死体収集愛好家(ネクロフィリア)の男
サグマールの元へ寄ると、彼はすでに戦闘の準備を終えていた。
「おお、ウェイル! 世界競売協会の方はどうだった?」
「重役全員が殺されていた」
「……やはりそうか」
ある程度予想していたこととはいえ、あまりに残酷な現実。
「……指はあったか?」
サグマールもその危険性について認識していた。
「持ち去られた。だが重要なことが判った」
「なんだ?」
「敵は『不完全』過激派に間違いない。そうだな? アムステリア」
「ええ。そして過激派を率いている黒幕はイングよ」
「イング!? それはあのイング・イルエーテルのことか!?」
サグマールは驚き、目を丸くした。
「知っているのか?」
「知っているも何も、イング・イルエーテルという男の名は有名なんだ。裏コレクター達の間ではな」
主に違法品収集を行うコレクターのことを、俗に裏コレクターと呼ぶ。
「裏コレクター? 一体何のコレクターなんだ?」
「人間や神獣の死体を専門に収集している死体収集愛好家だ。その道でイングの名を知らぬものはいない。基本的に死体収集は違法である場合が多いからな」
遺体は歴史に残る著名人のミイラなど、極一部の品は骨董品と同様に扱われることがあるが、大半の場合は人道的な配慮から違法品指定されている。
「大規模な違法品取引の裏には必ずと言っていいほど奴の名前が付きまとう。したがってプロ鑑定士協会も秘密裏にイングについて情報収集をしていたのだ。だがそのイングがまさか『不完全』だったとはな……。道理で情報も集まらなかったわけだ」
「死体収集が趣味ってことは、ダイヤモンドヘッドを狙う理由になりえるか?」
「当然だ。死体というより人体であれば愛好家の連中は何でも欲しがる。奴にとってダイヤモンドヘッドなんて品は喉から手が出るほどの一品だろうな」
「イングはコレクションの為なら何だってするとの噂よ。聞かれなかったから報告しなかったけど、私は彼の姿を何度も見たことがあるし、話したこともある。目だけは常に鋭く冷徹な癖して、言葉遣いは子供っぽい。気味の悪い男よ」
――死体収集愛好家の男、イング・イルエーテル。
実際に会ったことはないが、頭の切れる男なのは間違いない。
何せこのマリアステルを混乱させ、それに乗じてクルパーカーに攻め入ろうと考える奴なのだ。
競売禁止措置という大胆極まりない方法まで行っている。他にも何か仕掛けてくると予想しておくのが得策だ。
(……フレス達、大丈夫か……?)
無意識に弟子の事を思い出し、不安に駆られる。
「首謀者がイングだと判った以上、治安局に連絡を入れて指名手配にさせる。我々は急いでクルパーカーへと向かおう。汽車はすでに専用車両を用意してある。午後5時に出発する。準備しておけ」
プロ鑑定士協会の権限により、専用汽車は、全ての駅をスルーしてクルパーカーへ辿り着けるよう、他の汽車の運転を調整しろと各鉄道会社へ手配したという。
凄まじい権力を持つプロ鑑定士協会だが、今はこの権力に甘えるしかない。
一度自室へ戻り、準備を整える。
「……これでいいか」
普段持ち歩く鑑定道具一式をバッグから出して、代わりに食料や武器を詰め込んだ。
その様子を見ていたアムステリアが、ボソリと気になることを呟いた。
「……そういえば」
「どうした?」
「いやね、以前イングを見た時のことなんだけど。ある時からイングは、常に傍らに小さな少女を一人連れていたわ」
「……少女……?」
「ええ。あまりじっくりと見たわけではないけれどね。いつも無表情で、何考えているか全く掴めない、紫色の髪を携えた気味の悪い少女だった」
「……そうなのか」
(少女か。まさかな……)
ウェイル達は準備を整えた後、サグマール率いるプロ鑑定士達と共に、クルパーカー行きの汽車へ乗り込んだのだった。




