ダイヤモンドヘッド
部族都市クルパーカーは、様々な移民を受け入れて繁栄した多民族都市である。
その中でも特に多いのは『ダイヤモンド族』と呼ばれる民族で、全体の三割を占めている。
ダイヤモンド族は身体の構成成分の一つである炭素の濃度が、他の民族に比べて非常に濃い。
日常生活において、その特徴が影響することは一切ない。いわば生存中においてはどうでもよい特徴であるが、逆に亡くなった時には際立って重要な要素となる。
アレクアテナ大陸では、人が亡くなった際、土葬か火葬のどちらかを選択するのが一般的であり、それは各都市の文化によって傾向が違う。
部族都市クルパーカーでは火葬の方が好まれ、長い歴史の間、死者を天へ送ってきた。
身体の炭素成分が濃いダイヤモンド族の死者を火葬すると、その遺骨は高熱によってダイヤモンド状になってしまうのである。
ダイヤモンド状になった頭蓋骨は、通称『ダイヤモンドヘッド』と呼ばれ、ダイヤモンド族はこれを先祖代々大切に祀り、保管してきた。
――しかしダイヤモンドヘッドは、あまりにも美しすぎた。
その輝きは、時の権力者や富裕層の目を眩ませてしまった。
欲深い者達は、こぞってダイヤモンドヘッドを求めるようになっていった。
人道倫理の観点から、またダイヤモンドヘッドの製作過程の危険性を問題視したプロ鑑定士協会は、ダイヤモンドヘッドを売買禁止違法品として登録した。
本来これはダイヤモンドヘッドが狙われるのを防ぐ目的で登録されたのだが、実際に市場は予想とは全く逆の方向へと動いていった。
違法品登録により公に取引が出来なくなった関係上、ダイヤモンドヘッドの希少性は以前より大幅に上昇した。
いつの時代でも権力者はレア物を手に入れ、そして自慢したい。そんな連中の射幸心を煽る結果となってしまい、以前にも増してダイヤモンドヘッドが狙われるようになっていった。
取り分けダイヤモンドヘッドに興味を示したのが『不完全』であった。
いくら『不完全』とはいえダイヤモンドヘッドの贋作を作るのは難しい。
そもそも原材料のダイヤモンド自体が高額なのだから、贋作を流して得る儲けも少ない。
だから直接手に入れようと画策してきたわけだ。
『不完全』は一度クルパーカー側にダイヤモンドヘッドを売り渡すよう要求してきたことがある。
裏相場よりも高く、売るには申し分のない額であったがダイヤモンドヘッドは一族にとって誇りの象徴。
当然、クルパーカー側はその話を一蹴する。
意外にも『不完全』はクルパーカー側の対応に対し、素直に引き下がった。
――しかし、それは交渉することを諦めただけに過ぎない。
交渉は不可能だと判断した『不完全』は、無理やり奪う方法をとってきた。
『不完全』はクルパーカーへ夜襲をかけると、見せしめにと町一つを崩壊させたのである。
強力な神器を操る『不完全』軍に、クルパーカーを守る護衛軍は、何も為す術なく敗れ去った。
それでもダイヤモンドヘッドを出し渋るクルパーカー側に、『不完全』はとある提案を行う。
それはクルパーカーの次期王位継承権一位であるイレイズを、人質として『不完全』に迎えることであった。
「しかし、イレイズ様は現状を打破すべく、治安局総責任者のレイリゴアと密会を重ね、『不完全』撲滅作戦を練っていたのです。しかしイレイズ様はなかなか作戦を実行には移せなかった」
『不完全』への反逆。それは失敗すれば民族が滅ぼされることと同義。
王の重責から、イレイズは計画実行を渋っていた。
無理もない。誰だって自分の責任で他人の命を預かる行動は、慎重になるものだ。
そしてそれは何の因果か、ウェイル達との接触がイレイズを決心させる一押しとなったのだ。
「イレイズ様は、ついに決心なされ、『不完全』を裏切り、我々の計画を実行なさりました」
そしてイレイズの行動は『不完全』に通じてしまう。
『不完全』は裏切り者のイレイズを始末するという大義名分を掲げ、動くことが出来るようになったのだ。
無論、これも『不完全』にとっては当初の計画通りである。
「――以上が『不完全』が我々を狙う理由なのです」
「うん。前にウェイルから聞いたことあるよ」
――フレスはよく知っていた。
いつの時代でも、人間は己の欲する物は何をしてでも手に入れてきたことを。
たとえ手を血に染めようとも、だ。
「イレイズ様はずっと我々を守ってくれていました。しかし我々が無力なばかりに……」
「そうだ!! 人間はいつだって弱いんだ!! ……だからイレイズだって弱いんだ。いつも苦しそうに、私に隠れて涙を流していたんだ……!! それでも私には笑顔でいてくれたんだ! だから私はイレイズの為なら何でもすると誓ったんだ!!」
俯き、苦虫を噛みしめた様な顔で、サラーが言葉を挟んだ。
「だから私は戦う!! イレイズを救うために……!!」
「我々もサラー殿と同じ気持ちです。いつまでも黙ってはいられません。イレイズ様が立てた計画。たとえイレイズ様はいなくても、我々にはこれを完遂させる義務があります!! サラー殿。確かに東地区は制圧されました。しかし悲観なされないで下さい。これもイレイズ様の計画範囲内なのです!!」
「――えっ……?」
バルバードの言葉に、サラーが思わず顔を上げる。
「東地区は囮だったのですよ。ですから被害者も出ていません」
「そうなのか!?」
「はい。ですからご安心ください。イレイズ様の立てた計画は、こうなのです」
バルバードは部下に地図を広げさせると、説明を始めた。




