世界競売協会 ―オークション会場―
幸いなことに、79階を通り過ぎて以降、誰とも出くわすことはなかった。
しかし問題はこの先にある。プロ鑑定士協会本部と同様の構造であるならば、この先は大ホールに続いているはず。
『………9…………、らく……つ、おめで……ご……ます!!』
「今の声、聞こえたか?」
「ええ。明らかにオークションをしていた声よね」
大ホールの扉の奥から聞こえてきたのは、オークショニアの声。
「何故オークションをやっているんだ?」
競売禁止措置がとられている今、措置を講じた側である世界競売協会がオークションが開催しているなんて有り得ない。
ならば考えられることは一つ。
「競売禁止措置は解除されたのか」
「そういうことでしょうね。79階に治安局員が多数いたのもそれが原因かも知れない」
「やるな、サグマール。当初の予定より大幅に早いじゃないか」
禁止措置解除のため、サグマールは手を尽くしてくれたというわけだ。
「でも私達にとっては逆に困った事態になったわね。ますます時間がなくなった」
「確かに、急がないと『不完全』を逃がしてしまう」
『不完全』が世界競売協会に忍び込んだ理由は、競売禁止措置を使って治安局やプロ鑑定士協会を混乱させ、他に目を向けさせないためだ。
その競売禁止措置が解除された今、『不完全』がここに留まる理由はない。
「でもこの階は大ホールを突っ切る以外に道はないのよね」
「ああ。だから突っ切るしかないが、周囲の目は避けたい。何か良い方法はないか……?」
「あるわよ。これを使いましょう」
アムステリアはポケットから小さな瓶を取り出した。中には何やら透明な液体が入っている。
「……その瓶、まさか」
「そのまさかよ。これを割れば小規模な爆発と大量の煙が発生するわ。混乱と煙に乗じて、ここを抜けましょう」
「本当に過激だな、お前は……」
「そこが可愛いところでしょう?」
「ああ、お前らしいよ」
爆発が起これば、必ず競売参加者は逃げ惑う。オークション会場は大混乱に陥ること必至だ。
その混乱に乗じてここを突破する。作戦としては悪くないが、一つだけ問題がある。
「だが逃げ惑う人が邪魔で、かえって時間が掛かる可能性はないか?」
「心配いらないわ。私たちは舞台上を走ればいい。わざわざ舞台へ上って逃げる人なんていないから」
「なるほど」
舞台上には司会のオークショニアと、それをサポートする役が数人いる程度だ。邪魔になることはないだろう。
「判った。瓶を投げ込むタイミングは任せる」
「任せて。いくわよ!」
「おう」
「――うらぁああああああっ!!」
ウェイルが相槌を打つと、アムステリアはオークション会場の扉を蹴り飛ばした。
― オークション会場内 ―
『続いては競売番号32番! 滅亡都市フェルタリアが生んだ、稀代の大音楽家ゴルディアが書いたとされる、わずか八小節からなる曲『龍族の子守歌』の原楽譜!! 人気のプロ鑑定士、テメレイア・ウィルハーゲン氏の鑑定書付きにございます!! 音楽マニアならば是非とも欲しいこの一品!! それでは競売に移ります! 使用通貨ですが、ハクロアなら900万、レギオンなら1300万、リベルテなら1800万からでお願いします!! それではオークション、スタート!!』
『おっと、18番、1000万ハクロア!!』
『54番、1700万レギオン!!』
『17番、1500万ハクロア!!』
『おおーっと、6番、なんと4500万リベルテ!! これ以上はございませんか!?』
『6番、4500万リベルテで落札! おめでとうございます!!』
オークショニアがハンマーを叩き、落札を宣言。
周囲が6番に惜しみない拍手を送り、6番も手を挙げてそれに応えていた。
――その時だった。
「――うらぁああああああっ!!!!」
叫び声が響き渡るのと同時に、扉は吹っ飛び宙を舞った。
「な、なんなんだ!?」
手を振って拍手に応じていた6番は驚いて尻餅をつく。
「ひぃ!? ふぐっ!?」
さらに6番は不幸にも、破壊された扉の瓦礫に当たって気絶する羽目になっていた。
6番が意識を失ったその刹那、きらめくものが空を切る。
それが会場中央付近に落下した瞬間、激しい閃光と爆音が炸裂し、煙が噴出した。
『な、なんです!? ば、爆弾!?』
オークショニアは焦りから声を震わせ、それを聞いた客達に不安と動揺が伝わり、あとは連鎖反応。
『ば、爆弾だ!!』
『テロか!? とにかく逃げろ!!』
恐怖に駆られた客達は、一つの大きな流れとなって出入口に殺到した。
『み、みなさん、落ち着いて下さい!!』
当の本人すら落ち着いていないというのに、誰がそんな指示を聞けるだろうか。
オークショニアの声など、もはや彼らの耳に届くはずもない。
誰もが我先にと逃げ惑い、会場は混乱の極みに達していた。
それを待っていたのがこの二人。
「今よ、ウェイル!」
「誰も怪我はしてないだろうな?」
「あれは音と光は凄いけど、威力自体は全くないのよ。せいぜい近くにいたら鼓膜が破れるくらいかしら?」
「……いや、それも結構まずいんじゃないのか?」
ぶつくさ言いつつも、計画通りウェイル達は舞台壇上へと上がり、反対方向へ走った。
「だがどうやって出る? あれじゃ俺達も出れないぞ?」
「当然考えてあるわよ」
会場の出入り口付近は未だ人が密集している。
本来であれば困る場面だが、そんなことは問題ないと言わんばかりにアムステリアは不敵に微笑んだ。
「小瓶はまだあるからね!」
アムステリアが密集する人々の頭上に、もう一つ用意していた小瓶を投げ込んだ。
出入り口の上の壁にぶつかった小瓶は、またも爆発。
悲鳴が飛び交い、逃げる人々を戦慄させる。
『こっちも爆発したぞ!!?』
『やばいぞ……。俺達、殺されるのか……!?』
「急いで反対側へ逃げろ! まだ爆弾があるかも知れない!」
最後に叫んだのは、投げ込んだ張本人のアムステリアだった。
これが実に効果的で、咄嗟のことで頭が真っ白になった客達は、突然入ってきた情報をすぐに鵜呑みにした。
皆、一目散に爆発した出入口から離れていく。
「ほら、道が開けたわ。さぁ、行きましょう」
「……ああ」
普段なら皮肉の一つや二つ言うところだが、生憎今は時間がない。
それに今のアムステリアの過激な行動については、彼女なりの配慮がとられていた。
後から聞いた話だが、結局この爆発による怪我人はいなかったそうだから。
「助かったよ、アムステリア」
「もう、ウェイルったら! 褒めるならベッドの上でね!」
「…………」
もはやウェイルに言葉もなかった。




