ラルガポットの高騰
早速ウェイルとルークの二人は、入手した龍の絵画の鑑定を始めていた。
鑑定という作業は、その目的によって調べることが変わる。
今二人が行っている作業とは、絵画に使われている塗料を調査することによって、絵画が描かれた年代を特定する鑑定である。
「ふむ。この塗料はどうも油彩でも水彩でもなさそうだ。だとすると石彩か。少し触ってもいいか?」
「ああ、構わない。どうせ大した価値じゃないだろうしな」
石彩というのは、油彩や水彩とは異なり、特定の石の粉を原料にして製造された塗料を使用している絵画のことをいう。
石を砕き、粉にしたものを接着剤と混ぜ、水で溶かして塗料にする。
「ふむ。青水晶ではなさそうだ。空雲石とも違う。妙にサラサラとしている。海洋石か? いや違うな、それだともう少しザラザラとするはずだ」
青水晶や海洋石等は、青い塗料の原料として重宝されている石である。
石を原料とした塗料は、鮮やかな光沢を放つ反面、ざらざらとした質感になる。
触り心地がサラサラツルツルとしているこの絵画には当てはまらない特徴である。
ルークの感想を聞き、ウェイルはじっくりと絵の感触を確かめながら自分の感想を述べた。
「だが表面を見ても油彩、水彩とは思えない。色合いから見れば石彩しか考えられない」
「だがよ、石彩だともっと感触が荒くなるだろ? これは何か違う。例えるなら――」
「氷みたい――だろ?」
「そうだ。ガラスとも少し違う、冷たくない氷ってのがまさにこれだ。そういえばこの絵画、どこで手に入れたんだ?」
「ラルガ教会だよ」
「ラルガ教会に龍の絵があったってのか!?」
「ああ。だからこそ簡単に譲ってくれたんだろうがな」
ウェイルはルークに鑑定依頼の内容をかいつまんで話した。
ルークは話を聞きながら顕微鏡で絵を食い入るように観察していたが、結局何も判らなかったのか、ついにはさじを投げてソファーに倒れこんでしまった。
「あー、ダメだ。この塗料が何なのか皆目見当もつかない。そもそも俺は鑑定士じゃないしな。競売品さえ高く売れたらそれでいいさ」
いかにもオークショニアらしい言葉を頂く。
オークションハウスは競売品の落札額の一割を手数料として得る。
落札額が高ければ高いほど、ハウス側に入る手数料も増えるという仕組みだ。
「無理もないな。鑑定士の俺ですら判らないんだから」
ウェイルもお手上げとばかりに肩を竦めた。
するとルークがしみじみとばかりに呟く。
「それにしてもラルガ教会はよほど儲かってやがんだな。お前に鑑定を依頼するくらい絵画が大量にあったんだろ?」
ルークは棚から取り出したアンティークのカップにコーヒーを淹れ、ウェイルに薦めてきた。
この香りはどこかで嗅いだことがある。
「サクスィル産の豆か。銘柄は『エメラルドクイーン』」
「そうだ。何故判った?」
「香りだな。香りに香辛料のような香ばしさがあるのは農作都市サクスィルの豆、それもエメラルドクイーンだけだ」
「流石プロ鑑定士。コーヒー豆までお手の物ってか?」
「サクスィルでコーヒー豆の取引に立ち会ったことがあるだけだ。何せサクスィルの取引の四割以上はコーヒー豆だからな。それよりもルーク、俺はコーヒーが苦手だと知っているだろう?」
「そうだっけか? 久々すぎて忘れちまったわ。ま、俺の淹れるコーヒーは美味いから飲めるだろう?」
ウェイルはあまりコーヒーが好きではない。むしろ苦手といえる。
だが不思議とルークの淹れたコーヒーは飲める。
そういえば昔、商談相手や競売客に振舞うためにコーヒーを淹れる練習をしたと自慢していた。
『コーヒーを美味しく淹れることの出来るオークショニアは成功する』という格言すらあるそうだ。
ルークを見る限り、どうやらそれは本当みたいだ。
互いにコーヒーを口にしながら会話を続けた。
「有名な画家の絵がたくさんあったな。特にセルク作品を見たときは驚いたよ」
「セルク作品があったってのか!? ……おいおい、そりゃ半端じゃないな。長年オークショニアをやっている俺ですら、生でセルク作品を見たのは僅か数回だけだ。王族や貴族にもファンが多いあの絵画だぞ? ……本物だったのか?」
「セルク・ナンバーから見ても間違いなく本物だった。鑑定中、平静を装ってはいたが、内心は心臓バクバクだったぞ。まさか本物のセルク作品があるとは予想もしてなかったからな」
そりゃ凄いねぇ、と皮肉にも取れる呟きを漏らすルーク。
「冗談抜きで相当儲かっているんだな。これも全てあの噂のおかげだな」
またしても出てくるあの噂という単語に、ウェイルは反応せざるを得ない。
「例の悪魔の噂って奴か?」
「何だ、知ってるのか」
「ヤンク達から聞いたよ」
「なら話は早い。本来悪魔って奴は教会にとっては宿敵なはずなのに、その宿敵のおかげで儲かっているんだから複雑な話だよなぁ」
「ほんと、そうだな――」
ウェイルとルークは、ぼやきながらコーヒーを一口。
(――……ん?)
「――って待て待て、悪魔のおかげで儲かっているって、一体どういうことだ!?」
ルークがあまりに何気なく言ったので、危うく適当に相槌を打つところだった。
ルークは「あれ? 知らないのか?」みたいな顔でこちらを一瞥し、そして教えてくれた。
「ラルガポットは知っているだろう?」
ルークは棚からラルガポットを一つ取り出してウェイルの前に置いた。
「当然だ。有名な美術品であり神器だからな」
プロ鑑定士なら誰もが知っている常識中の常識だ。
「こいつが今いくらくらいするか知っているか?」
「人気はあるが数も相当出回っているからな。大したレートじゃないだろう。せいぜい2万ハクロア程度だ」
「だと思うだろ? だがな、今のこいつは本当に大したレートになってんだ。ラルガポットの噂も知っているだろ?」
そういえばヤンクとステイリィが言っていた。
「悪魔を追い払う効果があるってやつか」
「そうだ。今この都市の住人は皆、悪魔の噂に恐怖している。そんな中、悪魔を払う力があるとされるラルガポットは、当然人気の品となるだろ」
「……そういうことか」
悪魔の噂の影響で、急激に需要が伸びた。
そのせいで値段が高騰したということだ。
「だから今やこいつの値段は相当なものだ。もはや一般人に手が出せるレベルじゃない」
「いくらだ?」
「聞いて驚くなよ?」
ルークは握りこんだ拳を前にかざし、ゆっくりと全ての指を立ててみせた。
「5だ」
「5万ハクロアか!? かなり上がってるじゃないか!」
「いや、違う。これ一つでなんと50万ハクロアだ」
「……は?」
想像より桁が一つ多いことに、思わずマヌケな声が出てしまった。