混乱のマリアステル
「サグマール、今の状況を説明してくれないか?」
「おお、ウェイルか。丁度お前さんに連絡をとろうと思っていたところだ」
事態の収拾に努めるため、忙しなく働く鑑定士達を掻き分けながら、何とかサグマールの部屋へと辿り着いたウェイル。
入室して早々、一番の疑問を投げ掛けた。
「競売禁止措置をとるなんて、一体何があったんだ!?」
「とりあえず座ってくれ。説明する」
こんな状況下であるにも関わらず、サグマールは妙にのほほんとした顔でソファに腰掛けた。
「なんだか余裕があるように見えるぞ」
「いや、そうでもない。昨日からずっと対応に追われて大忙しだったんだ。そろそろ休憩しようと思っていたところにお前さんが来た。休憩に付き合って……ふわああああぁぁ……もらうぞ」
最後の方は、大きい欠伸混じりになっている。
「徹夜なのか?」
「当然だ。しかし歳は取りたくないものだな。昔は徹夜なんて3日続いても屁でもなかった。今は」
「そうか。休憩を邪魔して悪かった」
「最初に言ったが、どうせお前さんを呼ぶ用事もあったんだ。気にすることはない」
目の下に大きなクマを作っている人に気にするなと言われても無理というものだが、これ以上サグマールの身を案じる余裕もない。
さっさと話をつけてサグマールには休んでもらうことにした。
「どうして競売禁止措置が発令されたんだ? 大掛かりな贋作流通でも見つかったのか?」
「もしそうなら常に現場にいるお前さんの方から措置を発令しろと言ってくるはずだ。そうじゃないんだ」
「なら一体何が理由だ?」
「それはな」
サグマールの眼つきが変わる。
同時に内密な話であると察した。思わずゴクリと喉が鳴る。
「我々にも判らん」
「……はっ?」
予想外の回答に素っ頓狂な声を出してしまった。
「プロ鑑定士協会が把握していないって、そういうのか!?」
「そういうことになるな」
サグマールからの回答は、それこそあり得ないものであった。
そもそも『競売禁止措置』はプロ鑑定士協会と世界競売協会、双方の承認後、治安局への申請をしなければ行使することは出来ない。
それら三つの組織の内、一つでも反対が出れば発令されることはまずないのである。
つまり今回の発令にはプロ鑑定士協会も賛成していることになり、だからこそ多くの競売人達がプロ鑑定士協会に抗議しにきている。
それなのにも関わらず、プロ鑑定士協会は今回の発令に関し一切把握していないという矛盾。
「そんなバカなことがあるか!?」
「落ち着け、ウェイル。声を荒らげるな。我々だって混乱しているんだ」
「落ち着いている場合か? 早急に解決しないとアレクアテナ大陸は未曽有の損失を被ることになるぞ!?」
「無論判っておる。だからワシは昨日から先程まで、ずっと治安局へ連絡を取り続けた。だがな、治安局の方も今それどころではないらしく、ろくに応じてはもらえなんだ。治安局で何があったのか詳しいことは知らないが、これとは別に大きい問題が起こったらしい」
「…………!!」
――治安局がろくに取り合わないのも無理はない。
彼らが今最優先事項としているのは、治安局のトップであるレイリゴア氏暗殺事件の解決だ。
首謀者であるイレイズの逮捕に全力を傾けている。
治安局トップの暗殺という大事件だ。迂闊に情報を漏らすわけにはいかない。失態は治安局の威信にも関わってくるからだ。
治安局は全戦力を投じて、必ずやイレイズを捕らえようと躍起になっているはずだ。
このことをサグマールに伝えるか否か。
すぐに判断することは得策ではない。
サグマールはイレイズの顔を見ている。
事態の収束を早めるため、サグマールは治安局にイレイズの情報を漏らす可能性だってあるからだ。
ウェイルはもう少しサグマールから話を聞き出すことにした。
「世界競売協会の方には連絡がついたのか?」
「……まあな。あちらさんも大変みたいだが、どうにかお偉方と会うことは出来た。そこでの話だが、確かに競売禁止措置は世界競売協会が発令を提案したらしい」
「……らしい? そのお偉方というのは何も知らなかったということか?」
「そういうことだ。いつの間にか会議で承認されていたという」
「情報を隠しているという可能性は?」
「いや、あれは本当に何も知らん顔だった」
サグマールの話によると、そのお偉方はそれ以上のことは何一つ知らなかったという。
サグマールは仕事柄、これまでに色々な人間を見てきたという。言うなれば人間鑑定士と言っても過言ではない。
