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プロ鑑定士、ウェイル


「――絶景だな」


 ――汽車の窓から映し出される雄々しき山々、それを映しだす輝く湖、麦を収穫する人々。


 まるで次々と変化する魔法の絵画を見ているような、そんな錯覚すら覚えてしまいそうな景色に、鑑定士(アプレイザー)である『ウェイル・フェルタリア』は、感嘆の息を漏らした。


 魔法と芸術の都と呼ばれるこの『アレクアテナ大陸』は、その景観も美しいと有名だ。

 鑑定士として、日々芸術品の鑑定依頼に追われて多忙な旅の最中、ちょっとしたひと時に見る汽車からの絶景は、まさに癒しの一言。


 ――しかし鑑定士とは、時としてつまらない職業だ。


 これほど美しい景色を目の当たりにしながらも、無意識にどこか疑いの目を向けてしまっている。

 窓から望むあの雄々しき山も、近づいてみればゴミが散乱しているかも知れない。

 美しい湖だって、水の中は汚泥にまみれているという可能性だってある。

 無条件に己の感性のままを受け取ることが出来ない。

 何事も疑いから入ることに慣れ過ぎているからだ。それはもはや職業病とも言える。

 それらの真実がどうであろうと、この景色は変わらず美しいものだというのに。


「ここからの景色が良ければ、実際はどうだっていいか。……鑑定士としては失格な意見だがな」


 鮮やかな景色を遠目に、窓から吹き込む心地の良い風を浴びながら、お気に入りの本を読み耽る。

 なんて高尚で優雅な時間なのだろうか。


 ――だが、そんな優雅な時間は、無理やり終わりを告げられた。


「――こいつは贋作(フェイク)じゃないか!!」


 和気あいあいとした車内に、突如として怒声が響き渡ったからである。


「……なんなんだ、この場違いな大声は。せっかく人がのんびりしていたってのに……」


 そのウェイルの小言は、またも響く激しい怒声にかき消された。


「取引に贋作なんか持ってきやがって!! ふざけるな!!」

「贋作ではありませんよ! れっきとした本物です!!」


 何事かと周囲を伺うと――なるほど、二人の男が口論を繰り広げている。


 一人は少し痩型で、白い髪をした優男。


 そしてもう一人はというと、見るからにガラの悪そうな筋肉質な大男であった。


 白髪の優男は、ガラの悪い大男に胸倉を掴まれている。

 大男の空いた手には、小さな壺が握られていた。


「壺の取引でトラブルが起きてるのか。……もしあれが本当に贋作なら見過ごせないな」


 あの壺が贋作であるならば、鑑定士として放っておくわけにはいかない。

 ウェイルはしばし状況を観察することにした。


「この壺のどの辺が贋作だって言うんですか!? 誰がどう見たって本物でしょう!?」

「フン、何が本物だ! この壺の口をよーく見てみろ! 俺の聞いた話では、本物の『シアトレル焼き』の壺は口の色が黒くなるって話だ! だがこいつはどうだ? 灰色じゃないか! これこそが贋作である証拠だろ! せっかく大金を持って取引に来たってのに、これじゃ詐欺だ!!」


