フレスとの約束
フロリアの撤退は『不完全』側にとって想定外だったらしく、生き残った構成員は我先にと退却を始めた。
当然プロ鑑定士協会がそれを許すはずもなく、サグマールをはじめ武装したプロ鑑定士達は残党の逮捕に奮闘していた。
また、バルバードの命令により各地方へ送られていた援軍も続々と帰還し、戦局は圧倒的にクルパーカー軍の有利な状況になった。
「『不完全』構成員、確保しました!!」
「よし、これで残りは二人だけだ! 必ず捕えろ!!」
サグマールの的確な指示で、次々と構成員を逮捕する鑑定士達。
今しがた最後の二人の確保も無事を終え、残るは魔獣のみ。
「うりゃあああああ!!!」
「ギャアアゲガガエエガアアアア!!」
フレスの手から巨大な氷柱が打ち放たれると、残る最後の魔獣を串刺しにした。
魔獣は絶叫と共に、黒い体液をまき散らしながら息絶えた。
「やったぁ! 最後の一匹、倒したよ、ウェイル!!」
「これで『不完全』の計画も打ち止めだ」
暴れ回る敵は全て鎮圧。
戦場に残った魔獣は、神器『悪魔縛り』によって拘束した龍殺し一体のみ。
「龍殺しはどうするの?」
「こいつはプロ鑑定士協会に持ち帰る。龍殺しのサンプルなんて今までなかったからな。貴重な資料だ」
解剖鑑定士によって、龍殺しの生態はとことん調べられるだろう。
今後、龍殺しについて対策がなされることは間違いない。
「よし、『不完全』および、その魔獣は全て確保、始末した!!」
サグマールの叫びに、兵士達は勝利の雄叫びを上げる。
「ウェイル! ボク達、勝ったの!?」
「ああ。どうやらそのようだ。サグマールが北、西地区の報告を受けたそうだが、そっちも無事で奴らの残党は皆無らしい。『不完全』の連中もあまり人員を割けなかったようだな」
「フロリアさんは?」
「さあな。魔獣に乗って逃げたが、あの様子だとしばらくは行動できないだろう。部下も全て逮捕したしな」
「あ、そうだ、サラーのこと!! サラーはたった一人で龍殺しに立ち向かっていったんだ!!」
「なんだと!? それでサラーはどうなった!?」
「わかんない。サラーとボクは互いに約束したんだ。龍殺しはサラーが、そしてボクはクルパーカー軍本部を守るって。……だから、それ以上のことは判らないんだよ……」
相手は竜の天敵、龍殺し。
いかにサラーとて、相性的に勝てる相手ではない。
「サラーとボクは互いに背中を預け合ったんだ! ボクはサラーの背中を守った! だからサラーだってボクの背中を守るはず! きっと龍殺しなんか一捻りにしているよ!」
「そうだといいんだが……」
フレスは声こそ力強かったが、その表情は暗かった。
サラーのことが心配で堪らないのだろう。
現実、サラーは今ここにいない。
最悪な結末も頭を過ぎる。
「フレス! サラーがいたところまで案内しろ!」
「うん! 急ごう!!」
ウェイル達がサラーの元へ行こうとしたその時。
「お、おい!! 空を……!! 空を見てみろ!!」
震える声で兵士の一人が叫んだ。
何事かと、誰もが空を見上げる。
ウェイル達も皆につられて空を仰いだ。
「……ッ!?」
その瞬間、ウェイルは絶句した。
いや、ウェイルだけではない。
勝利に酔いしれていた誰もが、空を飛ぶあるものを見て言葉を失っていた。
「――龍……!!」
白い雲を引き裂くように一体の黒き龍が飛翔していた。
「フレス! あの龍は……!!」
「…………」
フレスの動きが凍り付いている。
その視線は空の龍に貼り付けられていた。
「フレス……?」
フレスの様子が妙におかしい。
髪が少し逆立ち、呼吸も荒く、顔中に冷や汗をかいている。
何よりその表情は、ウェイルは胸を冷たくさせた。
フレスと出会って以来、初めてだ。
フレスの顔を見て、怖いと恐怖したのは。
深い恨みを凝縮したような、そんな視線をフレスは空舞う龍へと向けていたのだ。
握り拳に力が入り、震えているのが判った。
「……フレス……!!」
「…………」
もはや聞く耳すら持ち合わせてはいない。
想像を絶する殺気が、フレスの周囲にいる者を驚かせた。
(なんなんだ!? あの龍は!! それにフレスのあの表情も……!!)
