第八話 集う(へっぽこな)仲間達
アスタロトが言っていた迷宮とやらは、聖王国の近くに現れた。
現れたと言うか、アスタロトがこれ見よがしに、聖王国近辺に迷宮へ続く門を開いたのである。
俺のスマホがアプリを更新したところ、魔力チェッカーなるアプリがインストールされていたので使ってみた。すると、この門からとんでもない量の魔力を検知したと言う訳である。
他、グググールのストリートビューがパワーアップしている。ダンジョンビューだと。便利だなあ。
……というわけで、聖王国の優秀な人材を集めてのダンジョンアタックとなるわけである。
アイオン配下の有能な騎士達と、斥候を担当する軽装騎士、宮廷魔術師などが参加したわけだが……足を一歩踏み出した瞬間に、迷宮がゴゴゴゴゴ、と鳴動を始めたので、こりゃいかんとばかりに撤退した。
続いて、聖王国が雇っている傭兵達の中から、それなりに戦える戦士と野伏、魔術師を雇ってみたのだが……またも一歩目で迷宮がゴゴゴゴ、と言い始めた。
聖王女、アイオン、ジャスティーン、その他聖王国重鎮達が途方にくれる。
これは恐らくアスタロト渾身の意地悪なのだろう。
ちょっと有能だともうアウトなのだ。
人材が見当たらず、首脳陣は苦悩し始めた。
ちなみに、俺とアイナはスルッと入れる。
俺達くらい無能でなければならないのだ。
「では、少々これはいかがなものかと思うのですが」
アイオンが推薦したのは、昨日こそ泥で掴まった、手先が器用なスラム出身の娘だった。
自称盗賊だが、明らかに専門的な教育は受けておらず、見よう見まねの素人に毛が生えたレベル。
名前はニナ。
「むむむ、俺も、こやつはどうかと思うのだが……」
ジャスティーンが紹介したのは魔術師の少女。この世界では珍しいメガネをかけているから、どうやらメガネを買える位の資産のある家の出らしい。
口癖は、「私の理論では」「理論は完璧です」ということで、実践はもう素人に毛が生えたレベル。
名前はセレーネ。
「私も……彼女を出すのは心苦しいのですが」
聖王女が連れてきたのは、彼女の護衛の中でも最弱の一人。
この世界で、人間に敵対する人型種族、亜人の中でも特に弱めなゴブリンと、一対一で戦ってまず負ける騎士見習いの少女。
装備はいいのに、戦う時は常に腰が引けていて、打ち込みはもう素人に毛が生えたレベル。
名前はクリス。
この三人が俺とアイナの元に集まったのである。
うわあ! これはひどい!
「ふっ、あたいがニナだよ。賢者セブン、あんたは泥舟に乗った気分でいて欲しいね!」
明らかに誤用だけどでも正しい意味で泥舟だろうなあ。
「ふふふ、私に目をつけた慧眼、流石は話題の賢者セブン様ですね。大丈夫、私の魔法理論は完璧ですよ」
理論だけなー。
「ふえええ、じ、実戦ですかあ!? お父様からは嫁入り前の形だけのお仕えだって聞いてたのにぃ」
こいつはやる気もないぞ!
