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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
第一部 第一章 教会都市サスデルセル編 『龍の少女と悪魔の噂』
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フレスの正体

「じーーーー……」

「…………」


 お腹を鳴らしたフレスの視線はというと、先程ウェイルが買ってきていたスコーンに釘づけであった。


「じーーーー」

「…………」

「じーーーー……」(チラッ)

「…………」(コクッ)

「やったぁ! いただきまーす!!」


 ウェイルが無言で首を縦に振ると、フレスは目を輝かせて一心不乱にスコーンを頬張り始めた。


「もぐもぐもぐもぐ……、うわぁ! これ、とってもおいしいね!」


 口の周りを汚しながら、ハムスターみたいに頬を膨らませて食べ続けるフレス。


「食べながらでいいから答えてくれ」

「もぐもぐ……うん、もぐもぐ……」

「お前の正体は、一体何者なんだ? 普通の人間が絵画に封印されたなんて、聞いたことがないぞ」

「もぐもぐ……ボクの正体? ボクはねー……――うっ!?」


 突如ピクリと動きを止めたフレス。

 見ると目は充血し、顔は真っ青になっている。

 何事かとウェイルは一度警戒を強めたのだが――


「うぐーっ! うぐーっ! み……水……っ!」


 フレスは涙目になりながら、ドンドンと胸を叩いた。

 ……どうやらスコーンを喉に詰まらせたらしい。

 その姿を見て、ウェイルはフレスに対して完全に警戒することを止めた。

 なんというか、警戒すること自体がバカバカしく思えたのだ。


「……こいつはまさか――バカ、なのか……?」


 思わず漏れた本音。

 突然絵画から現れたかと思えば、豪快にスコーンを食べ始め、挙句の果てに喉を詰まらせて苦しんでいる。

 フレスと出会ってまだ一時間と経っていないのに、急展開ばかりが続いたため、ウェイルの脳は完全に置いてけぼり状態で途方に暮れたが、とりあえず残っていた酒を彼女に手渡した。

 魑魅魍魎を体現したような彼女であるが、必死に酒を飲む姿はなんだかシュールでだった。


「ぷはー! いやー、死んじゃうかと思ったよ~。せっかく封印を解いてもらったのに、またすぐに死んじゃったら笑い話にもならないよ! それにしても変な匂いと味の水だね。もしかして腐ってた?」

「そいつは酒だ。生憎水が手元になくてな」

「あ、そうなの? ボク、お酒も飲めるから大丈夫だよ」

「見た目的にはアウトっぽいけどな……」

「人を見た目で判断しないでよね! ……もぐもぐ……」


 そう言いつつも懲りずにスコーンを頬張り続けるフレス。

 そしてまた喉を詰まらせ、同じ様にもがき苦しむフレスの姿を見て、ウェイルは深く嘆息した。


「おい、そろそろ質問に答えろ。いいか? 絵から出てくるなんて普通ではありえないんだ。お前の正体は一体何なんだ!?」


 いい加減にしろと言わんばかりに、ウェイルは語尾を強めてフレスに問い詰めた。

 するとフレスはこちらへ振り返り、ニコッと笑顔を浮かべると、驚きの返答をしてきた。


「ボクはね――(ドラゴン)なんだよ」

「――は?」


 思わずマヌケな返事をしてしまうほど、フレスの返答は突拍子もない内容だった。

 己の五感を信じなければならない(当然聴覚も)鑑定士でも、これには耳を疑うしかなかった。


「すまん。なんだか今変な言葉を聞いた気がした。もう一度頼む」

「だからさ! ボクは(ドラゴン)なんだってば!」

「……あのな、俺は冗談に付き合うつもりはない」

「むぅ。ボク、冗談なんか言っていないのに……」


 フレスは確かに普通ではない。

 どういう原理かは判らぬが、絵画に封印されており、そこから出現した少女だ。

 エルフ族のように、人に近しい種族の類だと思っていた。

 だがその正体が(ドラゴン)だというのは、あまりにも突拍子もなさ過ぎて、にわかに信じられない。

 アレクアテナ大陸に伝わる神話や伝説に、龍は度々登場するが、現代で確認されたという報告はない。

 ウェイルですら、龍は想像上の神獣だと思っていたくらいだ。


「ボク、本当に(ドラゴン)なんだよ? 絵に封印されていたボクを、君が解放してくれたんでしょ」

「――解放……?」


 解放という単語に、ウェイルは言葉を失った。

 何故なら、そのような行為を行った記憶なんて、何一つ覚えがないからだ。


「嘘を吐くな! 大体お前が龍であることすら信じられないんだぞ!! そりゃ絵から飛び出てきたんだから、人間ではないとは思ったが、それにしたって龍とは考えられん! 俺の知る龍は、もっと勇ましくカッコいい姿のはずだ!」