そんなサグマールのことだ。相手が何か情報を隠していないか、じっくりと観察したはず。
だがその結果は、どうもシロだったようだ。
「一体誰がそんなことを……?」
「ワシにも分からんよ」
やれやれと苦笑いを浮かべ、首を横に振るサグマールだったが、その目だけは笑っていなかった。
「今回の競売禁止措置について、プロ鑑定士協会は一切関与していない。つまりだ。この競売禁止措置は何者かが意図的に、何らかの手法を用いて無理やり発令させたってことだ。これはもはや間違いない。このまま見過ごすわけにもいくまいよ」
「具体的にはどうするつもりなんだ? 禁止措置の解除を要請するしかないだろう?」
「実はすでに禁止措置解除要請は行っている。世界競売協会の方もすでに解除申請を行っているとのことだ。治安局の承認を得るには多少時間が掛かるだろうが、おそらく36時間以内には解除されるだろう」
すでに解除へ向けて大きく動いているようだ。
とはいえ36時間というのは中々に長い。
「そうか。しかし一体誰が何の目的で措置を出したんだろうな」
「さてな。こんなことをして得をする方法など、ワシには検討もつかん。市場を混乱させて、一体何をしでかすつもりなのか」
サグマールの台詞にピンとくるものがあった。
(――市場を混乱させる……?)
そしてこの情報を、サラーから聞いた話と照合させる。
(市場を混乱させれば一体どうなるのか……。それはもちろん鑑定士が事態の収拾にあたる)
プロ鑑定士協会前に集まった人だかりをどうにかするため、多くの鑑定士が時間を割かれている。
(そして治安局では、今イレイズを捜すために全戦力を傾けている)
治安局に話が通じにくいのも、禁止措置解除に時間が掛かっているのも、全てはこのせいだ。
(……つまり今、プロ鑑定士と治安局、どちらも混乱状態にある。まるで足止めされているかのように……?)
沸々と湧き上がってくる解答への欠片。嫌な予感に冷や汗が止まらない。
(この二組織が混乱して、最も得をする連中は――)
脳裏にイレイズの顔が浮かび上がり――最後のピースがはまった気がした。
「ウェイルよ。お前さんには事件の首謀者が誰か、なんとなく判っているんじゃないのか?」
「……ああ」
「そもそも措置の発令は両協会の代表者が治安局へ申請しにいかねばならない。プロ鑑定士協会が関わっていないとするならば、一体誰が申請しに行ったって話だ。鑑定士の偽者を立てなければ成立せんよな」
「そこまで判ってるならサグマールだって分かってるんだろう?」
サラーはこう言っていた。
――「もう間も無く、動き出す」と。
この現状は、すでに奴等は動き始めているということだ。
「治安局、世界競売協会、そしてプロ鑑定士協会。この三大組織が同時に混乱の極みにあり、その影響はマリアステル全体に出てきている。さて、ウェイル。今度はお前さんが話す番だ。何か情報を掴んでいるんじゃないのか?」
サグマールの視線が恐ろしく鋭いことに気がついた。
普段穏やかな人間ほど、真剣な時には恐ろしい。今のサグマールはそんな言葉を体現していた。
「……ああ、掴んでいる」
ウェイルはまだ迷っていた。
イレイズのこと、サラーのこと。そして『不完全』のことを話すかどうか。
心此処にあらずといったウェイルの返答に、サグマールの視線はさらに鋭さを増した。
「ウェイルよ。お前さんはこの事態の真相について、何か核心を得ているのだろう?」
「どうしてそう思う?」
「理由は二つある。一つは奴等――『不完全』絡みの事件には、必ずお前が真っ先に俺の元へ情報を持ってくる。積極的に『不完全』に絡みたがる鑑定士は少ないからな」
「……なるほどな」
確かに、サグマールには『不完全』の絡む事件の報告ばかりしている。
「サグマール。話しておかなければならないことがある」
「ああ。教えてくれ」
ウェイルは覚悟した。サグマールに全てを打ち明けると。
この話を聞いてサグマールがどう動くか判らない。
だがこの話は元々ウェイル一人でどうにかなる問題ではなかったのだ。
だからこそ賭けた。サグマールが味方になってくれるという可能性に、全てを。
「この前の真珠胎児の事件の時、俺の仲間だと紹介した奴のことを覚えているか――」
ウェイルは嘘偽りなく話した。
イレイズの過去、生い立ち、そして現状を――。
12/23から年明けまで毎日更新いたします。




