事件の後に
『不完全』VSクルパーカー軍の戦争は、クルパーカー軍の勝利で幕を下ろした。
だがその為に支払った代償は計り知れないほど高い。
クルパーカー軍兵士は戦争により半分以下になってしまったし、魔獣によって都市の至る所が壊滅的に破壊された。
またイングが使役したゾンビ軍団から放たれる腐臭は、しばらくの間住民を悩ませたし、ニーズヘッグの放った瘴気は野原を荒地へと変貌させた。
戦争の傷跡はあまりに深く、勝利したとはいえ辛勝だったことに違いはない。
しかし、それでも彼らは勝利したのだ。
もはや『不完全』に脅かされる心配はない。
部族の誇りを守ることが出来たのだ。
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「これで当分は『不完全』による犯罪も減るだろうな」
報告書をまとめるサグマールがしみじみと言う。
クルパーカー戦争終結から一週間。
その間ウェイル達は、報告書の山に追われ、多忙な日々を送っていた。
ようやく今日になって一段落ついたので、サグマールの元へ報告書を提出しに訪れていた。
「そういえばイングを連行した後、お前達は何をしていたんだ? しばしクルパーカーに残っていたのだろう?」
「実はな、イレイズに鑑定を頼まれていたんだ」
「鑑定? 何のだ?」
「ダイヤモンドヘッドだ」
「はぁ!? ダイヤモンドヘッド!? ダイヤモンドヘッドはそもそもクルパーカーが違法品指定の依頼をしてきたんだぞ!? それなのに売るつもりだってのか!?」
「どうもそのつもりらしい」
流石のサグマールもこればかりは目を丸くしていた。
「何故だ!? クルパーカーはダイヤモンドヘッドの為に戦争をしていたんじゃないのか!?」
「そうなんだけどな。イレイズにはイレイズなりの考えがあるんだろう。クルパーカー南地区は半壊状態だからな。修復するのに資金がいるんだろうよ」
「しかしなぁ……」
「俺だって思うところはある。だがダイヤモンドヘッドの売却には、ほぼ全ての民が賛同したそうだ。死んだ者より、今生きている者を救う。今回の戦争を通じてそれを学んだのさ」
イレイズ直々の依頼を受け、ウェイルはダイヤモンドヘッドの鑑定を行った。
それらは一つ一つが凄まじく高価で、一つあれば三年は遊んで暮らせるほどの価値があった。
それらを売り、クルパーカー再建の資金に充てるそうだ。
「クルパーカーは復興に時間が掛かる。資金は多い方がいいからな」
勿論、これからもダイヤモンドヘッドは守っていく。
ただ死ぬ前にダイヤモンドヘッドを売却しても良いという本人の許可さえあれば、取引を行うことが出来るように制度を変更したのだ。
「だからダイヤモンドヘッドはもう違法品じゃない。違法品指定リストから外して欲しいという依頼もあった」
「……な、なんというか……そうか。まぁ、彼らが決めたことだ。我々が口を出すことではないのだろう」
「違法品指定リストから除外されたらクルパーカーが犯罪者に狙われる可能性は以前より低くなるだろうさ。市場流通さえあれば、欲しがる奴は出来る限り正規入手しようとするはずだしな。無論強盗に遭う危険性も考えられるが、そこは今までと変わらんしな」
「そうだな。そういえばウェイル。お前、俺に隠し事をしていただろう?」
サグマールの目の奥が光る。
「お前が連れている嬢ちゃんのことだ。話してくれるな?」
もうサグマールには全て見られてしまった。
ならばもう隠す必要はもうないだろう。
「……フレスは、実は龍なんだよ」
「龍って、神獣最強と謳われる、あの龍のことだな?」
「そうだ。龍は異端視されることが多々ある。だから黙っていたんだよ」
「ふぅむ。常人離れしている子だとは思ったが、まさか龍だったとはな……。確かに龍を敵対視する教会は多いし、逆に信仰する教会もある。どっちにしろ正体を明かすのは危険だろうな。納得だ。それではあの嬢ちゃんとはいつ出会ったんだ?」
ウェイルはサグマールに、フレスと出会った経緯や関わった事件について打ち明けた。
時折見せるサグマールの驚愕の表情に、以前の自分もこんな顔をしたことがあったなと懐かしみを覚えつつ、日が暮れるまで語りつくした。
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サグマールの部屋を出ると、扉の隣でアムステリアが腕を組んで立っていた。
「随分と長かったわね」
「まあな。色々と喋ってしまったから」
「フレスのこと?」
「ああ」
アムステリアには直接フレスの正体を話したことはない。
しかしアムステリアは事件の際、常にウェイルと共にいた。
フレスの背中にまで乗った彼女だ。今更秘密を明かす必要はないだろう。
「……そっちはどうだったんだ?」
ウェイルは控えめにそう尋ねた。
今回の事件で、アムステリアは二人も大切な人を失った。
彼女は二人の弔いをすると言って、クルパーカーで別れたのだ。
「全部終わったわ」
「そっか」
そう言うアムステリアは、少し疲れた顔をしていた。
アムステリアはルミナステリアとリューリクの遺体を、同じ場所に埋葬したそうだ。
寄り添うように並べられた質素の墓は、まるで二人が恋人だったかのように。
「アムステリア、お前も辛かったな」
「……何よ、急に同情なんかしちゃって」
フフッと、アムステリアはいつものような笑顔を向けてくる。
「泣いているお前なんてあまり見たことないからな。一度しっかりと見てみたいなと思っていたんだよ」
「……貴方って外道だったのね。知らなかったわ」
「鑑定士なんて基本的に自分を隠すもんだろ?」
「……ばか」
そう軽口を交わして、二人はすれ違った。
「――ウェイル……っ!!」
「なんだ?」
「……ありがと、ね」
「何の礼なんだか、全く……」
ウェイルは振り返ると、アムステリアの震える肩に手を置いた。
少しだけ聞こえてくる嗚咽。
ウェイルは伝わってくる振動が無くなるまで、彼女に付き添ってやった。
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「そういえば報告があったわ」
「なんだ?」
振り返ったアムステリアは、目元が少し赤い以外はいつも通りだった。
「フロリアとニーズヘッグのことだけどね。クルパーカー軍が全力を上げて『不完全』の残党を捜索したけど、その二人だけは発見できなかったそうよ」
「……そうか」
「どちらも危険人物だからね。これから先また現れるかも知れない」
「かもな」
「気を付けてね」
「ああ」
アムステリアの忠告。
言われなくても判っている。
あのしたたかなメイドは、またいずれ敵として相見えるであろうことを。
「俺は行くよ」
「またね」
今度こそ二人はすれ違う。
それぞれの、戻るべき場所へ帰る為に。
「ウェイル、気を付けてね……」




