サラーの葛藤
「おうらあああああっ!!」
サラーは戦場に到着するなり、怒号を上げて敵を炎で薙ぎ払った。
サラーの燃え盛る炎は、地面を焦がしながら敵を焼く尽くしていく。
「みんな、気を付けて!! 敵は魔獣だ!! 火を噴くよ!!」
『不完全』側が戦場に投入してきたのは『下級悪魔』という類の魔獣。
教会都市サスデルセルで戦った魔獣ダイダロスより遥かに力は劣るものの、それでも一匹一匹の力は人間兵士換算で十人以上の戦力を持つ。
鋭い爪と口から吐き出す炎で、立ち向かう兵士達を踏み越えていた。
「フレス、予想以上に魔獣が多いぞ!!」
「……そうだね。このままじゃ戦況は少し厳しいかも」
魔獣の数は、視界に入るだけでも二十以上。
しかもこいつらは奴らにとっては捨て駒に近い最下層の戦力。
本当の強敵、例の魔獣『龍殺し』の姿は、未だ現れていない。
つまり戦いはまだまだ序の口、これからが本番だというわけだ。
「埒があかないよ‼」
「私が炎で一掃してやる!! フレス、兵士達を私から遠ざけてくれ!!」
「判ったよ!」
他の兵士達はフレスとサラーが龍であるということを知らない。
自分達の正体が龍であるということは、ウェイルの話から出来る限り隠した方が良さそうだったので、二人はこれまで能力を抑えて魔獣に立ち向かっていた。
しかし、もはや戦況がそれを許さない。
戦局は、時間が経てば経つほど悪くなる一方で、このままだと非常にまずい状況だ。
開戦当初千人あまりいた兵士の数も、あっという間に半分を切っていた。
周辺には、引き裂かれたり焼かれたりした無残な遺体がそこかしこに転がっている。
兵士の中には魔獣の姿を見て怯え、逃げ出す者もいた。
だが誰も引き留めることはしない。誰だって命は惜しいのだから。
名誉やプライドが邪魔をしなければ、皆そうしてしまいたいのが本音なのだ。
「……クソ!! フレス、急げ……!!」
襲いかかる魔獣の攻撃を避けつつ、フレスを待つ。
「サラー!! 兵士を撤退させたよ!」
「よし! フレス、お前も少し離れていろ!!」
サラーの目の前に立ち塞がる魔獣の大群。
その数なんと四十五体。
形容は様々だが皆一様に醜い姿で、サラーの姿を見ていやらしく舌なめずりをしていた。
その中の一匹が堪え切れなくなったのか、サラー目がけて一目散に飛び掛ってくる。
それに触発され堰を切ったかのように、残りの魔獣達も一斉に押し寄せてきた。
「――焼き尽くす!!」
サラーは両手を横に上げた。
するとその動きに呼応するかのように、巨大な火柱がサラーを中心に円を描くように出現し、その場で激しく渦巻きはじめた。
炎の壁が幾重にも現れ、轟々と空気を焼いていく。
魔獣達は、飛びかかった勢いを止める事が出来ず、次々と炎の壁へ突っ込んでいった。
まるで自分から火に身を投げるかのように。
「はああぁぁぁぁ!!」
サラーの気合いと共に、火柱はさらに高く天を望む。
辺り一帯は尋常ではないほどの高温が発生し、サラーの姿は陽炎で揺れていた。
火柱に包まれた魔獣は、骨をも溶かすほどの高温により、一瞬にして蒸発していった。
断末魔すらない。気が付けば、魔獣全てが灰となっていた。
「ハァ、ハァ……」
魔獣を葬った火柱が消え、一面焦土の中、一人立ち尽くすサラー。
相当魔力を使ったのか、額には大量の汗。
「サラー、大丈夫!?」
「ハァ、ハァ……、あ、当たり前だ……!!」
などと強気に言うが、相当無理をしたのだろう。
手で汗を拭うと、ぐらりと身体が揺れてその場にしゃがみ込む。
「凄い火柱だったよ! 敵、全部炭になっちゃった!! 流石はサラー!!」
「…………」
はしゃぐフレスとは対照的に、サラーの表情は暗い。
その理由はサラーの視線を辿れば明らかだった。
「……あ……」
ようやくフレスも気づく。
サラーが焼いた周囲が光り輝いていることに。
「こ、これって……」
「そうだ。これがダイヤモンドヘッドだ……」
それは魔獣に殺され、ここに倒れていたクルパーカー軍兵士達の遺体。
彼らを仇をとったはずのサラーの炎で。
あまりの高温で陽炎が出てくる程の火柱で。
高熱と圧力を掛けられた遺体は、全てダイヤモンド状になっていたのだ。
「ごめん、サラー。ボク、サラーの気持ちも知らないではしゃいじゃって……」
「気にするな」
サラーは、目の前に転がっていた一つのダイヤモンドヘッドを手に取った。
「……フレス。これをどう思う……?」
「……どうって……」
フレスは返答に困った。
サラーが何を思ってこんなことを問うてきたのか、見当もつかない。
「私はね。こんなもの、全然綺麗だとは思わない。だって、これ、一つ一つがイレイズの大切な同胞だったんだ。この人だって、今さっきまで生きていたんだよ! その命と比べると、こんな輝き、虚しいだけじゃないか!!」
サラーの目から零れた滴が、ダイヤモンドヘッドに落ちる。
涙の落ちたダイヤモンドヘッドは、皮肉にもより一層輝きを増したのだった。
――●○●○●○――
「ボク、先に戻ってるね」
最前線に現れた魔獣は全て始末したのだ。
とすればここに残る理由もない。
それに『不完全』の連中が次にどこに現れるのか見当もつかない。
一刻も早く本部へと戻り、情報収集しなければならない。
だがフレスは、それを今すぐサラーに告げるのは、少しばかり気が引けた。
ダイヤモンドヘッドを抱えて咽び泣く彼女を、今は一人にしてあげようと思ったからだ。
「サラー……」
サラーは今、どれほどの重責を感じているのだろう。
ダイヤモンドヘッドを巡って起こったこの戦争で、仕方がないとはいえ彼女自身がダイヤモンドヘッドを精製してしまったのだ。
その心境は計り知れない。
「……うぐっ、……ふ、フレス……。行こう……!」
雑に目をこすって、ダイヤモンドヘッドをそっと置き、サラーは立ち上がった。
「サラー。大丈夫……?」
「な、何言ってんだ!? 戦いはこれからだろう!? 急いで本部に戻るぞ!!」
「そ、そうだね! 急ごう!!」
目元を真っ赤に染め、鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。
無理しているのはバレバレであるが、フレスは気付かないふりをした。
それがフレスに出来るサラーに対しての精一杯の気遣い。
サラーを後ろにし、進む足を速める。
――その時だった。
「綺麗だとは思わない? なーに言っているんしょうねぇ。こんなにも綺麗なのに」
妙に軽快な声が、この場に響き渡った。




