二手に分かれて
フレスとサラーに部屋の掃除をさせた後、ウェイルは黒焦げの椅子に腰掛けて本題を切り出した。
「現状はおおよそ把握できた。そしてサラーには申し訳ないが、事情は全て話させてもらった」
事情は全てサグマールに打ち明けたことをサラーに伝えた。
「……あまり好ましくはないが仕方ない。それにあの人は、良い人だから大丈夫だと思う」
サラーは、いい顔はしなかったが相手がサグマールだったこともあり、納得していた。
「だがこれでプロ鑑定士協会はお前達のことを全面的にサポートできる。『不完全』の被害者であると判った以上な」
「そうか……。ならば話して正解だったのかな。ありがとう、ウェイル」
サラーの表情に、わずかだが安堵の色が伺えた
「さて、ここからが本題だ。現状このマリアステルでは二つの問題に直面している。一つは治安局の行動。これはサラーの話からイレイズを捜索していると見て間違いない。フロリアの奴がホラを吹聴して回ったんだろう」
フロリアといえば王都ヴェクトルビアで王宮に勤めていたでメイドで、アレス王から信頼されていた女だ。
しかし、その真の姿は『不完全』が送り込んでいたスパイであった。
そんな彼女が今回の事件にも絡んできている。
(……準備か。おそらくは今回のためにだろうな)
彼女はヴェクトルビアで『龍殺し』という魔獣を召喚して使役していた。
『不完全』は、サラーが龍だということを当然知っている。龍に対抗する力として魔獣を召喚したのだ。
サラー達が治安局で襲われた際も、『龍殺し』が絡んでいたに違いない。
「俺の予想では、イレイズはクルパーカーへ戻ろうとしているはずだ。『不完全』の連中がイレイズを嵌めたのも、イレイズの帰郷を邪魔するため。そうすることで炎の龍という危険分子も排除でき、同時に統率者を失わせることが出来る」
「私もそう思う。イレイズはレイリゴアと何度も会って、奴等と戦う準備を進めてきた。イレイズがいなければ準備も作戦も全て破綻する。だからイレイズは何としてもクルパーカーへ戻ろうとしているはず」
「そしてもう一つ、『競売禁止措置』だ。これはプロ鑑定士協会、世界競売協会双方が合意した時に発令できる措置なのだが、プロ鑑定士協会は今回の発令には一切関与していない。それどころか世界競売協会の方もいまいちよく分かっていない様子なんだ」
「……え? つまりどういうことなの?」
「つまりな。この競売禁止措置も『不完全』が何らかの手段を用いて勝手に発令したという可能性が高いんだ」
「目的は?」
「鑑定士の目をそちらに釘付けにすることだろう。現に今、ほとんどの鑑定士はこの問題の対応に追われててんてこまいさ」
抗議に押し寄せる人の数はどんどんと増えていた。
協会側も数多くの鑑定士を、この事件の対応にあたらせている。他の事に人員を割く余裕は一切ない。
「つまりこの二つ問題は、『不完全』がクルパーカーをより安全に襲うことが出来るように仕組んだ罠だってことだ」
「……くそ!! 私達はまんまと組織に踊らされていたのか……!!」
サラーの憤る姿に、ウェイルは同情する。
『不完全』という連中は、その組織名とは裏腹に、とにかく失敗率を0に近づける方法をとる。
作戦成功のためにならば、どんなに下劣なことでも顔色ひとつ変えることなく行う。
奴らの興味は、作戦が成功するかどうかという一点のみなのだ。
「サラー……」
フレスも心配そうな顔をして、サラーへ寄り添い、手を握っていた。
「フレス、サラー、よく聞いてくれ。俺達はこれから二手に分かれて、此度の事件について同時に対処する」
「二手に……分かれるの……?」
「そうだ」
分かれると聞いて、フレスが不安そうな瞳を向けてきた。
イレイズとサラーのように離れ離れになるのが怖いのだろうか。
だからこそウェイルは、笑みを返してやった。
「部族都市クルパーカーへ向かう組と、世界競売協会へ乗り込む組に分かれる。心配するな、現地で落ち合うから」
「……うん。なら、いいよ」
安堵するフレスと対照的に、サラーは冷静だった。
