アムステリアの妹、ルミナステリア
「ウフフ、流石はお姉様。すぐに私だって気づいてくれたのね」
闇に浮かびし妖艶なる女。
見た目、雰囲気、そして発する気配まで、アムステリアとそっくりであった。
「こんな趣味の悪い香水をつけているのは、貴方くらいなものよ?」
「趣味が悪いなんて、お姉様ったらアロマに疎いのね? これは一本40万ハクロアは下らない、サクスィル産の最高級香水なのよ? 使ってみる?」
「御生憎様。私は自分でブレンドした香水を使っているから必要ないわ。あまり香りの強い香水は趣味じゃなくってよ」
「本物の良さも判らないなんて、お姉様はお子様ね。だからその歳で男の一つも出来ないのよ」
「贋作士の貴方に本物がどうとか言われたくはないわね。それに男ならいるわよ? ここにね」
「……え?」
突然アムステリアに腕を組まれ、胸を当てられた。
そもそも今の今まで臨戦態勢、それも一触即発であったはず。
それなのにまさか普通に世間話が行われるとは思ってもみなかった。
(いや、世間話と言うより、これはどちらかというと――)
「そいつがお姉さまの男?」
「とっても可愛いでしょう?」
「確かに可愛いかも。でもその男、なんだかキョトンとしてるけど。本当にお姉さまの男なの?」
「照れているだけよ。ね、ウェイル?」
「……話を振るな」
「あら、貴方がウェイル? お姉様がうちを抜けるきっかけになった男ね。なるほど」
何かに納得したのか、腑に落ちたといった顔。
「そうだ。ねぇ、貴方。お姉様みたいな年増より私みたいな若い方がいいと思わない? 貴方が望むなら、私が飼ってあげてもいいわよ? どう?」
「結構だ」
「ルミナス。ウェイルだけはダメよ。私の男に色目を使わないで。貴方は昔から私のものを奪おうとする……!!」
「……昔から?」
「ウェイルは知らなかったわね。この憎たらしい女は私の妹なのよ」
「妹のルミナステリアよ。よろしくね?」
軽くウィンクを飛ばしてくる妹のルミナステリア。
「アムステリア、まさかこのルミナステリアって奴が、ここの連中を……?」
「ええ、間違いないわね。彼らの死体から微かにだけど、ルミナステリアの香水の香りが残っていたから」
「お姉さまって、やっぱり鼻がいいのね。まるで犬みたい!」
「……殺すわよ? ルミナステリア」
「あら、やっぱり姉妹。気が合うわね! 私もそうしようと思ってたのよ!」
平和な姉妹喧嘩に見えるこの光景だが、飛び交う殺気は半端なものではない。
一瞬の油断、不用意な発言が、すぐにこの部屋を戦場に変えるだろう。
「ルミナステリア。貴方がここにいるってことは、今回の黒幕はイングのバカね?」
「さあ? 私には何の事だか?」
「とぼける意味もないでしょ。貴方がイングの傍から離れるなんて考えられないし」
「さて、どうでしょう」
とぼけ続けるルミナステリアに対する、アムステリアの視線はますます鋭くなった。
「あんたら過激派がクルパーカーを襲う実行犯ね? イングはどこ!?」
「だから私は知らない設定なの。答えるわけないでしょ?」
「アムステリア、イングってのは……?」
「詳しくは後で。ウェイル。下がっていて。こいつは私の獲物だから」
アムステリアの声色に緊迫感が走る。
「男の前でいい所見せたいの? お姉様」
ルミナステリアも歪んだ笑みをさらに強めた。
「話してもらうわよ」
アムステリアは先程のナイフを拾って、ルミナステリアへと投げつけた。
「手癖が悪いのは昔からね」
それを読んでいたのか、ルミナステリアは軽々としなやかに避ける。
「それはお互い様でしょう?」
そんなセリフを吐くアムステリアの手からは、鮮血が流れていた。
