陰謀の交差
「――はい。それでは予定通りにお願いします」
「――任せてください。これも当然我々の責務。強大な悪と戦うひとつの方法ですから。本来であればもっと早くこの話を進めなければなりませんでした。今まで手を貸せなかったことをお許しいただきたい」
「そちらにもそちらの都合があります。気にしていません。重要なのはこれからですから」
「そう言っていただければ助かります。だからこそ、今回は全力で力をお貸しいたします」
「助かりますよ」
カーテンで閉じられた薄暗い部屋。
隙間から覗く外の風景は、今日も普段と変わらず平和そのもの。
人々は忙しなく働き、至る所から商売人の声が響く。
そんな活気あふれる町並みが望めるこの部屋は、地上五十メートルを超える巨大な塔の一室である。
真っ赤な絨毯に毛皮のソファ。何とも煌びやかな装飾のなされた豪勢な部屋であったが、ここに集まっていたのは、この部屋にはとても相応しいとは言えない、暗い表情を浮かべる者達であった。
「……しかし、この方法はいわば諸刃の剣。下手をすれば殺されてしまいますぞ……?」
「私なら大丈夫です。逃げ切る自信はありますから。何よりもあの連中の目を欺くならば、この程度の危険は冒さねば、見破られるに決まっていますよ」
「そうですか……。それで奴らの計画はいつ始まるとお考えですか……?」
「おそらくは今晩にも動き出すでしょう。連中の動きは常に見張っていますし、その時が来たらすぐにこちらに伺いますので。あまり心配なさらないで下さい。貴方の身の安全は保障いたしますから」
「……しかし不安ですな……。いえ、私の身のことではないのです。私が目覚めるまで、貴方が無事でいられるかどうか――イレイズ王……」
「さっきも言った通り大丈夫ですよ。私には心強い味方がいますからね。それでは手筈通りにお願いします」
イレイズはそう言うと、男に一度会釈した後、部屋から出て行った。
その後ろ姿に男は頭を垂れつつ、深く嘆息を漏らしてしまう。
「……ついに奴等との全面戦争の時か。果たして我々は生き残れるのだろうか……?」
ついポロッと漏らしてしまった本音。
それはこれから起こる部族都市クルパーカーの命運を賭けた紛争の幕開けとなる呟きだった。
――●○●○●○――
「全て準備は終わったようだね?」
陰気な雰囲の漂う小さな古城の一室に、妙に楽しげな表情を浮かべて佇む男が、そう訊ねた。
自分以外誰もいないはずであったというのに彼がそう訊ねたのは、今まさに目的の人物が部屋に入って来たからだ。
「ええ。お望み通り龍に対抗する戦力はきっちりと揃えて参りましたよ! 『龍殺し』を何と五体も!」
自慢げな声色で、軽快な足取りで部屋に入ってきたのは、悪魔を引き連れた一人のメイド。
「いやぁ、流石はイドゥさんの所のメイドさん。完璧な仕事ぶりだよ。今までの潜入、お疲れ様」
男が労いの声を掛けると、ニヤリと笑う彼女の顔が月影に現れた。
「ありがとうございます。無事準備が整ったみたいで何よりです」
そのメイド――フロリアはわざとらしさを隠すことなく恭しく頭を下げる。
そんな仕草のフロリアを見て、フフっと満足げに笑った男は、手に持ったグラスを傾けて喉を潤すと、グラスを盛大に投げ捨てて高笑いを上げた。
「フフフ、アハハ、アーッハハハハハハッ!! ……ふう、ちょっと笑いすぎちゃったよ」
「笑うのはいいんですけど、グラス投げないでくださいよ……。私にワインめっちゃかかってますけど」
「あ、ごめん。つい愉快になっちゃってさ! それにしても愉快だなぁ……!! 全てが順調すぎて、実に愉快だ……!!」
「私は服がビチャビチャになって実に不愉快ですけどね」
「さて、フロリア! いよいよ部族『都市クルパーカー』を滅ぼす時が来たね。僕、この時が楽しみで楽しみで仕方なかったんだよ!」
「さて、じゃないですよ。ビチャビチャですよ、私」
男は完璧にフロリアを無視しながら、無邪気に、そして狂ったように言葉を紡いでいく。
「アハハハハッ!! ああ、早く人を殺したいなぁ……! あの肉を切り裂くときの感触、音、絶叫、血飛沫!! そして後に残る躯!! 全てが芸術的だよね? 君はそう思わない?」
「えっと、あんまり共感できませんけど。別に私は快楽殺人者ってわけではないですし」
「そうだよねぇ! 君もそう思うよねぇ! 人の死と、残る遺体は芸術なんだよ! しかも今回は相手がクルパーカーの連中と来たもんだ! 最高のコレクションになるに違いない!!」
「あーはいはい、そうですね」
白けるフロリアの視線を余所に、男は熱を帯びた視線を部屋の奥に向けた。
彼の視線の先。そこには壁に展示されるように置かれたいくつかの屍があった。
屍である以上当然であるが、それらの身体からは一切の生気がない。
だからと言って腐っていたり、朽ち果てているわけでもない。
まるで時間が止まっているかのように、その屍は佇んでいる。
これらはこの状態で、何年もここに展示されているのだ。
「新しいコレクションが加わると考えるだけで、興奮してきちゃうよ……」
(……ド変態ですねぇ……。死体を見て興奮するだなんて……)
男の絶叫に近い歓喜の声に、呆れながら沈黙を通すフロリアである。
そして男はフロリアに、とある指示を与えた。
「フロリア。早速だけど裏切者のイレイズを始末してきて? そしたらのんびりとダイヤモンドヘッドの回収に向かうからさ」
「イレイズには龍が付いているんですけど」
「だから龍殺しを手に入れて来たんでしょ? 大丈夫。足りない兵力と雑用は僕が用意してい置くからさ」
「『穏健派』の連中はどういたしますか? 邪魔をしに来るかもしれませんよ?」
「今奴らはそれどころじゃないさ。何せあのヴェクトルビアで一大事件が起こったのだから」
「と、申しますと……?」
「フロリア、君のおかげだよ。今『穏健派』の連中はクルパーカーのことなんてどうでもいいのさ。君がヴェクトルビアで事件を起こしてくれたおかげで奴らは別のことで頭が一杯のはずだから」
「……う~ん、私には難しいようです」
「なに、いずれ判るよ。それよりも目先のこと。頼むよ?」
「はい」
(人使い荒いなぁ、全く)
男の不気味な微笑に、フロリアは本音を隠して瞬時に頷いた。
「早速行っておいで。殺し方は君の好きにしていいよ。ただ、出来れば綺麗な身体のまま殺して欲しい。イレイズも僕のコレクションに相応しい存在だからさ」
「えっと……はい」
フロリアは男に視線を向けることなく姿を消した。
男は玉座から立ち上がると、自慢のコレクションの前に立ち、呟いた。
「ねぇ、ニーズヘッグ。君も協力してくれるよね……?」
男が返答を求めたのは何の気配すらない虚空。
当然返答はなかったが、男の顔は満足そうに唇をつり上げると、歪な笑みを浮かばせたのだった。




