背中は任せるよ
あまりにもこの場にそぐわぬ明るい声に、二人の背筋は凍りついた。
「だ、誰だ!?」
「…………!?」
フレス達が振り返った瞬間だった。
「う――ッ!!」
背筋が凍る感覚というのは、決して比喩表現ではない。
実際に二人の身体は凍りついてしまったかのように、動けなくなったのだ。
全身から魔力が吸い取られたかのような感覚。この感覚には覚えがある。
「……龍殺し……!?」
王都ヴェクトルビアで見た、忌わしき魔獣。
最強の龍である二人にとって、唯一の弱点と言ってもいい存在がそこにいた。
数にして五体。
ヴェクトルビアで召喚された龍殺し達が、目前に迫ってきている。
そしてその魔獣達を率いているのは小さな影。フレスもよく知っている人物だ。
「フロリアさん……!!」
王都ヴェクトルビアで発生した連続殺人事件を、裏で操作していたメイド長。
アレス王の信頼を裏切り、ヴェクトルビア全体を混乱の渦に陥れた張本人だ。
「どうしてフロリアさんがここに!?」
「お久しぶりだね、フレスちゃん。……あれ? ウェイルは?」
「いないよ! それに質問はボクがしてるんだ!! 答えて!!」
「へぇ、そっか。いないんだ。ならもうここに用はないね。よし、お前達、やっておしまい!」
フロリアはフレスの質問を完全に無視して、龍殺しに命令を下す。
「ではそろそろ行くね。もし生きていたらまた会いましょう、フレスちゃん」
フロリアは龍殺しの一体に乗ると、護衛軍本部の方角へと飛び去っていく。
「まずいよ!! あっちは本部があるのに!!」
フロリアが消えた瞬間、後ろに立っていた龍殺しが、奇声のような咆哮を上げて動き出す。
その動きは以前戦った時より機敏で、鋭い爪をサラーに向けて振り下ろしてきた。
「サラーッ!!」
「心配するな!」
「でも!」
サラーは龍である以上、龍殺しの相手は相当厳しい。
今の攻撃だって紙一重で避けていたが、その足取りはおぼつかない。
それにサラーは、これまでの戦いで魔力を大きく消耗している。肉体的にも精神的にも、もはや限界だった。
「今、助けに――――って、サラー!?」
救助に向かおうとしたフレスの目の前に、巨大な火柱が現れた。
「サラー! この火柱はなんなの!?」
「フレス! お前はあの女を追え!! ここは私が引き受ける!!」
「何言ってんの!! 一人でどうにか出来る相手じゃないよ!!」
「それでもお前は行くんだ!! でないとあの女は本部を直接襲撃するかも知れない!!」
サラーの判断は適切だ。
フロリアが現れたということは、『不完全』はチェスでいうとポーンである魔獣を使い終わったということだ。
サラーというクイーンをポーンで消耗させ、後は一気にチェックメイトまで持っていこうという算段なのだ。
南地区本部はいわばキングのようなものだ。
そこを制圧されてしまったなら、クルパーカーは崩壊したに等しい。
ここはクイーンを捨ててでも、キングを守りに行かねばならぬ戦局。
「ここは私だけでなんとかする! 行け!」
「相手は龍殺しなんだよ!? 無茶だよ!!」
「無茶でもなんでもやってやる!! 行け、フレス!!」
「でも、でも!!」
「くどい!!」
サラーは絶対に主張を曲げない。
それを理解したフレスは、背中に翼を出現させた。
「わかった。ここはサラーに任せるよ。ボクはフロリアを止める!!」
二人は一瞬だけアイコンタクトし、それぞれの目的を果たすために、互いに背中を向けた。
「私の背中側の方角には本部がある。お互いに背中は任せたと言ったな」
「……うん!」
「だからお前の背中側。つまりこいつらだ。ここは私に任せてもらうよ」
「うん、任せるよ。でも絶対に無理だけはしないで……!!」
フレスは翼をはためかせ、一気に空を翔けた。
フロリアを止めるため、フレスは翼を大きく羽ばたかせ、本部へ向かったのだった。




