第三話 体脂肪率15%の罠
大事な賓客として聖王国に招かれた俺だが、気が付けばすっかり要注意人物になってしまっていた。
聖王国の貴人が集まるパーティで、スマホ充電の能力に目覚めたからである。あの能力、効果はめっちゃ地味なくせに見た目が派手過ぎる。
とりあえず、引きこもって何もしなくていい生活は楽なのだが、この世界には娯楽が全く無いので暇な事この上ない。
スマホが無かったらきっと死んでいた。
この暇な時間にスマホをいじっていて気付いたのだが、こちらの世界はネットが繋がっているのだ。
いや、この世界にインターネットがある訳ではないのだが。
俺のスマホは、ニュースまとめサイトに接続して、現実世界で今何が起こっているかを知ることが出来た。
俺がいなくなってしまった事で事件になっているのではと思ったが、別にそんな事はなかった。
考えてみれば友達もいない。問題にしているのは俺の会社くらいのものだろう。
もうこっちの世界に四日くらいいるので、無断欠勤四日目だ。これはクビ間違いなしですわー。
俺は現実逃避に、ニュースサイトにアクセスし、可愛いハムスターのjpeg画像など見つつ癒されている。
すると、ニュッと横から赤毛が覗き込んでくるではないか。
「うわー! 板の中にネズミがいますね! こんな毛並みのいい可愛いネズミ見たこと無いです!」
俺に唯一接触を許されている専属メイドのアイナである。
癒される。
「は、ハムスターって言うんだよ」
「ハムスター!! 賢者様はこんな未知のネズミのこともお詳しいのですね!」
「ま、まあね」
食事を運んできてくれたらしいアイナだが、すっかり俺のスマホが映し出すハムスターに夢中である。
彼女はこうやって、俺のパンツの替えから食事の世話までいやな顔一つせずやってくれる。
なんで俺のようなコミュ障にそこまで優しくするのか聞いてみた。
質問の形になるまで三十分くらいかかったが聞いてみた。すると彼女は、
「賢者様と話してると、出来の悪い弟が出来たみたいで放っておけなくて」
君の二倍以上生きてる俺は出来の悪い弟ですか。そうですか。
俺はアイナにスマホを貸すと、とりあえず食事をする事にした。
白いパンとシチューと焼いた肉と豆を煮た奴である。
味は塩と酢。
まずくはない、まずくはないが……。
「あれっ、賢者様、板の上のほうに変な表示が出ましたよ!」
「それ、板じゃなくてスマホって言うんだよ」
「スマホですか! スマホの上のほうに変な表示が出ましたよ、賢者様!」
変な表示? よっぽど大事な事なのだろう。アイナが二回繰り返して言うだけの事なのだ。
俺は渾身の勇気を振り絞り、アイナの脇からスマホを覗き込んだ。
ひょお! アイナの鼻息が耳に当たる!!
その表示と言うのは、アプリの更新情報だった。
こんな異世界なのに電波状態はいいらしい。
俺はアプリ更新を始める。
健康アプリが更新を終える。『体脂肪検査がバージョンアップしました!』
おお、なんか使いどころが無い奴が入った。
どうやら撮影した相手の体脂肪をざっと測るらしい。
「アイナ、と、撮っていいかな」
「はい!」
アイナが目元で横向きのピースサインをした。可愛い。
俺はパシャッと撮影すると、アプリで体脂肪を検索。ほう……ほうほう、痩せているように見えて、なかなか……。
「賢者様、何を撮影していたんですか?」
「う、うん、これ、撮った人の、脂肪のつき方が、わかるんだけど……」
「きゃーっ!! きゃーっ! きゃー! ダメ! 撮っちゃだめです賢者様!! それは乙女の秘密です!!」
凄い声で叫ばれた。
やばい、デリカシーが無さ過ぎたか! アイナに嫌われる! 嫌われたら死ぬ!
「何だ、何を騒いでいる!!」
乱暴に扉が開かれた。
俺を監視している二名の兵士だ。見るからにガチムチだ。
「もうー、賢者様! それじゃああの人たちも撮ってください!」
「わ、わかったよ、仕方ないなあ……」
俺は乱入してきた兵士達の体脂肪を調べるべく撮影する。
右の兵士……仮にウコンと呼んでおこう。こいつの体脂肪率は……15%! うわ、ガッチガチの筋肉だるまだな!
左の兵士……仮にサコンはっと……体脂肪率……ゼロ!?
「え、え、体脂肪率、ゼロって、マッスル? 普通餓死しちゃうでしょ? 人間じゃない?」
「え?」
俺の言葉に、アイナが首をかしげたときだ。
サコン(仮)がくわっと目を見開いた。
サコン(仮)の手が突然、黒い触手のようなものに変化して、隣にいたウコン(仮)の胴を貫いた。
「ガハァッ!! アーノルド、お前ぇ……!」
ウコン(仮)は口から大量の血を吐いて倒れた。
サコン(仮)改めアーノルドは俺たちにぎょろりと無表情な顔を向ける。
「何故、私の正体が分かった……!」
うわあこいつ本当に人間じゃねえ!!
俺は驚きのあまり、スマホをアーノルドに向けたままもう一回撮影ボタンを押してしまった。
フラッシュが光る。一瞬アーノルドがひるんだ。
写真の中のアーノルドは、既にアーノルドの姿をしていない。真っ黒でのっぺらぼうな顔をした、軟体動物みたいな人間の姿だ。
グググール画像検索! ポチッ!
”ドッペルゲンガー”
「ドッペルゲンガー!!」
「ギギィ!!」
俺が奴の正体を誰何すると、ドッペルゲンガーは両腕を触手のように伸ばして、俺とアイナ目掛けて叩きつけてきた。
「ひいいいいい!」
「きゃああああ!」
俺は必死にアイナの胸を抱きしめて、後ろに転がす。悲鳴を上げながら、アイナは転げて触手の一撃をかわすことに成功したようだ。
もう一本の触手は、俺の股間、息子まであと一センチくらいのところを直撃。
危うく未使用の息子を失うところだった……! 当然漏らした。
もう、俺は習慣のようにツブヤキッターを起動して、
『ヘルプミー!』
『失禁なう』
とフリック入力した。極限状態のせいか、人生で一番フリック入力が速いぞ!!
すると、次の瞬間、俺のフォロワーが一名増えた。
『騎士団長アイオン様があなたをフォローしました』
「せええええええいっ!!」
疾走してきた初老の男が、駆け寄りざまに剣を抜刀。
背後からドッペルゲンガーを切り裂いた。
一撃では浅い。この悪魔を倒すには至らないようだ。だが、即座にアイオンは剣を切り返した。真横からの強烈な斬撃が、この無貌の悪魔の首を跳ね飛ばす。
ドッペルゲンガーはどこから出しているのか、身の毛のよだつような絶叫を上げると、しゅうしゅうと溶けて行ってしまった。
アイオンは剣を振り、刃に付着した緑色の体液を落とすと、静かに鞘に収めた。
「まさか、我が手の者に悪魔が化けているとは……良くぞ見破る事ができたな」
彼は鋭い目で、腰を抜かしてがに股でへたり込む俺を見た。
だが、その視線に敵意は無い。
「そ、そうなんです! 賢者様は凄いんです!!」
アイナがフォローする。
俺が、変身悪魔ドッペルゲンガーを見破ったとの報が、城内を駆け巡るのである。
もちろん七郎はこのパンツもアイナに替えてもらうわけで既に二回アイナにフリチンを見られているわけである。




