嵌められたイレイズ
爆発によって充満した煙の中から一人の女性が現れた。
「誰だ!?」
私はとっさに炎を身に纏う。
「誰って言われても……そうだね。名乗ってもいいかな? 私はフロリアと申します」
「フロリア? 聞いたことがないな」
『不完全』にいたころでも聞いたことのない名前だった。
「最近『不完全』に入った新人か……?」
「あはは、違う違う! 私の方が先輩ですよ? でも知らないのは無理ないかも。何せ私は今までずっと潜入任務をしていたからね!」
愛想よく疑問を打ち消し、笑った彼女。
でもその背後には、笑えない魔獣が立っていた。
「……魔獣……!! デーモン族か……!!」
赤く眼光を光らせる悪魔が、彼女に従っていた。
「あの三人は最後に最高の仕事をしたね。おかげで任務は簡単に達成できそうだよ。さて、私はもう一仕事しないとね。後はよろしく~」
フロリアはデーモンに指示を送ると、その場で服を脱ぎ始めた。
「何をしているんだ!?」
「エヘヘ、秘密! それと女の子の着替えは覗くものじゃないよ?」
イレイズが怒鳴ったけれど、フロリアはウインクを送り返してくるだけだった。
「イレイズ、デーモンが来るぞ!!」
「……そうですね。まずはこちらから……!!」
私は炎を手繰り、巨大な火炎弾にしてデーモンに打ち放った。
イレイズも拳を握り、デーモンへ突っ込む。
私の炎で怯んだ隙に、イレイズの拳を打ち込む。完璧な連携攻撃だ。
「グルオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」
デーモンの咆哮。その声に、私は戦慄と違和感を覚えた。
(……炎が効いていない!?)
打ち放った火炎弾は、間違いなくデーモンに命中したはず。
それなのにも関わらず、奴は火傷一つ負わず、怯むことすらしていない。
そこで私はこの作戦の破綻に気づいた。
「ダメだ、イレイズ!!」
そして私の目に映ったのは、魔獣によって殴り飛ばされ、床に叩きつけられるイレイズの姿だった。
「い、イレイズ!!」
「ぐっ……! 大丈夫、私は平気です……」
――大嘘だ。
人間がその数十倍以上の腕力を持つ魔獣に殴り飛ばされたのだ。いくらダイヤの身体を持つイレイズとて、平気でいられるはずもない。
「クッ……、私の身体がダイヤモンドでなかったら、今頃は粉々になっていたところでしたよ……!! それよりもあの魔獣、どうしてサラーの炎が効かない……!?」
「クソッ、もう一発!!」
今度は先程よりも、より大きな炎球を編み出して、渾身の力で放った。
「今度こそ――――!?」
だが私の期待は粉々に砕かれた。
何せ炎は、吸い込まれるように消えていったのだから。
炎の後には、ニンマリと笑みを浮かべるデーモンが仁王立ちしていた。
「イレイズ! こいつ、何か変な力を持っている! 元に姿に戻らないと!!」
――倒せない。
今の私ではこいつを倒すことは出来ないと判断し、私は急いでイレイズのところへと駆け寄った。
いや、駆け寄ろうとした。その一瞬の隙を突かれた。
デーモンは音もなく、そして迅速に腕を伸ばして、私の身体を掴んでいた。
必死にもがいて抜け出そうと試みたが、全くダメだった。
炎を出そうとした時、違和感に気付く。
まず身体に力が入らない。そして何故か炎も出ない。
最後は――声も出なかった。
全身から力がすっぽり抜け落ちて、強制的に失神させられるような感覚に陥った。
「サラー!!」
イレイズの声だけが、ハッキリと脳内で反響していた。
「さ~って。お着替え終了!!」
フロリアはどこで手に入れたのか、いつの間にか治安局員の証である白きローブを羽織っていた。
「さて、お仕事お仕事! それでは裏切り者のイレイズさん。これから楽しい楽しい逃亡生活を送ってくださいね! それでは!」
フロリアは部屋から飛び出すと、大声で叫び始めた。
「――誰か来て!! レイリゴアさんが襲われている!! 犯人がまだ中に!!」
薄れていく意識の中、イレイズの声が聞こえる。
「サラー。どうやら私達は嵌められたようです。ですから貴方だけでも逃げてください。そしてこのことを誰かに――そうだ。ウェイルさんとフレスちゃんに伝えてください。きっと力になってくれるはずです。電信の使い方は判りますね?」
イレイズは殺した『不完全』の遺体を探って、やはり持っていた爆発する瓶を取り出した。
「ここからは別行動です。私は治安局から逃げないといけません。ですから貴方はウェイルさん達と一緒にクルパーカーへと向かってください。ウェイルさん達は、必ず貴女の力になってくれます。ですから――」
「……う、ぐ……イレ……イズ……」
最後に見たのはイレイズの笑顔だった。
「信じています。親愛なるサラー! また、クルパーカーで会いましょう。生きて、必ず!」
デーモンに投げつけられる小瓶。
小瓶がデーモンに当たるまでの刹那。
私はイレイズの笑顔だけに目を奪われていた。
轟音と共に爆発が起こる。
爆発の衝撃で窓ガラスが吹き飛び、それと一緒に私はデーモンの腕から吹き飛ばされた。
そして私は――――空へと投げ出された。




