推理と失敗と、蒼い髪の少女
「――ラルガポットと悪魔の噂、か」
ウェイルは自分の部屋に帰った後、夕食用にヤンクに酒とスコーンを注文すると、それをつまみながら先程ルークと交わした会話の内容について、再度考察していた。
「どうもラルガ教会にとって都合の良すぎる展開になっている」
夜な夜な魔獣が出現して、人々を襲っている。
これが続けば悪魔の存在は噂となって、この都市全体に恐怖を広げていく。
治安局員すらも手に負えないとされるほど強力な悪魔と、それを恐れる人々。
安心感を得るためには、悪魔を払う魔力を持つとされるラルガポットを買うしかない。
しかしながらラルガポットは本来限定生産品。
供給が限られている中での需要の増加。
今やそうそう手に入る代物ではない。
ならばラルガポットの高騰は当然の結果と言える。
「一つ50万だもんな。一般人が買える金額からはあまりにも逸脱している。そんな高額な限定品が大量入荷ってのもおかしい話だ」
通常、ラルガポットの量産など出来るはずもないが、それがもし贋作であれば話は別。
あの贋作士に頼んで贋作を大量製造し、それを本物と称して売り捌く。
ラルガ教会は丸儲けもいいとこだ。
偶然にしては話が出来すぎている。
完全にラルガ教会だけが得する話だ。
そもそもの原因である悪魔の噂についても気になる点が多い。
今回ラルガ教会が大儲けしているは、魔獣が偶然出現してきたことが原因なわけだ。
魔獣さえ現れなければ、ラルガポットだって高騰するはずもなかったわけだし、高騰しない商品をわざわざ贋作士に依頼して贋作を製造する必要もない。
「悪魔の噂が流れたのは、本当に偶然か……?」
ではまず悪魔の正体について考えよう。
俗に悪魔と呼ばれるが、これについては魔獣の一種だと断言できる。
デーモンかガーゴイルか、それは判らないが。
ではその魔獣は一体どうやって、神聖結界に護られたこの都市に入ってこれたのか。
――考える可能性は二つ。
一つ目の可能性――結界の破壊。
言うのは簡単だが、この教会都市においては最も難しい方法である。
何故なら都市周囲に張り巡らされた神聖結界は、並みの防御結界なんかではないからだ。
様々な教会が、それぞれ自慢の神器を用いて結界を展開しており、他都市と比べて桁外れに強固な結界となっている。
そんな防御結界を破る力なんて、それこそ龍クラスの神獣でしか考えられない。
もし龍と同程度の力を持つ魔獣が、すでにこの都市に侵入しているのであれば、噂どころの騒ぎでは済んでいないはずだ。
治安局が他都市に応援を要請し、全力で鎮圧に乗り出さなければ、サスデルセルは破滅してしまうレベルであるからだ。
ステイリィの様子から見ても、治安局はそこまで動いていない。
つまりこの可能性は否定されている。
「神器を用いて召喚したのか? いや、それは無理だよな」
二つ目の可能性――召喚術。
召喚術とは、端的にいえば神器を用いて異世界の生物を、術者の前に転移させる術のことである。
アレクアテナ大陸にいる神獣の多くは、太古の昔に召喚術によって異世界から呼び出され、そのまま住みついたとされる。
目の前に新たな生物を出現させる召喚術。
何も知らないものが見れば、命を創造する行為に見えなくもない。
だから数多くの教会は、召喚という行為自体を神への冒涜と考え、最大級の禁忌としている。
教会に身を置く者が禁忌を犯すことは、なかなかに考えられない。
召喚術を使うところを見つかれば即、教会裁判で裁かれることになり、どのような状況であれ死罪は免れぬからだ。
そんな危ない橋を渡ってまで禁忌を犯す者などいるだろうか。
つまり教会関係者が召喚という行為を行うことは有り得ないということだ。
ラルガ教会とて、それは例外じゃない。
信者以外の誰かに頼んだ、召喚術士を雇った等、様々な状況が仮定できるが、それこそ可能性を広げるとキリが無い。
「召喚術を用いたという可能性が一番高いが、召喚系神器なんてそうそう手に入る代物じゃないしな」
色々と仮説は立ったが、結局どれも結論と確信できる考えとまでには至らなかった。
そもそもラルガ教会のラルガポットが贋作だと、まだ決まったわけではないのだ。
全ては可能性の話。証拠なんてどこにも無い。
あるとすれば鑑定士としての勘だけだ。
「今あれこれ考えてもしょうがないか」
明日オークションハウスで実物を確認すればいいと、ウェイルは推理を早々と切り上げ、ならば気分転換にと手に入れてきた龍の絵画をもう一度鑑定することにした。
酒の入ったコップを机に置き、額から龍の絵を取り出す。
「何度見ても素晴らしい絵だな……。状態は悪すぎるが。神父の奴、もう少し丁寧に扱ってくれても良かったのに」
バルハーの立場を考えると無理もないが、思わず文句が漏れてしまう。
鑑定士になって初めてかも知れない。
一枚の絵にこれほど心惹かれたのは。
日焼けが酷く紙も劣化し、ボロボロの状態なのだが、何故か見入ってしまうのだ。
「本当に何なんだろうな、これの絵画は」
使われている紙も塗料も何も分からず、作者すら不明。
所有者も転々としているし、大切にされていたという形跡もない。
「プロ鑑定士協会本部に持って帰って、精密鑑定をしてみるか」
そう呟き、机に置いていた酒の入ったコップに手をかけた。
――だが、仕事を終わらせた後の気の緩みが、ここに来て一気に出てしまった。
「あっ……!?」
つるりと手からコップが滑る。
「しまった」と思ったが、時既に遅し。
手から落ちたコップは、重力に従い自由落下し、そのまま机の上に小さな湖を作る。
そして酒の湖は、絵画をすっかり沈没させてしまった。
「くそ、やっちまった……!!」
プロの鑑定士として、あるまじき失態。
初心者以下のミスをした自分に腹立たしさを感じながら、急いで、酒を拭き取ろうと絵画に手を伸ばした――
――その時だった。
その絵画は、キィンという耳を劈く音を放ちながら、青白く輝き始めたのだ。
「な、なんなんだ!?」
眩く冷たい青白い光が部屋を包み込んだ。
光が強すぎて、とてもじゃないが目を開けていられない。
ウェイルはその光が消えるのをひたすら待つ。
その間中ずっと、ウェイルは心の中で驚愕という二文字を噛み締めていた。
光が止んだ時、周囲には元の静寂と闇が訪れた。
「な、なんだったんだ、今のは……?」
ゆっくりと目を開けると、部屋は絵画が輝き始める前そのもの――
「ふわぁぁぁああ、むにゅむにゅん……。……はっ!? ここどこ……!?」
――とは、とてもとても言える状態ではなかった。
「な、なんだ、こいつは……!?」
これほどまでに驚愕したことは人生で初めてかも知れない。
元々龍の絵があった場所、そこには――
「……あれ……? ボクは一体……?」
――蒼い髪をした少女が立っていたからだ。