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始まりの場所へ

　その後すぐにイレイズ達と合流したウェイルは、イングからの伝言を伝えた。

「南地区は広いですからね。本来なら奴一人を探すなど不可能に近いです。しかしイングが『始まりの場所』にいるというのであれば話は変わります」

「イングが言う場所に、心当たりはあるのか？」

「はい。私や奴らにとって因縁の場所ですから」

　イレイズは何かを思い出すように、言葉を連ねていた。　

「……イングは間違いなくあの場所にいるでしょう。決着ってイングが言ったのであれば尚更です。ねぇ、サラー」

『……私はそこのところはよく判らない。ただ一つ言えるのは、私とお前にとってもあそこは因縁の場所なんだ』

「……ですね」

　ウェイルには何のことだがさっぱり判らなかったが、イレイズがそこまで言うのであれば、イングはすぐに見つかるはずだ。

「奴の神器のことなんだが」

「ええ、知ってますよ。『無限地獄の風穴《コキュートス・ホールゲート》』でしょう？」

「死者を操る神器だそうだ。厄介な……！」

「大丈夫ですよ。何せ私はイングの神器を止めるためだけに、今回こんな無茶をやらかしたのですから……!!」

　イレイズは不敵に笑っていた。

「イングは、私が倒します」

　自信満々に答えたイレイズ。

　したたかなイレイズのことだ。万全の対策を持って、イングを倒す算段を整えているのだろう。

「そこでウェイルさんにお願いがあります。ステイリィさんをある場所まで連れて行ってはいただけませんか？」

　イレイズは後ろで恐怖のあまり気絶していたステイリィを指差した。

「ステイリィを？」

　目をぐるぐるに回し、泡を吹いて意識を失っているステイリィのことを、一体どうしようというのだろうか。

「ええ、この地図の、この場所まで」

　ウェイルは小さな地図を一枚渡される。目的地にチェックがついている。

　イレイズが何を為そうとしているのか、およそ見当もつかないが、ここは従っておくのがベストだろう。

「承知した。必ずステイリィを連れて行く」

「よろしくお願いしますね」

「イレイズ、今回の貸しは高すぎるぞ？」

「ご心配なく。私はこの都市の王子ですからね？　たんまりとお礼は用意しますよ」

　二人は拳と拳をコツンとあて、互いの成功を祈った。

「イレイズと言ったかしら？　私もイングの元へ連れて行って」

　そう言うアムステリアは、イレイズの返答を待たずしてサラマンドラの背へ飛び移った。

「私もイングに一発――どころか一万発くらい蹴りをぶち込まないと気が済まないの」

「ええ。貴方の力はマリアステルで知ってますからね。頼りにしてます」

「ふん！　貴方に頼られても嬉しくもなんともないわ！　それより貴方、マリアステルで私にドレスを送ってくれると約束してたけど、あれは反故にする気なの？」

「今回の件が終わり次第、たくさんプレゼントしますよ」

　イレイズは気絶したステイリィを、ウェイル側へと乗せ変えた。

「ウェイルさん。最後の最後までご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします」

「『不完全』という敵を倒すのは鑑定士の仕事だ。気にすることはないさ」

「……本当に貴方は卑怯なお人好しだ」

「そっちだって、腹黒いお人好しだろう？」

　確かにそうだと互いに笑い、そして別れた。

　――――

「フレス、またも急ぐぞ！　飛ばしてくれ」

『……もう何も言わん……』

「何言ってんだ。俺とお前の仲じゃないか！」

『それ、結構久しぶりだな』

　――――

「行きますよ、サラー」

『ああ。場所はあそこでいいんだろ？』

「はい。私とサラーが初めて出会った、全てが始まったあの場所へ――」

　――●○●○●○――

　――クルパーカー南地区、始まりの場所。

　そこは南地区の中心であるだが、周りの華やかな風景からは想像もつかないほど殺風景な場所だった。

　焼け朽ちた残骸は辺り一体を埋め尽くし、掃除や撤去もされず手付かずになっている。

　まるでここだけ時間が止まったかのような、そんな気分にすらさせられるこの場所に、イレイズ達は降り立った。

「……ここに来るのは久しぶりですね……」

　イングが決着をつけようというのであれば、イレイズにはこの場所しか考えられなかったのだ。

「……あの日からずっとこのままなのか……」

　サラーは少女の姿に戻り、足元の瓦礫を見つめていた。

「この場所は、私の覚悟を証明するために保存されていたのですよ。過去を振り返らないように」

　『不完全』に加入するために自らが火を放った、イレイズの城があった場所である。

　王の住まう城にしては、やけにこじんまりとして控えめな屋敷であったが、イレイズはそこを気に入っていた。

　それを自らの手で火を放ち、敵の駒になったのだ。

　つまりこの場所は、イレイズにとって平和で安らかな日々の思い出を一瞬で崩壊させた、屈辱の象徴ともいえるべき場所なのだ。

「…………」

　イレイズの顔が硬く強張る。

「……大丈夫か、イレイズ。嫌なことを思い出したのか……？」

　心配そうに顔を覗き込んでくるサラーを見て、イレイズの表情は穏やかなものに戻った。

「大丈夫ですよ。それにこの場所は嫌なことばかりじゃないんですよ？　だって貴方と初めて出会った場所でもあるんですから」

　イレイズがサラーと出会った場所。

　ここはそんな感慨深い場所でもある。

　イレイズの城には、古くから保存されていた一枚の絵画があった。

　それこそが神龍『サラマンドラ』が封印されていた絵画であり、イレイズの放った火によって偶然封印が解かれ、サラーはこの世界に復活を果たした。

「サラーと出会ったことは、私の人生最大の幸運なんです。ですからここはそんなに嫌な場所とは思えません」

「そ、そうなのか……。うん、その、私も……運が良かったって思ってる……」

　顔を真っ赤に染めて、少し俯きながら照れるサラーはとても可愛く、話を切り出したイレイズ本人も少し照れてしまった。

「……さて、じゃあ嫌な思い出と決別しましょうか。いるのでしょう？　イング!!」

　…………返事はない。

　この場は静寂に包まれているが、奴がこの近辺にいるのは間違いない。

　何故ならこの廃墟の至るところから、殺気と気配を感じるからだ。

「――赤いの、後ろよ!!」

「――ッ!!」

　二人の話を黙って聞いていたアムステリアが、突如としてサラーに向かって叫ぶ。

　それを聞いたサラーは振り返りざまに炎を放出させた。

　炎はサラーの背後に迫っていた死体を焼き払い灰にしたのだ。

「……助かった」

「何言ってんの！　これからよ!!　あれを見なさい!!」

「まさか、これほどまでとは……!!」

　イレイズはゾンビで溢れ返った光景に思わず絶句する。

　すでにイレイズ達は敵の罠に嵌っていたのだ。

　この廃墟を囲むように、続々と大量のゾンビが押し寄せてきていた。