龍と鑑定士 ～ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ～

第一部 第四章 部族都市クルパーカー編 『戦争勃発、陰謀の末路』

『不完全』の襲来

　マリアステルであった事件の後。

　私ことサラーと、相棒のイレイズは『不完全』から脱退し、戦うことを決意した。

　私達を裏切ったという情報は即座に『不完全』側に伝わるだろう、とイレイズは漏らしていた。

　そうなれば平穏な日々とはさようなら、これからは戦いの日々が始まるということだ。

　けれどイレイズの表情を明るかった。

　まるで憑き物が取れたかのように、生き生きとしていたんだ。

　これから戦う敵の勢力は、想像を絶するほど強大だ。

　その中に属していた以上、それは重々承知の上であるし、例え無敵の魔力を持つ龍である私だって苦戦を強いられるに違いない。

　ましてや人間のイレイズにとっては、決して楽な戦いにはならないであろうことは理解していた。

　それでもイレイズは言っていた。

　――「故郷のために戦って死ねるなら本望だよ」って。

　その時、コソッと「君を巻き込むのは申し訳ないけど……」と呟いていたことを私が聞いていたなんてイレイズは知らない。

　私はこの「私の身を案じる言葉」に、嬉しさと同時に腹立たしさを覚えていた。

　私は最初に言ったはずだ。

　これから先、ずっとイレイズと共にいると。

　それは生きていても死んでいても同じだと、私は勝手に思っている。

　だから腹いせにイレイズの頬っぺたを抓ってやった。

　そんな私の行為に、イレイズは頭上に「？」マークを浮かべていたのが少し笑えた。

　普段は冷静沈着な彼が、私の前だけ素でいられるこの状況は、なんだかとても心地よかった。

　――●○●○●○――

　その日、私とイレイズは治安局本部のある『司法都市ファランクシア』を訪れていた。

　地理的には『王都ヴェクトルビア』と『競売都市マリアステル』の間の、ほぼ中央付近に存在する大都市だ。

　目的は治安局本部、相手は治安局総責任者、名を『レイリゴア・ユネン・クルパーカー』。

　『部族都市クルパーカー』の出身で、イレイズの知り合いだということもあり、私達は時折ここへ足を運んでいた。

　レイリゴアはイレイズの事情を全て知っていた。

　治安局としても『不完全』の横暴を阻止しなければならないと常々口にしていた。

　クルパーカーで悲惨な事件が起きた時はまだこの地位に立っておらず、故郷の役に立てなかったことをずっと悔やんでいたそうだ。

　そして約束してくれた。

　イレイズが決断を下すその時が来れば、全面的に協力すると。

　周囲から治安局を私物化していると後ろ指を指されても、だ。

　私達が『不完全』からの脱退を決意した今こそ、全ての決着を着けるべきだと、レイリゴアに協力を申し出た。

　レイリゴアは快く承諾し、力になると言ってくれた。

　しばらくの間、『不完全』の追手から私達を匿ってくれたし、クルパーカーとも連絡を取り合って情報収集に努めてくれた。

　前々からクルパーカーでも『不完全』に対して反旗を翻す動きがあり、そこと治安局は連携していたのだ。

　そしてつい先日、クルパーカー側から戦いの準備が出来たという報告が入った。

　だから私達は計画を実行に移すことにしたんだ。

　イレイズの計画。

　それは『不完全』がクルパーカーに進攻してくる前に、治安局員を都市内各地に配置して待ち伏せすることで、攻めてきたところを一斉検挙するというものだった。

　計画は秘密裏に進められた。

　何せそもそも治安局という組織は、基本的に事件が起こった後、その事後処理を主とする組織であるわけだ。

　当然防犯という意味では事前の活動もあることはあるのだが、だからといってもしかしたら犯罪が起こるかも知れない、なんて予測めいたもので動かせる組織でもないのだ。

　だからこそ私達と事情を知るレイリゴアを含む一部の人間だけで計画され、その日もその計画の真っ最中だった。

　――そして事件は起きた。

　私とイレイズ、そしてレイリゴアの三人が密談している最中に、奴らが現れたんだ。

　数はわずか三人。

　でもその内の一人は巨大な魔獣を連れていた。

『不完全』はどこからか私達が治安局に匿われているという情報を掴み、襲撃しに来たんだ。

　当然私達も奴等に立ち向かった。

　でも龍の姿になるわけにはいかない。

　いかに協力者であるレイリゴアでも、私の真の姿が龍であるとはだとは伝えていなかったし、何よりここは治安局本部だ。

　私は自分の魔力を手加減することが苦手だ。

　もしここで必要以上に魔力を放出してしまうと、ここに勤める局員達や建物自体に大きな被害を及ぼしてしまう。

　幸い敵の操る魔獣のレベルは大したことなく、娘の姿のままでも十分余裕な相手だった。

　それよりも敵の操る神器が厄介で、そっちへの対応の方が少々てこずってしまった。

　それでも戦況は圧倒的にこちらが有利だった。

「――クッ……！　強い……!!」

「もう逃げられん。神器を置いて投降しろ。さすれば命までは取らない」

　私は手で業炎を操り、奴らの気力ごと焼き尽くした。

「誰の差し金ですか？」

　イレイズの問いは虚空に消える。

　誰一人として答える気はなかったようだ。

　それどころかイレイズに対してせせら笑いを浴びせてくる。

「――死ね。ダイヤモンドヘッドにしか価値のない汚らしい部族の王よ」

「死ぬことで初めて価値がつくなんて、可哀想な人達」

　返答の代わりに返ってきたのは、彼にもっとも言ってはならない言葉。

「……そうですか。私も民を守らねばならない立場。残念ですが貴方方には死んでもらいます」

　イレイズの民をけなす言葉。

　イレイズの全てと言っても過言ではない民のことを侮辱された。

　彼らは自ら逆鱗に手を伸ばしたのだ。

　イレイズが拳を握り締め、私も炎を増大させる。

「私の民を侮辱した罪、死をもって償いなさい――!!」

　ダイヤと化した拳を一人の頭に叩き付ける。

　耳障りな音が響き、真っ赤な鮮血が飛ぶ。

　人が一人死んだのだ。

　返り血を浴びようともイレイズの表情に変化はない。

　彼のことを知らない人が見れば、背筋の凍りつくような表情だが、私には理解できた。

　イレイズは覚悟を決めているのだ。

　民を救う為にならば、何だってしてやると。

　己の命を懸ける覚悟であると。

　イレイズの本気を見て、残った二人も覚悟を決めたようだ。

　しかし私達はここで大きな勘違いをしてしまった。

　彼らの覚悟、それは私達と戦う覚悟が出来たのだと――。

　――だが実際は違った。

　彼らの取った行動、それは――――自爆だった。

　小さな瓶を取り出したかと思うと、彼らはそれを足元に叩き付けた。

　それが爆発物だと瞬時に理解した私達はとっさ身を退く。

「裏切り者のイレイズ。本部はお前達部族にもっとも苦痛な死を与え――」

　最後の言葉は爆発音に遮られた。

　建物全体が揺れるほどの衝撃が走る。

　幸いあまり火力のある爆発物ではなかったらしく、私やイレイズに怪我はなかった。

「レイリゴア！　大丈夫ですか!?」

　イレイズが叫んでいた。

　見ると爆発に巻き込まれたのか、レイリゴアが負傷している。

　私は急いで彼の元へ寄り添い、治療を試みる。

　その時だった。

「やった～！　計画通りだね～！」

　突如として若い女性の声が部屋に響き渡った。