 その大男の主張に、ウェイルは眉をひそめた。


「……おいおい、そんな理由で贋作だなんて、全くのデタラメじゃないか……」


 ウェイルの呟きに、周囲の乗客らの視線が集まった。


「詐欺ではありませんよ! ほら、こうして公式鑑定書もあるのです! ですからこれは本物のシアトレル焼きの壺に間違いありません!」


 白髪の優男は、大男に公式鑑定書を見せつけて、本物だと必死に主張し続けている。

 しかし、大男は聞く耳など持っていない。

 というより最初から彼の言い分など聞く気はないみたいだ。

 むしろ壺は贋作であると、最初から決めつけているかのような態度だった。


「こんな小さな紙切れが公式鑑定書だと? 笑わせるな!」

「鑑定士の署名(サイン)まであるんですよ!?」

「誰なんだ、鑑定士は!! 聞いたことないぞ!! どうせ無名の三流鑑定士なんだろう? そんな鑑定書、信頼できるわけがないだろう!!」

「そんな無茶苦茶な!?」

「それよりも俺は明日までに本物の壺を仕入れないとならないんだよ! もしこれで俺の取引が破談になったら、お前はどう責任取るつもりだ!? ああっ!?」


 大男は優男から公式鑑定書を奪いとると、そのまま破り捨てた。


「これはちょっと看過できないな」


 このアレクアテナ大陸において、公式鑑定書を破るという行為は、その鑑定品の価値を無にする――つまり破壊することと同等の行為である。

 例え鑑定品が破損したとしても、公式鑑定書を勝手に破棄することは許されない。

 正当な手続きの無い限り、一度つけられた鑑定結果を破棄したり書き換えたりすることは禁止されている。


「――ちょっといいか?」

「――あ?」


 ウェイルは席を立つと、二人の間に割り込んで、大男の肩に手を置いた。


「誰だ、テメェは」

「自己紹介は後だ」


 大男はウェイルをきつく睨み付けたが、ウェイルは涼しい顔そのもの。

 そのまま大男が持っている壺をしげしげと観察した。


「ふむ、なるほどな」

「な、なんなんだ、テメェ!?」

 

 威圧にも屈せず、勝手に壺を眺めるウェイルに、大男も戸惑ったのか声が裏返っていた。


「お前はこの壺の口が灰色だから贋作だと、そう主張していたな」

「そうだ。だからなんだってんだ!?」

「その主張は致命的に間違っている」

「なんだと……!?」

「本物のシアトレル焼きの壺は口が黒いと、そう言っていたな。確かに口が黒くなる作品は多い。だが全ての壺の口が黒いだなんて、そんなことはない」


 「その通りです」と、隣の優男が首を縦に振って同意した。


「シアトレル焼きってのは、アトリエの焼き窯によって色が変わってくる。同じアトリエで作られたとしても、陶芸家によって色合いには個性が出る。口が全て黒くなるってことは有り得ない」


 本来焼き物とは、焼き釜の癖や焼く時間、材料の泥や燃料の木材によっても、微妙に色の違いは出るものだ。


「この壺は間違いなく本物だ」

「どうしてそう言い切れる!?」

「シアトレル焼きの壺は釉薬(うわぐすり)を使わないからだ。壺の表面を見てみろ。釉薬の艶が全くないのが一目瞭然だろう? このアレクアテナ大陸で釉薬を使わない焼き方をするのは、シアトレル焼きくらいなもんだ。これだけでシアトレル焼きだと素人目でも判る」


 ウェイルの指摘通り、壺の表面には一切(つや)がなかった。


「この模様を見てみろ。これは薪の炭が溶けだし付着することで出来る模様なんだ。模様はアトリエによって特徴があってな。この焼き癖や炭の色には心当たりがある。何ならこれを製作したアトリエの名前を教えてやろうか?」

「なんだと……!? アトリエまで判るのか……!?」

「確かにシアトレル焼きの贋作は存在する。だが手間や利益を考えると、贋作士がわざわざ作るほどの価値があるものじゃない。せいぜい素人が遊びで真似して作る程度だ。元々の価値だって、出回っている数を考えれば、そう大した額ではない。贋作製作費に対して割が合わなさすぎる。この贋作を作るより本物を買った方が、明らかに安いし手っ取り早い」


 ウェイルの淡々とした説明に、周囲の乗客から感嘆の声と拍手が飛ぶ。

 皆、興味津々にウェイルの話を聞いていた。

 

 ――目の前の大男を除いて。


「なんだテメェ! 俺にケチをつけるってのか!?」


 大男の目に殺気が宿る。

 優男から手を離し、本格的にウェイルを脅迫してきた。

 しかしウェイルは全く怯まない。むしろやれやれと呆れている。

 鑑定士にとって、この手の脅迫は日常茶飯事だ。

 鑑定結果が芳しくなかった鑑定依頼者の大半が、このような態度をとってくるからだ。


「どう見ても本物の壺を贋作と言い張り、取引を破談させて違約金を搾取する。そんな詐欺集団が最近巷を賑わせていると聞いた。なんだか今の状況と瓜二つだな?」

「な、何が言いたい!?」

「お前さん、その詐欺集団の一味なんだろ? そいつらにはな、共通の刺青(タトゥー)があるそうだ。(ワシ)を模った刺青が、右肩に――な?」


 ウェイルは掴んでいた大男の服をグッと引っ張り、無理やり肩を露出させた。


 予想は――まさに的中。


 大男の肩には、バッチリと鷲を象った刺青が刻み込まれていた。


「決まりだな。詐欺の現行犯で逮捕する」

「……チッ、バレちまったなら仕方ない……!!」


 大男は壺を抱くと、その体格に似合わず素早く走り出した。


「おいおい、ここは走る汽車の中だぞ? どうやって逃げるつもりだよ。素直に捕まってくれないか? 職業柄、お前を逃がすわけにはいかないんだ」

「うるせえ! しかしこいつを持ってきて良かったぜ……!!」


 大男は一定の距離を取ると、右手にしている指輪をこちらに見せつけて来た。


「この指輪が見えるか? こいつは『狐火の揺らめき(フォックス・ライター)』という炎の魔法を扱える神器だ。俺がその気になれば、この車内の乗客は全員消し炭になっちまうぜ?」


