最後の仕事
「サラー、しっかりして下さい!!」
ぐったりと倒れた赤髪の少女を抱き、声を掛け続けるイレイズ。
その少女こそ、このクルパーカーを救った英雄だ。
「……イ、イレイズ……。全部、終わったのか……?」
「サラー!? よかった! 意識はしっかりしてますね!?」
「早く教えろ、イレイズ……!」
「ええ。最後はフレスちゃんが決めてくれましたよ」
「フレスが……そうか……。おいしいところ全部持ってかれたな……」
そう皮肉を垂れるサラーの顔は、とても晴れ晴れとしていた。
「サラー!! 大丈夫!?」
「イレイズ、サラーの調子はどうなんだ?」
噂をすればなんとやら、ウェイルとフレスもサラーの元へやってきた。
「まだ顔色は悪そうだ。フレス、頼めるか?」
「任せて!」
フレスはサラーの胸に手を当てると、青白い魔力を解き放った。
その光は微かにまばゆく、そして優しくサラーを包み込む。
龍の治癒能力を分け与えるその光は、サラーの傷を見る見る塞いでいき、全身を癒していく。
「……少し楽になった。礼を言うよ、フレス」
「まだ無理しちゃ駄目だよ!? 傷は癒えるけどダメージは残るんだから!!」
何とか起き上がろうとするサラーをフレスが制す。
「別に無理なんかしてないさ」
心配するフレスに、サラーはニカッと笑うと、制する手を退けて立ち上がった。
「サラー、本当に無理は!!」
「くどいぞ、フレス。少し眩暈はするけど、大丈夫だ」
なんてサラーは言っているが、いくらサラーが龍だとしても大丈夫なはずはない。
身体に残っているのは、ここ数日続いた連戦による壮絶な疲労とダメージ。
その影響で出た熱は今も高く、サラーは立っているのがやっとのはずだ。
それでもサラーには立ち上がらなければならない理由がある。
誇りやプライドといった、そんな陳腐な理由じゃない。サラーにしか出来ない、大切な最後の仕事が残っていたからだ。
サラーは立ち上がり、イレイズの前に立った。
それは二人が初めて出会った時と同じような構図。
「……イレイズ、全て終わったぞ……」
「……そうですね」
「これでもう『不完全』に脅かされる心配はないんだ」
「……はい」
「ようやくクルパーカーで、王として暮らしていけるな……!!」
「……はい……!!」
「だからね、イレイズ……」
サラーはこれ以上ないほどの笑顔を浮かべ、手を伸ばしてイレイズの顔に触れた。
「お疲れ様……!! もう、楽にしていいんだよ……!!」
「……はいっ……!!」
堪えきれず、イレイズの瞳からは大粒の涙が洪水のように流れ出ていた。
サラーはそんなイレイズの顔を胸に引き寄せた。
――サラーのするべき最後の仕事。
それは涙するイレイズに胸を貸すこと。
誰にも彼の涙を見せないよう、自分が壁になってあげること。
彼の顔を汚さぬよう、イレイズの涙を拭うこと。
「うううう!! サラーって、本当にいい子だよねぇ……!!」
「いや、お前も泣くのかよ」
「だってえええ!! サラーってば、本当に良い子過ぎるよぉぉおおお!!!」
「……そうだな。サラーはいい奴だ」
ウェイルとフレスは、彼らを二人きりにするために、そっとその場を離れたのだった。
――●○●○●○――
「……やっぱり、貴方も……」
クルパーカー戦争が終了し、皆が一息ついた頃。
アムステリアは一人、避難地区の裏路地へやって来ていた。
その理由は一つ。目の前にいる存在だ。
「イングからここまで逃げてきたのね……」
その者は腐臭を撒き散らしながらも、必死に逃げていたのだ。
彼にもう自我はない。それでも、彼のプライドだけは身体のどこかに残っていたのかも知れない。
「――久しぶりね、リューリク」
朽ち果てたリューリクの顔に、生前の面影は少ない。
それでもすぐにリューリクだと判ったのは、単にアムステリアも彼のことをずっと忘れずに生きてきたからだ。
「……グ、グググ……」
「私達姉妹の心が弱かったばっかりに、貴方はこんな姿に成り果てて……!!」
ゾンビと化したリューリクに、アムステリアの謝罪は届かないかも知れない。
それでもアムステリアには謝罪することしか出来なかった。
彼をこのような姿にした一端を担った者として。
そして――彼を愛した者として。
「ごめんね、リューリク……!!」
「…………」
「今、楽にしてあげるからね」
「…………」
「ルミナステリアと、仲良くね……」
アムステリアはナイフを抜き、その切っ先をリューリクへ向けた。
彼の中に入っている、自分の心臓目がけて。
彼を刺さなければならない事実を、実感したくなかった。
苦しむ姿を見ないで済むように、目を背けて一思いに突き立てた。
「……グググッ……!!」
リューリクの身体にナイフが刺さる。
彼は身体をクの字に曲げて痙攣し始め、やがて動きを止めた。
「……ごめんね……。貴方のこと、大好きだったわ……」
最後に一度だけ彼の顔を見ようとアムステリアが頭を上げる。
「――――ッ!!」
信じられなかった。
彼の死に顔は――笑っていた。
「――ごめんね……っ!!」
三度目の謝罪。
それを聞いた者は、何処にもいなかった。