そして、俺はと言うと、年頃の女子三人に囲まれて、緊張で言葉も発せ無い。
ということで、アイナにぼそぼそとメッセージを伝え、通訳担当である彼女が我がパーティメンバーに言葉を告げる。
「よくぞ集まってくれました。これから私達は、黒貴族アスタロトが大賢者セブンを葬るための罠を仕掛けた死の迷宮に挑みます。生きて帰れる保証はありませんし、むしろ多分死ぬ確率のほうが非常に高いですが頑張りましょ……ああああ三人とも逃げないでええ!」
思わず顔色を変えて逃げ出した三人を、ジャスティーンがまとめて抱えて連れて来た。
「お前ら、逃げたら国家反逆罪だからな」
「逃げたら諸君の首も飛ぶし、家族も路頭に迷うと思いたまえ」
ジャスティーンとアイオンの言葉に、少女たちは必死になって罵倒の言葉を発した。
「鬼っ! 悪魔っ!」
「女の敵っ! セクハラ魔人!」
「えーと、ば、ばかー!」
とまあ、これで、戦士、盗賊、魔術師、そして司令塔である俺と、通訳であるメイドが揃ったわけだ。
五人で迷宮の扉をくぐっても、うん、何も言わない。
極めて安全に潜れるようだ。
このパーティーはアスタロトお墨付きの無能っぷりらしいな。
だって俺も帰りたいレベルだもん。
「あああ、あたい、暗くて狭いの苦手で……」
おいシーフ。
とりあえず、聖王国から貸し出された魔法のランタンをセレーネが起動させる。
なかなか明るい。
光源の足しに、俺も簡易ライトアプリを起動。画面をピカッと明るくしたら、ランタンより明るいでやんの。
三人娘が驚愕の表情で俺のスマホを見る。
「こ、これが賢者の力なのですね……」
明かりの魔術も使えないセレーネが呟いた。いやあ、君がへっぽこなだけだと思う。
少し進むと、早速モンスター登場である。
こっちでは魔物と言うんだったっけ。
俺も悪魔以外では初めて見るんだが、スケルトンと言う奴だろうか。
「きゃあああああああああああああ!!」
クリスが絶叫を上げた。
「ひいいいいいいい!!」
「ああああああああ!!」
「ぎゃああああああ!!」
「ひえええええええ!!」
アイナ、俺、ニナ、セレーネの順番に恐怖で叫んだ。
骨が、骨が動いてる! いや、それはいい。むしろアスタロトとかの威圧感に比べるとそこまでじゃない。
とりあえずクリスの絶叫が一番怖い。
俺はゆっくりボイスを入力して指示を出した。
『くりすサン、トリアエズ行ッテミヨウ』
「いやああああ、不気味な声が私の名前を呼んだああ」
「落ち着いてください、あれは賢者様の声を出す魔術です」
「えっ、そうなんですか! だったら賢者様かセレーネさんが魔術でやっつければ」
話を振られたセレーネがそっぽを向いて口笛を吹き始めた、吹けてない。
うん、攻撃魔術使えないんだな、お前。
「ちょちょちょぉ! そんなことしてる場合じゃないってぇ! 骨がくるよぉ!!」
ニナが今にも漏らしそうな顔をして俺の袖にしがみついてくる。
こいつはパーティの中だと一番小柄で幼児体型だが、なかなかコケティッシュな魅力がある子だ。おじさんこういう子も好きだぞ。結婚したい。
だが俺にスケルトンの事を訴えられても仕方ない。
そもそもこのパーティに神官とか僧侶を入れてきてないね! 何故かメイドとかいるからね!
「セブン様、ここはセブン様のパワーでガーンとやるしかないですよ!」
何故か自信満々でアイナがスケルトンを指差した。
その指先を、スケルトンが振り回した剣が掠めたので、
「ひい」
とか言ってアイナが腰を抜かす。
漏らすなよ! まだ迷宮の序盤の序盤なんだからな!
「そ、そ、そ、それじゃ、お、お、俺が、その、やる」
俺は必死にそれだけ搾り出す。こんなに女子がいる空間だと、嬉しい事は嬉しいのだが緊張で手汗が凄い。おじさん臭で嫌われたりしないかドキドキだ。
それはともかく、俺は気休めに、般若心経アプリを起動する。
ただただ、般若心経をゆっくりボイスで読むだけのアプリだ。以前エナジードリンクをがぶ飲みして、カフェイン酔いした頭でカッとなって入れた奴だ。正直これはいらなかったと思っている。
だが、流れ出す般若心経。
その途端に、スケルトンは頭を抑えてうずくまったではないか。
効いてる!! 超効いてるよ!!
「すげえ!!」
「凄いです賢者様!」
「賢者さんすげえ!」
「賢者様一体何を!?」
「賢者様すごーい!」
頭を抱えてブルブル震えるスケルトンを囲んで、俺達は凄いコールを連発。
しばらくしてそれだけだとスケルトンを倒せないのではないかと気付いた俺達は、みんなで武器を抜いてスケルトンをタコ殴りにした。
勝利である。
ダンジョンに、我がへっぽこパーティは見事第一歩を記したのであった。