二択
「……プロ鑑定士協会……!!」
フロリアは唇を噛みしめ、その一団の登場に苛立ちを覚えていた。
フロリアとしてもプロ鑑定士協会の登場は予想していたし、それなりの対策もとるつもりでいた。
しかし考えていた以上にプロ鑑定士協会の動きは早く、対策を講じる前に囲まれてしまった。
「ルミナステリア! 競売禁止措置はどうなったの!?」
「そんなのもうとっくに解除されていたわよ。私も驚いたわ」
「……流石はプロ鑑定士。行動早すぎだってば」
競売禁止措置で鑑定士を足止めする作戦だったが、サグマールの機転により事態は予想以上に早く収束したのだ。
『不完全』と『プロ鑑定士協会』という因縁の相手同士が、ついに激突する事態となった。
「ヴェクトルビアではしてやられたからな。今回は逃がさない」
「ふん、こっちにはまだ切り札があるからね。龍殺し、出てこい!!」
フロリアの背後からは、護身用に残していた最後の一体が立ち上がり、咆哮した。
「またこいつか。確かにきつい相手だ」
「殺れ!!」
フロリアの命令に従って、龍殺しはウェイルに飛びかかる――はずだった。
「……どうした!? 何故動かない!?」
龍殺しはフロリアの命令を無視して、ピクリとも動かない。
精神隷属系神器で従わせているのだ。命令無視など考えられるはずもない。
「何故……!?」
「神器さ」
想定外の出来事に狼狽するフロリアの疑問に、ウェイルは答えを示してやった。
「龍にとって龍殺しが天敵なように、龍殺しにも天敵があるってことだ」
「悪魔を封じる神器……!?」
よく見ると龍殺しの手足には、光り輝く小さな糸が撒きつかれていた。
龍殺しは命令違反をしたわけじゃない。
ただ光の糸に縛られて動けなかっただけだ。
光の糸から必死に抜け出ようとしているが、動けば動くほど光の糸は深々と食い込み、切れた箇所から汚い体液を噴出させた。
「神器『悪魔縛り』。プロ鑑定士協会に所蔵されてある神器の一つだ」
「くそ……!! こんな神器があるなんて……!!」
龍殺しの動きは、次第に弱くなっていく。
糸は複雑に絡み合い、もはやもがくことすら困難なレベルになっていた。
「さて、厄介なこいつは縛った。次はお前だ」
氷剣の切っ先をフロリアへと向ける。
「……ちっ」
ばつの悪そうな表情を浮かべたフロリアは、少しずつウェイルから距離を取り始める。
(私の力だけではウェイルには勝てない。……だが)
「これでも喰らえ!!」
フロリアは懐に入れていた小瓶を取り出し、ウェイルへと投げつけた。
それを見てウェイルは一歩後ろに退く。
小瓶は地面に落ちたと同時に小規模な爆発が起こった。
「こんなこけおどしが俺に通用すると思っているのか!!」
「さてね」
爆発によって視界が煙に遮られる中、フロリアの声がどこかから聞こえてくる。
「私はバカじゃないですからね、こんな玩具で貴方を倒せるなんて思ってないですよ? 本当の目的はこっち!」
「何を――ッ!?」
煙の微かな変化を捉えて、ウェイルは身を翻した。
その瞬間、腹部に何かが掠めた感覚があり、服が少しだけ裂けていた。
「なるほどな」
白い煙は風によって吹き飛ばされていく。
煙が消えた時、ようやくフロリアの意図を確認できた。
「流石のウェイルも、これだけの数を相手するには厳しいでしょ?」
「確かにな」
フロリアの背後には、『不完全』の構成員が、ずらりと並んでいた。
彼らの手には各々神器が握られており、既に魔力は充填済みでいつでも発動できる状態だった。
「ねぇ、ウェイル。降参して、私についたら?」
「お前、まだそんなこと寝言をほざくのか」
王都ヴェクトルビアでも、似たようなことを言われた。
「だって、貴方ってば面白いんだもん。セルクにも詳しいし、顔だって結構好みだし。私は貴方が欲しい。ね? いいでしょ?」
子供のおねだりの様に聞こえるが、実際はそうじゃない。
これは二択の問いかけなのだ。
直訳すると、生きたいのか、死にたいのか。
「神器を向けて言うセリフじゃないだろ」
「……どうなの? 私につくの? つかないの?」
「さて、どうしたものかね」
「早く決めて。どっち」
フロリアの語尾がだんだんと荒くなっていく。
質問もかなり直接的になってきた。
「ある意味ラッキーだな」
「……え……?」
ウェイルの発言が、突如ちぐはぐになったことに、フロリアは眉をひそめる。
「どういうこと……?」
「だって、そうだろ?」
氷の刃先をフロリアに向け、ウェイルはにやりと笑って言ってやった。
「これだけ多くの贋作士を、わずか一日で検挙できるんだからな!!」
「それは死んでもいいって意味だよね。いいよ、もうウェイルなんて要らない。殺せ!!」
フロリアが手を上げ、命令を下した。
贋作士達は一斉に神器を発動させると、魔力弾をウェイル目掛けて放出させた。