 ゆらりと指輪の周囲には陽炎(かげろう)が揺れた。


「つまり何が言いたいんだ?」

「乗客の命が大切なら、このまま俺を逃がせ。駅についた後も治安局には通報するな。簡単だろう?」

「ああ、そうだな。実に簡単だ」

「……聞き分けのいい奴だ。賢い選択だぜ」


 あまりにも素直なウェイルの反応に、大男は油断したのだろう。

 若干指輪に揺らめく魔力が薄まっていた。


「――だがお前をぶちのめす方が、もっと簡単だよ」


 ウェイルはその油断の隙をついて、護身用のナイフを抜くと、大男めがけて投げつけた。

 ナイフは真っ直ぐ空を切り、大男の服に刺さって、そのまま壁に突き立てられる。

 深く刺さったナイフは、大男が少々服を引っ張ったところで抜けることはない。


「テ、テメェ!! この神器が見えねーのか!?」

「――しっかり見えてるさ」


 ――大男がナイフに気を取られた直後、すでに彼の目前にはウェイルの姿があった。


「そいつは没収だ」

「――なっ!?」


 炎が一瞬だけ揺らめいたが、それが燃え盛る前にウェイルは大男の指をへし折った。


「ぐあああああああああああっ!?」


 男が痛みで悶絶している間に、指輪を奪い取る。


「壺を返して自首しろ。そうすればこれ以上怪我を負わなくて済む。もう武器になる神器は持っていないんだろ? 勝ち目のない戦はするな」

「クソがあぁぁ!!」


 男はもう逃げられないと判断したのか、ウェイルの忠告を無視してナイフの刺さった服を破り去り、壺を床に置くと態勢を整えた。


「勝ち目がないだと!? お前みたいなチビにこの俺が負けるわけがねぇ!! 指一本くらいで勝った気になるなよ!! 次はこうはいかねぇ!! この場でお前を始末して壺を持ち帰ればいいだけのことよ!!」


 大男はナイフを抜いて、豪快に怒鳴りながら襲い掛かってきた。


「……俺は優雅な汽車の旅を楽しみたかっただけなんだがなぁ……」


 ウェイルはギリギリまでナイフを引き寄せると、スッと身を翻し、カウンター気味に右拳を男の鳩尾に叩き込んだ。


「ふぐっ……!!」

「残念。もう一つ怪我したな。おまけにもう一発だ」


 続けざまに鳩尾に追撃を加える。

 大男は身体を()の字に歪めた後、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。


「ふぅ。これで少しは静かになるか」

 

 大男が倒れたのを見て、見守っていた乗客達から歓声が上がる。

 その歓声に遠慮がちに手を挙げて応えつつ、壺を拾って優男に手渡してやった。


「ほらよ」

「あ、ありがとうございます! おかげで助かりました!」


 白髪の優男は、深々と頭を下げてきた。


「気にしないでくれ。これも仕事のうちだからな。お前さんに怪我がなさそうで良かった。あの男は次の駅に着いたら治安局に突き出しておくよ」


 大男が自ら破った服を用いて、両手を縛り拘束する。

 詐欺の現行犯逮捕。

 これも鑑定士の職務の一つだ。 


「いえ、そこまでしてもらうわけには……。治安局へは私が行きますので」

「別にいいんだ。丁度次の都市『サスデルセル』で仕事があるからな。それに今言ったように、これは俺の仕事なんだ」

「仕事ですか? そういえば先程の素晴らしい鑑定といい、身のこなしといい……貴方は一体何者なんですか?」


 優男の問いに、ウェイルはいつも通りの自己紹介をした。


「――俺はプロ鑑定士(プロアプレイザー)のウェイルという。よろしくな」


 ――プロ鑑定士の存在は、このアレクアテナ大陸に平穏をもたらしていた。




もしよろしければ、お気に入り登録や感想、評価ポイントをいただければ幸いです。

今後ともご愛読、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 贋作を信じ込んだ世界=経済崩壊 という視点が、身近に感じる世界観で、話に引き込まれるところが、良いかと思います。 また、ストーリーも読解力の低い、私でも、比較的、分かりやすく、読みやすく…
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