからこそやりがいもあるってもんさ。次はこれだ」


 本のページをめくる。


「……不動産鑑定士?」

「不動産鑑定士とは文字通り不動産を鑑定する」

「ふ、ふどーさん? 食べられる?」

「食えねーよ。土地や家などのことだ。鑑定士の種類は数多くあるが、芸術品や骨董品などの鑑定をする真贋鑑定士と並んで最もポピュラーな鑑定士だ」

「建物は判るけど土地ってどういうこと? そこら辺にたくさんあるじゃない?」


 フレスに土地の所有権という概念は、どうやら全くないようだった。


「土地にも所有者がいるんだよ。龍のお前には少し判りづらい概念かも知れないけどな?」

「うん。全く判らない」

「フレス。家を建てるには何がいる?」

「お金でしょ?」

「そういうことじゃないよ。そりゃ金はいるが、それは材料を買うためにいるものだ。結局建物は、建築に必要な材料と、そして土地がいるんだ」

「……うみゅ? それって当たり前なんじゃないの?」

「当たり前だよ。家を建てるには土地がいる。もし家を建ててしまえば、その土地は他の人が使えなくなるだろう? それでは不公平だ。だから土地を買うんだよ。ずっとその土地を使うためにな」

「あ、なるほどね! それもプロ鑑定士協会に申請するの?」

「もちろんだ。不動産などを手に入れた場合も全部鑑定士協会へ申請しなければならない」

「ボクにも出来る?」

「無理だ」

「ショボン……」


 さらにページをめくる。


「これは?」

「為替鑑定士だな。これについてはお前にはだいぶ早い。そもそもこの大陸の流通している貨幣すら知らないだろ?」

「ハクロアは知ってもん!」

「それしか知らないだろう」


 ウェイルはおもむろに財布を取り出すと、様々な柄の貨幣を机の上に並べた。

 その中で最も大きい貨幣を指さす。


「これが今言った『ハクロア』だな。この大陸でもっとも信頼度が高い。発行しているのは『王都ヴェクトルビア』だ」

「じゃあこの描かれているオジサンはアレスなの!?」

「これはアレスの親父だよ。とはいえアレスもいずれここに描かれることになるだろうな」

「ボクも描かれたいよ?」

「無理だ」

「ショボン……」

「いや、普通描かれねーよ」

「この赤い紙幣は?」

「これは『レギオン』札。信頼度はハクロアには及ばないものの、それに準ずるほどにはある。こっちは『リベルテ』。これもそこそこ使われてるな。このハクロア、レギオン、リベルテ三つを総称して三大貨幣というんだ」

「へぇーー!! こっちの硬貨も三大貨幣なの?」

「そうだ。この硬貨もリベルテ硬貨だからな。だが硬貨は本当に奥が深い。この額面通りの金額に収まらないことだってある。いずれ硬貨コレクター相手の仕事もあるだろう。その時に話してやるよ」

「……ねぇねぇ、なんだか見たことある顔が描かれている紙幣があるんだけど……」


 フレスが指さしたのはとある貨幣。


「ああ、こりゃ『カラドナ』札だ。価値で言えばレギオンの1/16にしかならないがな。それにお前が見覚えがあるのも当然だ。こいつを発行しているのはクルパーカーだからな」

「ということは、もしかしてこれ……」

「当然、イレイズだ。俺だって最近知ったんだぞ? まさかあんな身近に紙幣に載るような人物がいるとは思いもしなかったからな」

「ええええーーーー!?」

「しかもこのカラドナ札、もうすぐデザインを新調するってイレイズは言っていた。何でも戦争勝利記念だそうだ。そうなるとおそらくサラーの肖像画も描かれるはずだ」

「どうしてサラーも!?」

「サラーは先の戦争で英雄扱いされているからな。いつの時代でも人々は英雄を求め、記録に残そうとする。イレイズもサラーを描きたいと言っていたしな」

「いいなぁ、サラー……。ボクだって戦争の時、すっごく頑張ったのに……」

「気を落とすなよ。サラーだって好きで描かれるわけじゃないと思うぞ? あの性格だ。絶対嫌がるさ」

「じゃあ代わりにボクが!!」

「無理だな。サラーはイレイズに頼みこまれると断れないだろうから」

「うう……羨ましい……」

「お前は英雄になるより鑑定士になるんだろ? 描かれる存在になるより、描かれた品を見定めることが出来る存在にならないと」

「うん! そうだね!! で、結局為替鑑定士って結局なんなの?」

「これら貨幣の価値は常に一定ではない。大陸の治安、環境によって大きく変化するんだ。大陸の状況をいち早く察知し、価値を更新するのが仕事だ。そのためには、常日頃から情報収集に当たっていなければならない。な、お前には無理そうだろ?」

「うん、無理! もっと単純な方がいい!」

「だと思ったよ。だからお前は俺と同じように真贋鑑定士を目指してもらう。贋作を見極め、真作の価値を付ける仕事だ」

「ボク、頑張るよ! さぁ師匠! もっと色々と教えてよ!」


 意気込むフレスに、ウェイルはにやりと意地悪な笑みを浮かべた。

 

「……あれ? もしかしてボク、地雷を踏んだ……?」

「やる気があるな! よし、なら早速だが、これらの本を全て読破してもらおうか! 読み終わるまで外出禁止だ!!」


 ドサドサとフレスの目の前に積みあがる本の山。


「うわあああああん!! 無理だよーーーー!!」

「無理でもやれよ?」


 フレスが次に外出したのは二日後のことであった。


「……うう、もう活字は見たくないよ……」

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