「クルパーカーへ向かうのは理解できるとして、どうして世界競売協会へ行くんだ? 今すぐ全員でクルパーカーへ向かう方がいいんじゃないのか?」
「奴らは世界競売協会から嘘の禁止措置発令を行ったんだ。そしてまだ禁止措置を出した実行犯はまだ残っている可能性が高い。嘘だらけの現状だ。最低限の情報操作をしていないと、すぐにバレてしまうからな。そいつを捕らえて今回の計画の全貌を問いただす」
「だから私とウェイルが乗り込もうってわけ」
「……それは無理だ。奴らは絶対に口を割らない。私達の時だってそうだった。口を割るなら自爆する。奴らはそんな連中なんだ!」
ウェイルとアムステリアに、サラーが異を唱えたが、アムステリアはどこ吹く風で言い返す。
「だとしたら今回の実行犯は『過激派』の連中ね。今回の首謀者に何となく心当たりがあるわ」
アムステリアの発言に、サラーが目を丸くする。
「……何故、心当たりがあるんだ!? それに『過激派』って、どうして分かる!?」
「お前が驚くのも無理はないかも知れないが、このアムステリアは元『不完全』だ」
アムステリアの代わりにウェイルが答える。
「貴方達よりも私の方がよっぽど『不完全』の内部事情に詳しいわよ? 事件の手口を見れば誰の犯行かってことも、おおよその見当がつくの。子供の頃から組織にいたから、全員顔見知りと言ってもいいレベルよ」
「だからこそアムステリアと競売協会に潜入することには意味がある。犯人がこいつの顔見知りだっていう可能性すらあるのだからな」
アムステリア最大の強みは、『不完全』の内部事情に精通している点だ。
手口や手段に対して詳しいということは、逆にその対策方法についても詳しいということ。
『不完全』専門の真贋鑑定士として、アムステリアはプロ鑑定士の中でも一目置かれる存在なのである。
「……そうか。お前も『不完全』だったのか。皮肉だが元仲間って方が下手な鑑定士より信頼できるよ。判った。ウェイルの提案通りに行こう」
サラーが了承し、ウェイルは組を分けた。
ウェイル&アムステリアの世界競売協会突入組と、そしてフレス&サラーのクルパーカー直行組だ。
「フレス、お前はクルパーカーに行くのは初めてだ。サラーから離れるなよ。お前が迷子になっては困るし、何よりサラーを守らなければならないからな。頼むぞ、フレス」
「もっちろん! 何があってもサラーは守るよ!」
「サラー、クルパーカーにお前さんの話を信じてくれる奴はいるのか?」
「いる。私はずっとイレイズと共にいたから。協力者に心当たりがある。だから大丈夫」
「そうか。ならさっさと行ってイレイズの到着を迎えてやれ」
「……判った」
「サグマールの見込みでは本来『競売禁止措置』の解除にはおよそ36時間程度掛かるらしい。つまり『不完全』がクルパーカーに攻め入るのは、プロ鑑定士協会や治安局が動きづらいこの36時間以内という可能性が高い。だがサグマールが手を打ってくれたおかげで、実際には10時間以内の解除になった。つまりプロ鑑定士協会は本来より26時間も早くクルパーカーへ援軍を出せる。行くなら急いだ方がいい。だからこそフレスをお前に付けた。意味は判るな?」
サグマールは競売禁止措置を解除してすぐ、部族都市クルパーカーに向けてへ戦闘可能な鑑定士を派遣すると約束してくれた。
相手が贋作士集団『不完全』である以上、これはプロ鑑定士協会全体の問題でもあるからだ。
クルパーカーまでの道のりはプロ鑑定士協会が所有する専用汽車で向かう。到着までおよそ四時間だ。
実際に到着するのは、準備等もろもろ含めて八時間程度は掛かるはずだ。
それでも奴らが行動する前には充分間に合う。
フレスとサラーには、もっと早く到着してもらいたい。
「ボクが龍の姿になればいいんだね?」
「そうだ。汽車より早く行くのならそれしかない。サラー、龍の速さで飛ぶとして、クルパーカーまではどれくらい掛かる?」
「……一時間以内には飛べる」
「流石の速さだな。よし、早速行動を開始するぞ」
四人は最低限の準備を整えると、屋上の天空墓地へと向かった。