「ちょっと!? 勝手な龍のイメージを押し付けないでよ!? 龍と言えばボクなの! 今すぐイメージ変えて!」

「龍が喉にスコーンを詰まらせて苦しむものか!」

「仕方ないじゃない! 詰まったものは!」

「にわかには信じられん……」

「そう言われても本当のことだからなぁ……。そういえば君は()()()()ボクを解放してくれたんでしょ? ということは、この()()()()ボクに何か用事があったんだよね?」

「イチイチ()()()()を強調しなくていい」

「ボクを解放して、何をするつもりだったの?」

「いや、正直身に覚えはないんだが」

「でも絵を濡らしてくれたのは君でしょ?」

「絵を濡らす……?」


 事の発端。

 手が滑ってコップが落ちて、酒をぶちまけて、絵を濡らして。

 そしたら絵が輝き始めた。


「まさか……」

「身に覚え、あるでしょ?」


 フフンと得意げな笑みを浮かべ、スコーンを頬張り続けるフレス。


「絵を濡らすだけで解放できる封印があるなんて聞いたことないぞ……」


 ウェイルは封印術(シールパクト)という魔術について、多少の知識は持っている。

 封印系神器(シールクラス)を用いて、人や神獣、魔獣の行動を制限することは出来る術式だ。

 罪を犯した人や神獣、暴れ回る魔獣を拘束するのに、封印術は最適なのだ。

 プロ鑑定士として封印術に立ち会ったことも、数少ないとはいえ確かにある。

 だが絵を濡らすだけで解放できる封印術があるなんて聞いたことが無かった。


「そりゃそうだよ。ボクら龍の封印方法なんて、知ってる人は少ないよ? 龍は封印される時は大抵絵画にされるんだ。ボクは水や氷を司る龍だから、水を掛けてもらったら解放されるってわけだよ」

「…………」


 「掛けたのは水じゃなくて酒だ」というツッコミを、必死に押さえるウェイルであった。


 ――(ドラゴン)


 それはこの世界に存在する神獣の中でも、最強の座に君臨する伝説の存在。

 神話では幾千の神々とも互角に渡り合える力を持つという。

 かつて五体の龍が、神々や人間を滅ぼさんと暴れまわったという伝説は、アレクアテナ大陸に住まう者なら誰でも知っているほどだ。

 しかし、ウェイルは目の前でスコーンを頬張る少女の正体が龍であると、どうしても信じることが出来なかった。

 何せ見た目は、幼く可愛らしい美少女そのものなのだから。


「ねぇねぇ、なんて食べ物なの? すっごく美味しいよ!」

「なんてお気楽な奴なんだ……。さっきと態度が全然違うし」


 今のフレスの頭の中には、スコーンのことしかないようである。

 対してウェイルの方は、混乱しすぎて頭が爆発しそうだった。


(……なんだか無性に腹が立ってきたぞ……!)


「お前、本当に龍なのか?」

「うん。さっきからそう言ってるじゃない」

「証拠はあるのか? さっき名乗った時にも伝えたが、俺は鑑定士をしている。自分の目で見たもの以外は信じられない。お前がいくら自分が龍だと言い張っても、証拠が無ければ信用することは出来ない」

「証拠かぁ。それって人間には無くて、龍に有るものを見せるってことでいいの?」

「それで構わない。本当にそんなものが有るのならな」


 少し意地悪な質問だとも思ったが、とにかく今のままでは信じることは出来ない。

 龍の少女は「しょうがないなぁ……」と呟くと、何故か着ているワンピースを脱ぎ始めた。


「なっ……!? 何故脱ぐ!?」

「何故って、ボクが龍である証拠を見せるためだよ」


 なんて言っているが、どう見たって服を脱ぎ捨てているだけだった。

 ワンピースを脱ぎ、肌着だけとなったが、それでもまだ服を脱ぐことを止めようとはしない。

 終いには着ていた衣服一切を脱ぎ捨て、一糸纏わぬ裸となった。


「急に何しているんだ!? 服着ろよ!! お前の妙な趣味を見せろとは言ってないぞ!?」

「酷い!? 君が証拠を見せろって言ったんだよ!?」

「服を脱げとは言ってないぞ!?」


 ウェイルは目を伏せてそう叫んだが――


「まあ、見ててよ」


 ――と、やけに真剣な声がしたので、ウェイルは遠慮がちに少しだけ目を開けてみる。


「…………っ!!」


 やはりというか、そこにあったのは、すらりとした美しい裸体。

 フレスは一度深呼吸すると、何故かこちらへやってきた。


「お前、一体何を……」

「あのね、ボクだって結構恥ずかしいんだよ? だからちゃんと見てて」


 フレスは少しだけ頬を染めると、ウェイルの手を掴み、そして――


「――えいっ!」


 ――その手を自分の胸に当てたのだ。


「な、なななな……!?」


 手から感じる、むにゅっとした感覚。


「……しっかり見てて……!!」


 柔らかい感触が伝わって来たと同時に、フレスの身体は青白い光に包まれていった。


「な、なんなんだっ!?」

「いくよ……!!」


 そして次の瞬間、バサァッとフレスの背中から、一対の大きな蒼い翼が現れた。


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