ずっと空を泳いでいただけの龍が、ここに来て大きく咆哮する。
そうかと思えば、今度は輝く暗黒が、その龍を包み込んだ。
その光景にウェイルはデジャヴを覚えた。
「ウェイル! 攻撃が来るよ!!」
ずっと沈黙を続けていたフレスが、突如として大きく叫ぶ。
ウェイルにも見覚えがある。
あれは龍が魔力を放つとき時のモーションだ。
光と共に魔力を溜めて一気に打ち放つという、サスデルセルでフレスのやったことと同じだ。
空の龍が溜めているのは、光というよりは暗黒であるが、その照準はこちらを向いているはずだ。
「皆、逃げろ!!」
ウェイルが叫んだと同時に、その龍は暗黒を解き放った。
「間に合わな――」
闇が全てを飲み込まんと押し寄せてきた、まさにその時だった。
巨大な炎の塊が、ウェイル達を守るかのように暗黒を打ち消したのだ。
「あの炎は……!?」
「サラーの炎だ! 無事だったんだ!! よ、よかった……!!」
安堵のあまり膝を崩したフレス。
一方ウェイルはというと、次なる龍同士の衝突に備えてクルパーカー軍に避難を促していた。
「サグマール、あれは龍だ!! 人間の敵う相手じゃない!! 皆、今すぐこの場から離れるんだ!!」
「ウェイル! お前は何故あれが龍だと知っているんだ!?」
「説明は後だ!! とにかく、今は逃げてくれ!!」
「お前はどうするんだ!?」
「俺は最後に逃げる!! だから急げ!!」
ウェイルの指示により、クルパーカー軍およびプロ鑑定士協会は避難に急いだ。
戦場に残ったのは、ウェイルとフレスだけ。
「サラーは空中戦を行っている。周囲に視線もない。俺達も援護に向かうぞ!!」
「……あのね、ウェイル。聞いて欲しいことがあるんだ」
一刻を争うこの状況で、フレスが神妙な面持ちをしてそんなことを言ってくる。
「なんだ?」
「詳しいことは後で話すよ。でもね、これだけは言っておきたいんだ」
「ああ、聞かせてくれ」
「……ボクね、もしかしたら――約束を守れないかもしれない」
「……そうか」
――約束。
それは教会都市サスデルセルで二人が交わした、「出来る限り人は殺さない」という約束。
フレスはこれまで、この約束を頑なに守ってきた。
そんなフレスが、それを反故にしてしまう可能性があるという。
よほどの理由なんだろう。
だからウェイルは敢えてこう言ってやった。
「心配すんな、フレス」
「……え?」
「俺が無理やり、約束を守らせてやるよ。何をしてでもな」
「でも! ボク、自信がないんだ!! あの龍の姿を見たとき、ボクは怒りで狂ってしまいそうだったから!!」
フレスは憎しみを搾り出すような視線で黒き龍を睨んでいた。
ということはフレスが言っていた復讐する相手というのは、あの黒き龍のことなのだろう。
復讐相手が目の前にいる。
それがどれほど心を荒れさせるか、ウェイルはよく知っている。
「大丈夫だ。今度は俺が止めてやるさ。あの時みたいにな」
「……あの時……?」
「お前は俺がサスデルセルで神父バルハーを殺そうとした時、全力で止めてくれただろ? それと同じように、今度は俺がお前を全力で止めてやるさ」
「……ウェイル……!!」
ぶっきらぼうだけど優しい言葉。
フレスは思った。
――ウェイルと出会えて、本当に良かった――と。
「よし、話はそれだけか!? なら急いでサラーを助けに行くぞ!!」
「うん!!」
二人は、躊躇なく、自然にキスを交わしたのだった。
――ウェイルで良かった。フェルタリアの人は皆良い人で、本当に大好きだ――。
フレスは、そう心の底から噛みしめていた。




