第一話 異世界のパンツは硬い
「賢者様、どうぞ足をお通しください」
「あ、はははっはは、はい」
素朴な感じの赤毛のメイドが手にしたパンツに、俺は足を通した。
魔法が使えるようなこの年齢になって、うら若き乙女にパンツを穿かせてもらう事になるなんて……!!
俺は興奮した。
パンツがごわごわしてて非常に加減が良くなかったので、エキサイトしかけた俺の息子はすぐにサイレントモードになった。
俺とジャスティーンを迎え入れた軍隊は、帰途についたようだった。
向かうのは聖王国エルベリア。
聖王女セシリアを擁する、人類世界の中心である。
俺には専属のメイドがつけられた。アイナと言うらしい赤毛の彼女は、美人過ぎず、背は低めで体型は貧相。実に手が届きそうな身近感を感じる気立てのいい娘で結婚したい。
彼女は、コミュ障過ぎて女子と(男ともなのだが)まともに会話できない俺の言葉を、なんとなくニュアンスから読み取って大体間違ってない対応をするという、稀有な才能があった。本人曰く、取り立てて出来るほうのメイドではないらしいが、相手に不快感を与えない事にかけてはセシリアお墨付きだとの事。
彼女は今回の軍隊に、セシリア付きのメイドの末席として参加していた。
一緒にいる時間が長いのだが、俺は女子と一緒にいると挙動不審になるので、俺だけ特別に部屋みたいなのを作ってもらい、馬車に運んでもらっている。
アイナは外に控えている。
暇つぶしに、彼女にこの世界の様子を聞いた。
勿論普通に聞くことは出来ないので、自動音声アプリで声を入力して聞いた。
凄く気持ち悪がられた。
ゆっくりボイスはやっぱりダメか。
この世界は、神々の箱庭『ガーデン』と呼ばれる世界。
人類は、世界に蔓延る悪魔と呼ばれる存在と戦い続けており、人間同士の足の引っ張り合いもあり、非常にギスギスとした中世暗黒時代めいた世界なのだそうだ。
悪魔たちはそれぞれ、弱い奴から強い奴までいて、一番強い奴は黒貴族と呼ばれる八人の悪魔らしい。
そう言えば、ジャスティーンはアスタロトに封印されたと言っていたが、アスタロトと言えば俺の世界でも聞いたことがある悪魔の名前である。
具体的には俺が遊んでいたスマホゲーで最近ゲットした強い悪魔のカードだ。
もしやこの世界は、俺が遊んでいたスマホゲーの世界……!? とか思ったけどそんな事はなかった。
グググールでググってみると、ヨハネ黙示録に出てくる教養のある悪魔なんだと。大公爵様って、偉そうだなおい。
俺はこの得た知識をアイナにひけらかしたかったが、口を開くと凄くどもるし緊張するのでやめた。
異世界の食事は不味かった。
塩味しかしないです!
「賢者様、もう召し上がられないのですか?」
「う、う、うん」
「お体でも悪いのですか?」
「ち、ち、ちが、ちがくて」
「ああ、お味がお気に召さないのですね。どうしても、行軍中は保存食になってしまいますから……それでは、この干した果物はどうでしょう」
わあい、ドライフルーツだ! 七郎ドライフルーツだいすき!
俺がもっちゃもっちゃと幸せそうにドライフルーツを食べ始めると、アイナは優しく微笑んだ。
もう、あれですよ。
俺はすぐに女の子を好きになる自信があるけど、こんな距離で俺に向けて微笑まれたりは生まれて初めてですわ。
惚れましたわー。
ということで、スマホでパシャリ。
「きゃっ、な、何をなさったのです!?」
しまった!!
無許可で女子を撮影したら痴漢でつかまる! ネットに晒されて社会生命終わる!
俺はガタガタ震えた。だが我ながらアイナたんは良く撮れている。三次元に目覚めそうだ。
「まあ、私の姿が小さな板の中に……!」
「ひゃん!」
アイナが覗き込んできたので俺の心臓が止まるかと思った! こんなに女子が近いなんて生まれて初めて!! 思わず甲高い悲鳴を上げてしまったら、アイナたんはびっくりしてまた離れた。
「も、申し訳ございません。驚かせてしまったみたいで……でも、凄い魔術ですね! 人の似姿を写し取るなんて……。それも、詠唱も無しに一瞬で……! これは呪術に使われるのですか?」
恐る恐る、と言う感じで用途を聞いてきた。
そんな、この写真を恐ろしい用途に使うなんてとんでもない! 使うのはもっと別の用途ですよ! 夜とかに。
「つか、つかわ……なびぶぶ」
「ああ良かった。ですけど、今度似姿を作られる時は一声かけてくださいね」
「あい」
後で年齢を聞いたら成人したばかりで十五歳だというから、半分以下の年齢の女の子に俺は叱られたわけだ。でも癖になりそう。
「それから、私には緊張しないでいいですからね。ゆっくりでもいいから、落ち着いて喋ってくださいね」
「はい」
アイナたん超優しい。
好きになりそうだ。
「すっかり打ち解けたようですね」
澄んだ鈴の音を思わせる美しい声がした。
アイナがサッと横に控える。
ああっ、あなたはーっ!
聖王女セシリア様の登場である。
彼女はいつものような微笑を浮かべつつ、護衛の屈強な戦士を控えさせ、俺の個室に足を踏み入れる。
「じき、聖王国へ到着いたします。早馬で賢者様降臨の知らせは、国中に届いておりますわ。私どもの歓待をお受けいただけますでしょうか」
「ひゃ、ひゃいっ」
「良かった。わが国の勇者ジャスティーンをお救い下さった賢者様に失礼無きよう、最高のもてなしを致しますね」
彼女は去っていった。
あれはやばいね。現れるだけで空気が変わる。
なんか聖なるオーラとか纏ってるんじゃないか。聖王女っていうのに戦場に出てるわけだから、多分彼女はあれだよ。聖なる魔法を使える。
『聖なる魔法』でググって見る。検索結果ゼロ件。違う名前っぽい。”もしかして機能”はまだ搭載されてないんだろうか。
かくして、俺は聖王国入りする事になる。
なんか俺が知らないところで、歴史は確かに動き出していたんである。