アムステリアの過去
「アムステリア。詳しく話してくれないか?」
プロ鑑定士協会屋上にて、ウェイルはアムステリアに尋ねた。
当然、内容はルミナステリアのこと。
アムステリアにしては珍しく、話すことを躊躇いを見せていたものの、少しずつ話を切り出した。
「私とルミナステリアは姉妹なのよ」
「驚いたよ。あまりに似ていたからな」
口調や性格も瓜二つだった。破天荒なところなところもソックリだ。
「私が姉で、あの子が妹。私達姉妹は幼い頃に両親を亡くしたの。二人して路頭に迷っていた時、『不完全』に引き取られた。『不完全』は私達にお金と寝床と食糧、そして居場所をくれたわ。命を助けてもらったことは、脱退した今でも感謝している。私達が野垂れ死なずに済んだにも『不完全』という組織のおかげ」
「そう、だったのか……」
ウェイルは今の話を聞いて、少しばかり困惑していた。
ウェイルにとって『不完全』とは悪なのだ。アレクアテナ大陸の経済を崩壊させかねない犯罪組織で、そして故郷の仇だ。
そう心に刻み、ずっと恨み続けて来た。
だが目の前で憂いを浮かべるアムステリアは、その憎むべき組織に命を救われている。
彼女自身、『不完全』に対する感情をどうするべきか決めかねているようだ。
「『不完全』には返しきれないほどの恩がある。それでも組織のやり方や考え方は、私の性に合わなかった。人の命を弄ぶようなことばかりしていたから。ルミナスだって最初は組織のやり方を嫌がっていた。だからいつか絶対二人で脱退しようって、そう決めていた」
「そしてお前は脱退した。だがどうして妹は脱退しなかったんだ?」
この質問に対し、アムステリアは言葉を詰まらせた。
この質問に答えるには、辛いことを思い出さなければならないから。
「……私達にはね、幼馴染がいたの」
突如として話の内容が変わった。
ウェイルは少し疑問に思ったが、黙ってアムステリアの言葉を待った。
「彼の名前はリューリク。とても可愛くて優しい男の子だった。私達姉妹が嫌な仕事で心が病みそうだった時も、いつも優しく励ましてくれた。私達二人が彼に惹かれるまで、そう時間は掛からなかったわ」
憂いた顔で遠い目をするアムステリアに、ウェイルは少し見惚れてしまう。
普段と違う表情だからか、いつものアムステリアらしさを感じなかったのだ。
「私達はどっちがリューリクと結婚するか、いつも喧嘩していたの。でも決着はつかなかった。ううん。決着をつける意味が無くなっちゃったの」
アムステリアの表情が、再び沈んだ。
絞り出すような声で語り続けた。
「リューリクは病で死んでしまったの」
「……重い病だったのか?」
「ううん、治せる病よ。ただね、あの子にはお金がなかったから。私達はリグラスラムのジャンクエリア出身だから」
「……なるほど、な」
リグラスラムとジャンクエリア。
この二つの単語だけで、どの程度の貧困さかは、おおよその見当がつく。
貧困都市リグラスラム。
貧民や難民達が住まう、アレクアテナ大陸最大のスラム街。その中でもジャンクエリアとは、特に貧しい者達の住まう地区のことだ。
「リューリクったら、私達がお金をあげるって言っても絶対に受け取らなかった。自分が死んでしまうかも知れないというのに。彼は最後、ルミナスの目の前で死んだのよ。その時からかな。ルミナスが狂ってしまったのは」
空を見上げるアムステリアの顔に、ぽつりと水滴が落ちた。
空は次第に暗くなり、雨がぽつぽつと降り始めた。
「あの子はね。死んだリューリクの遺体を、墓地を掘り返して盗み出したのよ」
「なっ……!?」
アムステリアは淡々と語ってはいたが、その時彼女が味わった苦痛は想像すら出来ない。
アムステリアだって、そのリューリクという少年の事が好きだったのだ。
その彼が死んだということだけでも辛いはず。それなのに追い打ちを掛けるかのように妹が狂ってしまった。
アムステリアの心労は、どれほどのものだったのだろう。
「『不完全』にはたくさんのマニアがいてね。その中には死体収集愛好家もいるの。そいつは死体を操る神器を持っていて、ルミナステリアはそいつに縋った」
「リューリクを生き返らせて欲しいってか……?」
「そうよ。そんなこと出来るはずもない。でもルミナステリアにはもうそれしかなかったの。それを信じるより他に生きる希望が見つからなかったほどにね。ウェイル、私の身体の秘密、知ってるわよね?」
「……ああ。心臓がないんだろ……?」
アムステリアが胸を突き刺されてもピンピンしている理由はここにある。
「ご明察。私には心臓がない。それはルミナステリアに盗まれたから」
「盗まれた……!?」
「そうよ。私の心臓はね……もう判るでしょ?」
「……そのリューリクって奴の死体の中に、入っているのか……!?」
「ええ。私はルミナステリアに埋め込まれた神器の力で動いているだけ。本来ならとっくに死んでるわ。……もしかすると私自身も、生きている死体ってことになるのかしらね」
あまりにも重い皮肉。
語るアムステリアの肩は震え、見ていて痛々しかった。
「どうしてこんなことになったのかなって、いつも思う。けれど、私は私でルミナステリアを止めたい。偶然介入した事件だったけど、妹が絡んでいるなら、もう無関係じゃない。姉として妹を止めたい。過去に縛られずに生きる道を導いてあげたい。『不完全』から救ってあげたいの。出来るだけ穏便にね。それでもあの子が拒み、狂ってしまってるなら、命を奪ってでも止めてあげたい!! ……本当に酷い姉よね、私って。ある意味自分のエゴの為に、妹まで手を掛けようって言うんだから……」
本降りとなった雨に、アムステリアの皮肉は消されていく。顔を俯かせて目を瞑る。
そんなアムステリアを――ウェイルはそっと抱きしめて、そして耳元で何やら囁いた。
大半の音は雨音にかき消されていったが、その言葉だけは、しっかりと伝わったらしい。
雨に紛れて一筋の涙が、アムステリアの頬を伝ったのだった。




