潜入! 世界競売協会
ウェイルとアムステリアは、転移系神器『異次元窓』を使って空間転移を行い、プロ鑑定士協会本部と隣接する世界競売協会本部の屋上へと降り立っていた。
「目的地は重役会議室よ」
「敵の残党が残っているとしたらそこだろうな。情報を集めやすいし一般職員は迂闊に入れないし、敵にとって都合が良すぎる」
「ウェイル、場所は判るの?」
「確信は持てないが、大体の位置は理解出来ている」
プロ鑑定士協会本部と世界競売協会本部は、元々一つの巨大な古城であった。
左右対称な古城を、真っ二つに分割して改装・増築したものである。だから内部構造も左右でほとんど同じなのだ。
ウェイルはプロ鑑定士協会本部の構造全てを知っているわけではないが、よく用いられる重要な場所というのは熟知している。
「内部構造は同じはずだから、重役会議室の場所もプロ鑑定士協会と同じはずだ」
「そうね。とすると――」
「50階か」
この建物は100階建である。
したがって会議室はほぼ中央に存在することになる。
「結構遠いわね」
「そこまで迷わなければいいけどな」
問題は、重役会議室まで迷わずに辿り着けるかどうかだ。
何せ建物の端から端までが見通せないほどの広さを持った建物なのだ。いくらプロ鑑定士協会と同じ構造でも、絶対に迷わないと断言する自信はない。
「つべこべ考えていても仕方ない。行くぞ」
「ええ。途中迷わないでよ? ウェイル」
「大丈夫さ」
二人はさっとフードで顔を隠し、下のフロアへと潜入を開始した。
――フロア 92――
世界競売協会内の移動手段は、大きく分けて二つある。階段と吹き抜けだ。
どちらが楽に移動できるのか問われれば、誰もが後者だと答える。
吹き抜けでは神器『重力杖』を用いて移動するからだ。
「予想通り利用者が多いわね」
「吹き抜けは使えそうにないな。階段で行こう」
移動に労力が掛からない吹き抜けは、人の目が多い。潜入している二人が利用するのは自殺行為に等しい。
逆に階段は極端に利用者が少ない。全100階もある建物を階段で移動しようとする物好きはいない。
だから潜入する二人にとって階段は、格好の通路だった。誰の目に触れることもなく、92階までたどり着いていた。
ただ一つ注意しなければならないのは、この階段はずっと下まで伸びているわけではない点だ。
数フロア毎に、階段の場所が変更されている。この妙な仕様の理由は、この建物が元は古城で増築を重ねた結果であるからだ。
この92階も、そういう増築の影響を受けたフロアであった。
次の階段の場所へ、見つからずに移動しなければならない。
「この階は要注意ね。どう? 廊下の方は」
「結構人が多い。どうしたものかな」
実は階段を降りている最中も、このフロアの騒がしい人の声が聞こえていたほどだ。
「ウェイル。見つかったら、判ってるわよね?」
「気絶させるんだろ? 判ってるさ」
フードをさらに深く被り、二人は歓声の止まない92階へ飛び出した。
出来る限り体勢を低くし、一目の触れぬように駆け抜ける。
しかしそれでも内部の人数は桁外れである。どんなに気を付けて進もうが、人を避けながら進もうが、偶然出会ってしまうことはどうにもならない。
「ウェイル。ここはどうしようもなさそうね」
「ああ。悪いが、倒れてもらうしかないな」
二人の進む方向の通路で、三人の男が話に花を咲かせていた。
「――はははは、そりゃ傑作だ!! それでその交渉は結局どうなったんだ?」
「それはな――……ん? あれは誰だ?」
不運にもこちらと視線を交えてしまった眼鏡の男。
「――うらぁ!!」
「ふぎゅ!?」
アムステリアの容赦ない蹴りが、彼の顔面にクリーンヒット。
その男は、自分の身に何が起こったのか理解する間もなく気絶した。
次の獲物は、二人目の小太りの男。
「お、お前ら、一体何者……!?」
と、そこまで言った瞬間、彼もまた床とキスする羽目になった。
アムステリアの蹴りは後頭部を直撃、失神は確定である。
「う、うわああああっ!!」
半狂乱になりながら逃げようとする、最後に残った少し痩せた男。
「……すまん」
そんな彼には、謝罪の言葉を述べるウェイルが腹部に掌底を浴びせてやった。
「ぐほぁっ!!」
それは見事に鳩尾に決まり、男はたまらず身体をくの時に曲げて崩れ落ちた。
「よし、行くわよ!! ああ、なんだかとても楽しくなってきたわ!! ねぇ、ウェイル、貴方もそう思わない!?」
「思わない。……すまんな」
倒れた三人に対し、もう一度謝罪した後、二人は次なる階段へと急いだ。




