偽の戦場
―― Side:イレイズ ――
「その話、本当なんですか!? それにこの光景も……!!」
「しっ! 声が大きいです!」
「それで、どうなんです!?」
「どちらも本当のことです。ですから少し声を小さくお願いします」
「……とすれば、貴方はどうして?」
「作戦ですよ。これも」
「そうだったんですか……」
「そうだったんですよ……」
「…………」
「…………」
イレイズとステイリィの二人は、息を殺して待っていた。
「それにしても、私達はいつまでこうしていればいいんですか?」
「さあ、どうでしょうね。時が来るまで、です」
「本当にウェイルさんは来るんですか?」
「そうですね。私の見込みでは九割以上の確率で来ると思いますよ」
「……もし来なかったら……?」
「貴方にはこのウェイルさんが作成した公式鑑定書を差し上げます。もちろん彼の直筆サイン付き」
「よし! いつまでも待とう!!」
微かに聞こえてくる音に耳を澄ませ、二人はそのままジーッと待っていた。
――●○●○●○――
―― Side:ウェイル ――
「――そろそろか」
プロ鑑定士達を乗せた汽車は、すでにクルパーカー都市圏内に入っていた。
一行は、最もマリアステルから近い西地区の駅へと向かっていた。
「ウェイル! 間もなく西地区の駅に到着する。準備はいいか?」
「ああ。そりゃ外の黒煙を見れば準備も捗るさ」
黒く上がった煙に、サグマールも少々興奮気味であった。
汽車の窓からは、美しい景色を汚す黒い煙が各地から上がっていた。
耳を澄ませば爆発音も聞こえてくる。さらなる黒煙が景観を汚していく。
「あらあら、ドンパチやってるわね」
「そうだな」
そう呟くアムステリアに、ウェイルは軽い返事と共に視線を向けた。
見るとアムステリアは――唇を吊り上げて何やら含み笑い。
「……ウェイルの考え通りだと思うわよ?」
心を覗く能力でも持っているのだろうか。
アムステリアの台詞は、ウェイルの考えをグッと後押しするものだった。
「確かにドンパチやってるけどね。でもそれだけね」
「というと?」
「爆発音以外の音がない」
疑問が確信へと変わる。
「これは囮ということだな」
二人の意見は一致していた。
黒々と上がる爆煙に、轟き響く爆発音。
まさに戦闘の最中という風景であるが、二人にはとある違和感があった。
「気配を感じないのよね。音が妙に少なすぎる」
戦争中に、飛び交う音には様々あるが、概ね二つだ。
一つは武器の発する音。
剣撃による金属音、鎧のぶつかる打撃音、大砲の発射音。
はたまた神器の繰り出す魔力の音。
音源は様々だが、概ね武器の発する音だ。
そしてもう一つは人の声だ。
歓声、悲鳴、嗚咽、怒号、咆哮。
命を投げ合う戦場に、人の声が途絶えることはない。
「……人の声は微かには聞こえてくる。でもこの声は違うわね」
アムステリアの身体能力は尋常ではなく、耳も抜群にいい。
彼女は心臓のない身体を押し付けられた代わりに、超人的な力を得ている。
それは彼女を生かしている命の根源であると同時に、彼女の受けた忌わしい呪いでもある。
「悲鳴や焦りの声しか聞こえないもの。どう考えたっておかしいわ。もし戦っているのであれば、士気が高揚するような気合の入った声や号令が聞こえるはずだもの」
兵士の士気を保つためには、全体の統率感や一体感、高揚感を兵士達に与えてやらねばならない。
その為に将軍は皆勇ましく号令を掛け、周りも歓声を上げるのだ。
戦場では必ずプラス感情の声が張り上げられているものだ。
だが、ここでアムステリアが聞き取ったのはマイナスの声ですらない、いわば失望感。
もっと判りやすい表現をするなら「あれ?」という戸惑いの声。
「兵士の戸惑う声が聞こえるわね。多分――」
「――敵がいなかった。そうだろ?」
「まさにそれね。『不完全』の奴ら、兵力を分散させるために、わざと偽の襲撃を演じた」
「何せ奴らは贋作士だからな。そうに違いないだろう。煙はあらかじめ仕掛けておいた爆弾を爆発させたってところか」
「それにしても、よく気付いたわね、ウェイル。貴方は私と違って超聴覚があるわけでもないでしょ?」
クルパーカー軍の持つ兵力やバルバードの作戦のことを、ウェイルは一切知らない。
だが敵は『不完全』だ。
長年研究し、仮想敵として常に奴らと対寺した時のことを考えている。
自然と自分を『不完全』に置き換えて、自分ならこうするというロジックが頭にこびりついているのだ。
それはまるで自分と『不完全』を重なり合わせるかのような論理。
如何に『不完全』に対抗する手段だとしても、ウェイルにとっては反吐が出るほど嫌な論理だった。それでもその論理が必要なことをウェイルは知っている。
だからこそ、こう答えた。
「奴らは贋作を作るプロだ。俺が敵と同じ立場なら、当然贋作を作るに決まっている」
「そうね。『不完全』は戦場の贋作を作り上げたってことね」
「ということは、ここで降りる意味はない」
ウェイルは立ち上がると、すぐさまサグマールへ現状を伝えに行った。
「サグマール、西地区の駅は止まらなくていい。奴らが潜んでいるのは煙の上がっていない方角。つまり――南地区だ!!」
ウェイル達の乗せた汽車は走る。
移り変わる景色が、焦りでスローに感じる。
時間とは常に冷酷で、どんな時でも平等に刻まれていくのだ。
(……間に合うか……?)
南地区へ、後三時間というところであった。




