これから
「――んなっ!?」
部屋に戻ったウェイルは、変わり果てた自室の惨状に言葉を失っていた。
激しい異臭を撒き散らす生ゴミが散乱し 、床は何故か凍りついている。
朝までは間違いなく綺麗に片付けられていたはずのマイルーム。
それが今やこの様だ。
「フレス。これは一体どういうことだ?」
「え、えっと……」
「何故生ゴミが散らかっている? 何故床が凍っている?」
「あ、あのね……。お料理、作ってたの……。床はお皿を落としちゃった時に割れる前に凍らせちゃって……」
「料理だと?」
「うん、これ」
フレスが差し出してきた皿の上には、湯気立ち込めるシチューがあった。
「お前が一人で作ったのか?」
「……うん」
なるほど、これを作るために生ゴミが出たというわけか。
(それにしてもシチューを作るだけなのに、ここまで散らかる必要はあるのか……?)
「……部屋を散らかしてごめんなさい……」
シュンと俯き、謝罪するフレス。
「片付けるぞ。俺も手伝うから」
「怒らないの?」
怒鳴られると思っていたのか、涙目のフレスが上目遣いで尋ねてくる。
ウェイルは苦笑し、代わりに頭を撫でてやった。
「あのなぁ、お前は俺の為にこれを作ってくれたんだろ?」
「……うん」
「だったら怒るわけないだろう? 俺はお前の師匠なんだから。弟子の小さなミスくらいどうも思わないさ。それよりも早速食べようか。丁度腹がすいていたとこだよ」
「あ、うん! すぐにお皿によそうから!」
出されたシチューを、ウェイルはスプーンで掬い、口に入れた。
「なかなか美味いじゃないか。あの散らかった生ゴミを見てちょっと不安だったけどな。流石は俺の弟子だ」
「……ウェイル!!」
プルプルと震えだすフレス。
ウェイルは瞬間的に悟った。
こいつは間違いなく――。
「師匠~~!!」
――飛びついてくる!
――ヒョイッ。
「あれ!? って、うわーー!?」
――ズシーン……。
飛びつこうとしたフレスを軽々と避けると、フレスは勢いに任せて本棚に突っ込んでいった。
どさどさと落ちてきた本の下敷きになると、目を回しながら這い出てきた。
「……うう、酷いよ、ウェイル……」
「悪かったな。それにしても……プッ、アーッハッハッハッハッハ!!」
「ちょっとウェイル! 笑うなんて酷いよ!!」
片付けようとしたら更に散らかってしまった光景を見て、ウェイルは声を張り上げて笑った。
「いや悪い! でも……ハッハッハハハハハ、笑いが止まらん!」
「……もう、ウェイルってば…………プッ! ニャハハハハハハ!!」
二人して腹を抱えて笑い転げてしまったのだった。
「うう、床がびちゃびちゃだ……」
「とりあえず床を拭こうか……」
「そだね……」
床が凍っていたことをすっかり忘れて転げまわった結果、二人は全身びちゃびちゃになってしまった。
――●○●○●○――
無事片づけも終わり、二人仲良くベッドに腰を掛ける。
「フレス。今回はお前にかなり無理をさせた。申し訳ないと思ってる」
「何言ってんの。弟子が師匠の為に頑張るのは当たり前でしょ?」
「そう、だったな。なら言い方を変えよう。今回は助かった。ありがとう」
「もう、ウェイルってば。ボクとウェイルの仲じゃない!」
「そうだな。俺とお前の仲だ」
思えばこいつと出会ってから、まだあまり日が経たないというのに、様々な事件に巻き込まれた。
それら全てが大変な事件ばかりだったし、時に命の危機が迫った場面にも遭遇した。
それでも不思議とフレスといれば大丈夫だと、そう確信めいたものを持っている自分がいた。
フレスにはずっと助けてもらってばかりだ。だから恩返しというわけではないが、彼女の師匠として何かしてやりたいと思った。
「なぁ、フレス。お前さ、プロ鑑定士を目指すって言ってたな」
「うん! ボク、ウェイルと同じ仕事をしたい!」
「そうか。よし、ならこれからはプロ鑑定士試験に向けての準備をしよう。『不完全』の連中はしばらく活動を控えるだろうからな」
「え!? いいの!?」
弟子への恩返し。
元々対人関係、特に女性に対して不器用すぎるウェイルには、これしか思いつかなかった。
「ウェイル、お仕事の方はいいの?」
「心配ない。むしろ仕事は多い方がお前にとってもいい勉強になる。実はもうすでに次の鑑定依頼も来ていてな。少し時間もあることだし、ゆったりと旅をしながら行こうかなと思っている」
「旅!? 本当!?」
「本当だ。お前には是非立派なプロ鑑定士になってもらいたい。どうだ? 来るか?」
「行くよ!! 行くに決まってる!!」
ウェイルの誘いに、フレスは即答した。
「ウェイル!! 早く行こうよ!!」
「おい、待て。少し準備をさせろって」
静止を求める声など耳はいらないのか、
「もーー、ウェイルってば!! 急ぐよ!!」
と、走って部屋を出て行った。
「全くそそっかしい奴だよ」
やれやれと呟きながらも、笑ってしまう自分がいた。
愛用のバッグに鑑定道具一式を詰める。
「久々に師匠のところにでも顔を出すか。さて、さっさとフレスを追わないと、あいつ迷子になるぞ……」
案の定、協会内で迷子になり涙目になっていたフレスを拾って、二人はマリアステル駅へと向かった。
二人の旅路は、まだまだこれからだ。
――●○●○●○――
――教会都市サスデルセル。
「はぁ~、これからどうしよう。任務に失敗しちゃったし、イング様も捕まっちゃったし……」
深く嘆息したのは、クルパーカーから逃げ延びたフロリアであった。
彼女が選んだ潜伏先は、ここ教会都市サスデルセルであった。
とある民家に闇討ちを仕掛け、そこの住人を殺害した後、ずっとその家で息を潜めていたのだ。
「リーダーやスメラギ達が迎えに来てくれたら楽なのになぁ……。はぁ~~……」
再び大きく嘆息をした後、ちらりと横に座る黒紫の少女を見た。
「この子も拾ってきちゃったしなぁ……」
闇の神龍、ニーズヘッグ。
虚ろな目を浮かべて、ジャラジャラと腕に繋がれた鎖をいじっている。
「……フロリア……、フレスに、会いたいの……」
「はあぁ~~……」
さっきからそればっかりで、いい加減うんざりだ。
「私はウェイルの方に会いたいけどねぇ。私の誘いを普通に断っちゃうんだもん。失礼しちゃうよ」
「ウェイル……? 誰……?」
「蒼い龍の上に男が一人いたでしょ? あいつがウェイル。まさかあそこまでコテンパンにやられちゃうとはね」
「……ウェイル……いらない。……フレスにしか……興味ない……」
「そうだ! 二ーちゃん、私と取引しよ? もし二人を捕まえてくれたら、フレスの方を貴方にあげる! 代わりにウェイルは私がもらう。どう?」
「……フレス……くれるの……?」
「うん。あげる」
「……判った……。あの二人……捕まえる……」
ウェイル達の知らないところで交わされた契約。
「ニーちゃん、期待してるよ! アハハ!」
――不気味な狂気を孕む笑い声が、小さくこだましたのだった。
―― 第一部 完 ――




