ラルガポットの矛盾
「やっぱり驚いたな。まあ無理もないが」
「50万ハクロアだと!? 本当か!?」
「本当だ」
一般価格から考えれば有り得ないレベルの高値である。
それもウェイルの予想を遥かに凌駕するほどに。
「凄いだろう? こんな小さい真銀の塊が、50万ハクロアなんだぜ? 一般的な感覚で見たらぼったくりもいいところだ。それなのにラルガポットのオークションは毎回大盛況だ。この前なんて、一つ75万ハクロアまで上がったぞ」
「それはラルガ教会としてはどうなんだ? 転売を大っぴらに認めているってのか? 転売を目的とした奴らが教会に殺到するのは困るだろう」
「何言ってんだ。出品者は全部ラルガ教会だぞ?」
「ラルガ教会が!? ラルガ教会は悪魔の噂そのものを否定していたぞ!?」
「そりゃそうだろ。噂を認めるってことはつまり、ラルガ教会は悪魔を野放しにしているって認めてるようなものだ。そうすると威厳に傷がつくだろ。それにラルガ教会はラルガポットを全部オークションハウスから流しているんだ。そっちの方が手に入る金額がデカいからな。俺としては動く金の大きい、ある意味最高の顧客だよ」
「――そういうことか……!」
ラルガポットは神器である。
浄化作用を持つとされる真銀に、ラルガ教会の呪文印を施し、儀式によって神の洗礼を受けさせる。
そうすることで悪魔を払う効果が現れるとされている。
ただし呪文印を施すことが出来るのはラルガ教会本部の、それも最上位司祭のみと聞く。
そのため量産はまず出来ないし、販売額も全てラルガ教会本部が定めた固定の価格でしか販売出来ない決まりがある。
しかし個人的に私物のラルガポットを、オークションで流す行為に関しては何の制約もない。
その点は出品者の自由なのだ。
その点を上手く利用したのだろう。
つまりラルガ教会の関係者が、内々だけでラルガポットを購入し、個人的にオークションへ流しているわけだ。
「ラルガ教会にとっては噂が流れている方が都合がいいのさ。何せラルガポットは飛ぶように落札されるし、競売に参加できるのがラルガ教会の信者だけと制限すれば信者も増える。噂を認め、自ら悪魔を退治しようとは露ほども思ってないさ。手間もかかるし儲からない。だからシラを切り続ける」
「なるほどな。ラルガ教会は金の為なら悪魔ですら利用するってわけだ。……自分で言っていて思うが、酷い話だな」
全くだと、ルークも深く嘆息した。
悪魔の噂で儲けた金で、セルク作品や他の絵画も買ったのだろう。
そう考えると呆れて言葉もない。
「ラルガポットは量産が出来ないから数に限りがある。しかもこの噂だ。ラルガポットの高騰はとどまることを知らない。だから恐怖に怯える一般市民が手に入らない状況が続いているんだ。神も悪魔も人々を苦しめるってのは、本当におかしな状況だよ」
ルークは飲み終えたコーヒーカップをテーブルに置いた。
「明日はまたラルガ教会がラルガポットを大量に出品しにやってくる。全くどれだけ儲けるつもりなのかねぇ。俺としては儲かるからいいんだがな。悪魔万歳ってか?」
「おい、その言い方は不謹慎だろ。犠牲者が出ていると聞いたぞ」
「……いや、すまん、少し口が悪かった」
ルークがふざけて言っているのは分かるが、ウェイルはこういう冗談が好きじゃない。
「教会からの出品だから、俺達も丁重に扱わないと碌な目に合わないんだよ。この後も明日のオークションに向けて準備をしないといけないしな。正直な話ラルガポットの大量出品だなんて、降臨祭と被るこの時期には勘弁して欲しいものだよ」
「オークショニアは大変だよな」
「儲けの為だ。仕方ないさ」
そこまで話したところで、ウェイルは話の中の矛盾に気がついた。
(ラルガポットを大量に出品させる……?)
「おい、ルーク。ラルガポットを大量に、とは一体どういうことだ? ラルガポットは量産が出来ないはずだぞ」
「さてな。俺にもよく判らん。なんでも急に大量入荷出来たそうだ。この都市の噂を聞いて本部が大量に製造したんじゃないか?」
ラルガポットの大量出品。
ウェイルが気づいた矛盾はここだ。
ラルガ教会は、ある程度ラルガポットのレートを保つために、製造する数に制限を定めている。
一つ作るのにも、かなりの手間を要するラルガポットだ。
大量生産なんて本来有り得ない。
とすれば考えられる可能性は一つ。
(ラルガポットの贋作を作ったということか? それこそ有り得ないと考えるのが普通だ。呪文印の贋作など、並の贋作士には到底出来やしない)
だがウェイルには、並の贋作士ではない真の贋作士に心当たりがあった。
(あの贋作士連中なら、これくらいはやってのける)
ウェイルがそれに気づいた時、自分の心の奥底から、ドス黒い感情が沸き上がってきたことを自覚した。
(あの贋作士連中が絡んでくるとなると……!)
ラルガ教会のラルガポットが贋作だと、さらにあの連中が関わっていると決まったわけではない。
しかし悪魔の噂とラルガポット、この二つの因果関係が、あまりにもラルガ教会にとって都合の良すぎる展開となっている。
仮にラルガポットが贋作だとしたら、悪魔の噂とラルガ教会は、確実に繋がっているだろう。
今、ルークにこのことを指摘しようかと一瞬迷ったが、今のところは止めておくことにした。
下手に指摘をして、もしあの連中に関わってしまったら、ルークの命が危ない。
奴らがラルガ教会と組んでいるということになれば、この都市に潜んでいる可能性は非常に高い。
いつどこで敵が話を聞いているか判らない以上、軽率な言動は慎むべきだ。
無駄なリスクを増やすことは賢明ではない。
噂とラルガ教会の因果関係について、何の証拠もない身勝手な推理ではあったが、ウェイルはこの嫌な違和感を拭い去ることは到底出来そうに無かった。
そこである考えを思いつき、ルークに提案する。
「明日、俺もラルガポットのオークションを見に来ていいか?」
「ああ、構わないよ。オークションは明日の午前11時から開始される。それよりも早く来な。現物を拝ませてやるよ」
「判った。じゃあそろそろ帰るよ。明日の準備で忙しいんだろ?」
「実はかなり忙しくてな。客人の帰りを急かすようなことを言うつもりはなかったんだが、どうやら俺の休憩もここまでのようだ」
「いやいや、俺の為に時間を割いてもらって悪かったな」
「なんのなんの。面白い絵画を見せてもらったんだ。お互い様ってことにしとこう。それより帰り道には気をつけてくれよ。冗談抜きで悪魔に襲われるかも知れないからな」
「だな。俺はラルガポットなんて持ってないから尚更だ。怖い怖い」
(悪魔に襲われる、か)
悪魔の噂とラルガポットの大量出品。
プロ鑑定士としての勘が告げている。
――あの贋作士達が、すぐ近くにいると。
もし奴らが悪魔の噂に関係しているのなら、悪魔に襲われた方が奴らに近づける可能性が高くなる。
だからむしろ襲われる方がありがたいだなんて、不謹慎な想像をしながら宿へと戻った。
結局、幸か不幸か襲われることはなかった。