選択の来訪
郵便配達人がブザーを鳴らす。僕は「いない」とささやいた。
僕の右肩に妻の長くて赤い爪がくいこむ。「気を付けて」
妻の指を肩から剥がし、僕はそれにキスをした。
「エリックさん、エリックさん。速達です」
「受け取れない」と僕はいった。
「受け取らないと、ずっとそこから出られませんよ」彼はいう。扉越しから、冷静に。
「出なくたっていいわ」妻はいう。そしてついに泣き始める。
「出なくたって、どうだっていいわ。私とあなたと、ここでずっと生きていたらいいのよ」
僕はぐっと下唇を噛み、扉の前の気配と会話した。郵便配達人は、辛抱強く、無言でそこから動かない。
「……分かったよ。僕は中身を確かめる」
「あなた」妻が小さな悲鳴をこぼした。
「結構」扉の向こうで、彼が帽子のつばを持ち、かぶり直しているのが伺えた。
「これで宙ぶらりんな世界から、次の世界へいけますね。
先へのパスポートがあるのに、その先の世界への恐怖から申し立てを拒否するのはナンセンスです」
僕はつぶやく。
「あいにく、僕はそんなに強くなかったんだ」
「それが人です」彼はいった。「人ってのはそういうもんです」
扉の隣の牛乳ビン受けから、彼の指先がすっと覗いた。僕と妻のいるこの部屋からでも、真白の手袋をはめた、彼の指先がはっきりと見えた。
その手の、二本の指先の間で、封筒がゆらゆらと揺れている。僕は扉に近づいた。
そしてそれを受け取った。
牛乳ビン受けから伸びている長い指が、僕に話しかける。そして間もなく、それは扉の外に引っ込んだ。
郵便配達人は遠ざかっていった。とんとんと彼が階段を降りていくのが聞こえた。
僕は扉に鍵がかかっていなかった事を確認し、妻の方へ顔を向けた。
妻は目をむいて、真っ赤なルージュを塗った唇で、真っ赤な爪を噛んでいた。
指先はいった。
「そうそう、手紙は一人分だけです。どちらが開くか、お二人でじっくり考えてください」と。