一本のナイフを握りしめていたからだ。
「一瞬で投げ返してきたってことか!?」
あまりにも二人の挙動が刹那すぎて、ウェイルの目では追い切れない。
ルミナステリアは、アムステリアのナイフを避けたと同時にナイフを投げ返し、アムステリアも投げ返されたナイフを素手でキャッチしていたということだ。
たった一瞬のやり取りがこれだ。常人離れし過ぎている。
「ルミナス。ここで奪った全ての指を返しなさい」
「嫌よ。これをイング様に献上すれば、もっともっと私の目的に近づけるんだから」
そう言いながら恍惚な顔を浮かべるルミナステリアに、アムステリアが激怒した。
「ルミナス!! いい加減目を覚ましなさい!! イングにそんな力なんてない!! もうあの子は帰ってこないのよ!! 現実を受け入れなさい!!」
「お姉様ったら、イング様の持つ神器を知らないからそんなことが言えるのよ。あの神器なら必ずリューリクを取り戻せるわ」
「ルミナス!!」
アムステリアは、普段の彼女からは想像も出来ないような、悲しく縋るような目をしていた。
姉として、妹を諭しているように見えたのだ。
「どうしても私の言うことが聞けないの?」
「ええ。だって私はお姉様を信じていないから。お姉様は組織を裏切ったのよ? 信じられるわけがない」
そう切って捨てたルミナステリア。
ここに来てアムステリアの表情がドッと黒く染まったのをウェイルは見た。
「そう。なら力尽くででも言うことを聞いてもらうわ」
「奇遇ね。私もそう思っていたところ」
二人は再びナイフを取り出し、互いに刃先を向け合った。
いつ戦闘が始まるのか、ウェイルは固唾を飲んで見守る。
たった一瞬のことだったが、それは数十分にも感じられるほど長かった。
先に静寂を切ったのはルミナステリア。
「残念。私、もう行かなきゃいけないから。ここでの目的も済んだし、そろそろ作戦も開始しないとね」
ぽいっとナイフを投げ捨てて、ニッと笑った。
打って変わって弛緩する空気。
しかしアムステリアの方は、ルミナステリアを見据えたままだ。
ルミナステリアは、一歩下がると、胸元から香水を取り出した。
(あの香水、まさか……!?)
アムステリアがその香水の正体に気づく。
「お姉さま。会えて嬉しかったわ? 出来ることなら、また会いましょう?」
その瞬間、アムステリアが叫んだ。
「ウェイル!! 部屋から出るわよ!!」
「なっ!? どうしたんだ!?」
「あのバカ、香水じゃなくて毒ガスを噴射する気よ!!」
「何だって!?」
「あらあら。私の行動は丸わかりってわけ? さようなら、お姉さま」
ルミナステリアはバイバイと手を振ると、香水を噴出させた。
そのガスは一気に部屋中へと広がる。
ウェイル達は呼吸しないように手で口を押えながら、どうにか会議室から脱出したのだった。
――●○●○●○――
二人は会議室から脱出した後、すぐさま屋上に戻るために移動していた。
ここでの目的は達した。つまりもうコソコソとする必要はない。
それに恐らくこれから世界競売協会内には二人の存在など忘れ去ってしまうような衝撃が走るはず。
二人の事を気にする者もいないだろう。
正体を隠すためのローブは羽織ったものの、階段を利用することはない。
「あったわ、ウェイル!」
「よし、吹き抜けを目指すぞ!!」
プロ鑑定士協会同様、世界競売協会でも移動手段は神器に頼っている。
アムステリアが探してきたのは重力杖。
杖から出ている光の方向に重力の働くその杖の力は、もっぱら広範囲の移動手段として使われている。
二人はこの神器を用い、屋上まで一気に飛翔すると、『異次元窓』を使って無事プロ鑑定士協会へと帰還したのだった。




