第五話 歴史を紐解けば~
俺は今、この世界の文字を覚えるべく猛勉強中である。
何せ、俺はコミュ障であり、専属メイドのアイナ以外にはまともに会話する事も出来ない。
この状況で俺が他人に意思を伝えるには、常にアイナがいなければならないわけだ。だがそれは困る。
アイオンの奴が、
「お前は有用な能力を持っている。近いうちに戦場に出てもらうことになるし、迷宮が発生した場合は力を借りる事になるだろう」
とか言っていやがった。
どちらも非常に危険な場所らしく、俺の通訳以外に何も能力がないアイナは行けばまあ120%くらいの確率で死ぬそうな。やべえ。それじゃあ俺は240%死ぬじゃねえか。身代わり人形使ってもオーバーキルだよ!! あ、身代わり人形は一度に一つしか装備できないし、効果を発揮しないらしいぜ。しかも装備する時点で俺の髪の毛を入れるんだが、その人形が存在している限り新しい人形に髪の毛を入れても効果は無いんだと。
使えねえ!
……と言う訳で、戦場や迷宮にはアイナ無しで行くわけで、俺は意思疎通の手段が必要なのだ。
そこで筆談ですよ……!!
俺のスマホは日本語で表示されるし、頑張っても英語だ。
この世界の言語ではないので誰もスマホに表示された文字を読み取る事ができず、よって単純な操作以外行う事はできない。
それに、ちょいと試してみたんだが……。
「セブン様ぁー! 100メートルも離れたらスマホが光らなくなっちゃいましたあ!」
あれは俺から離れると効果を失うらしい。
俺専用アイテムと言うわけだな。
それから、俺もスマホから100メートル離れると不安で堪らなくなる。無くしたらどうしよう!
……ってなわけで、俺は今万が一のための勉強をしている。
エルベリアのグレートホーリーには巨大な図書館が隣接していて、年間に巨額の寄付をした者か、高額の年会費を払う貴族や豪商の図書会員のみが利用できる。
俺は賢者でこの国の賓客と言う扱いなので、特別に利用を許されているのだ。
文字を一つ一つ、スマホのエキサイティング翻訳で訳しながら読み解いて行く。
ちなみに口語は、俺がスマホを手にしている限り自動的に翻訳されるようだ。
実際にスマホから100メートル離れたら、アイナの言葉の意味が分からなくなった。
これも解決せねば。
エルベリアの図書館蔵書には歴史書の類も多い。
この世界は紙を漉く技術が発達しているらしく、それを使って本を作る職人も存在している。
聖王国は千年以上続く伝統ある国なので、この国が所有する歴史書は世界で最も信頼できる歴史が記されている事になるそうだ。
そんな訳で、人間と悪魔との戦いだって記されている訳だ。
こいつを読み解いていくと、一つの推測が浮かび上がる。
それは……。
「こいつら、人間を滅ぼす気なんて全然無いんじゃないか?」
ということだ。
第一次人魔大戦。
ガーデンが下の大地、と呼ばれる場所から分かたれたばかりのころの大きな戦いだ。
この戦いで、人類軍はおよそ一万人の死者を出し、下の大地から来た戦士たちはほとんどが死に絶えたらしい。
ガーデンで生まれた戦士たちはそれなりの数が生き残り、彼等がこの世界の主流となっていく。
第二次人魔大戦。
天の啓示を受けた、聖王女が登場し、彼女が築いた国家、聖王国が台頭した時の戦いだ。
聖王国は残ったもの、聖王女は黒貴族筆頭、ベルゼブブとの戦いで命を落とし、彼女の残した教えも全て失われてしまったと言われている。
現在の聖王国を支配する考え方は、このガーデンに生きる人間達が元々持っていた考え方である。
第三次人魔大戦。
悪魔の側から人の味方になった、黒貴族アスモデウスが、人間に悪魔の技を授けた事から始まった戦い。
この戦いで、人間たちの中からは常軌を逸した強さを持つ、勇者や英雄と呼ばれる存在が出てくるようになったそうだ。
アスモデウスはこの戦いが終わった後、再び黒貴族に返り咲き、時折人間たちに知識を授けているらしい。
どの戦いでも多くの人間が死んでいる。
人魔大戦は第十三次まで続いているが、その戦いの中で、人間たちは徐々に進化して行っていた。
外部の人間や思想を排除し、恐らくは、ガーデン外からやって来た何者かの影響を排除し、新しい力を授け、大戦を起こして実戦の場を設け、鍛え、鍛え、鍛え。
これは、人間のブリードだ。
この世界の人間達は、悪魔によって飼われているのだ。
この事実に気づいた時、俺はちょっとゾクゾクッと来た。
まさに暗黒の世界。ちょっと燃えるじゃないか。俺はクトゥルフ神話やディストピアもののSFなんかが好きだし、子供の頃は救いが無いような話もじゃんじゃん溢れてた。
自分がやってきたここは、もしかすると、ちょうどうそういった世界なのかもしれない。
とりあえず重要そうなページは撮影。
パシャッと。
図書館はコーヒーとハーブティが飲み放題だったのでグイグイやってから出てくる。
すると、アイナが外で待っていた。
「セブン様、大変です!」
「どしたの」
俺は気安い返事を返す。
もうアイナとなら日常会話くらい余裕だ。これだけちゃんと話せる異性なんてうちの母ちゃんくらいしかいなかったから、アイナは貴重なのだ。もう結婚するしかないかもしれない。
「黒貴族アスタロトの使いと名乗る者が現れ……会談を持ちかけてきました!」
「なんですと」
「アスタロトが、セブン様の同席を希望したそうで……第十四次人魔大戦の始まりだと言う方もいます! これはセブン様が活躍するチャンスですよ!」
「ちょっと待ってね! それってスケール大き過ぎない!? 最初はほら、近場のダンジョン攻略してレベルを上げて……」
「レベルってなんですか?」
そんな会話をする俺達の背後から、屈強な兵士が現れる。
そしてあの男はもう、見たくも無いけれどしょっちゅう見なくてはいけない顔、騎士団長アイオン。
「事情は理解できているようだな。では、貴殿の顔を借りたい、賢者殿」
奴は不吉な笑みを浮かべたのである。