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第十二話 千里眼のエドガー

「私やれましたあ! セブン様のおかげです!」


 クリスがぎゅーっと抱きついてきた。もう、もうね、とにかく凄いボリュームだ。

 俺は窒息するかと思った。だがここで窒息死するなら男として本望では無いだろうか。ああ、もうこのむちむちしたのと結婚したい。


 足元に散らばった竜骨兵は、まだ部分部分がカチャカチャ動いているものの、両腕をバラバラにされて頭まで吹き飛ばされて、元に戻るのはかなり時間がかかるだろう。

 余裕があればみんなで降りていって粉々にするところだが、今は時間が惜しい。

 何せこの迷路の先には、大きな部屋一つしか無いのだ。

 どうやらゴール地点らしい。


 俺がクリスに抱きつかれてぐったりしていると、後ろで咳払いが聞こえた。

 クリスがキャッと言って俺から離れる。ちょっと勿体無いが命拾いした。

 とても怖い顔をしてアイナが立っている。


「クリスさんー! 淑女は慎みと言うものを持つべきです! 特にあなたは未婚の女性なんだからー!」

「そ、それなら私は、セブン様の妻になりますう!」

「な、なにーっ!!」

「な、なんですってーっ!!」

「な、なんだってーっ!!」


 アイナがガーンとした顔で叫んだ。

 アイナだけではない。セレーネとニナも叫んだ。

 あ、これ間違いなくモテ期だわ。


「だってだって、セブン様は今までダメダメだった私に、今までの成果を発揮する機会を与えてくださったのですう! これは大きなご恩なんですよお!」

「私だって約束の指輪で、最後に選んでねって約束したのよ!」

「わ、私はセブン様の筆頭助手でいいです」

「あ、あたいはそこまで将来のこと考えてないや……」


 俺のために争うのはやめるんだ!

 なんて言えればいいんだが、実際は口をパクパクさせるだけの俺である。

 それでもなんとか、これだけ搾り出した。


「み、みんな仲良く、な?」

「はい!」

「はーい!」

「はい」

「はいよ!」


 まとまった。

 あれっ、俺もしかして凄い? 凄いんじゃね?

 俺の人生、これほどまでに人に注目され、大事にされる事などなかった。

 いつも脇役か、キモいアンタッチャブルな奴扱いされてきたのだ。

 しかもうら若き女子が四人である、四人!

 これはね、もう、あれだよ。

 革命。コミュ障革命だよ!

 俺はちょっと調子に乗った。今までの人生で調子に乗った事が無いのだ。今ぐらい乗ってもいいではないか。


 ということで、次の部屋が最後なので、俺達はここで休憩を挟む事にした。

 アイナとニナが食事を用意する。

 保存食なのだが、暖めたり一手間加えるだけで多少食えたものになるのだ。

 干し肉を焼いたり、持ってきた水でスープっぽいものを作ったり。

 女子達が騒がしく会話を始める中、俺はこのチームの中心でありながら何となく入り込めず、無言で干し肉を噛んでる。

 すると、同じように会話に入っていない奴を見つけた。

 セレーネである。


 セレーネはなんだか青い顔をして、胸元を押さえている。

 良く見ると、胸元に羊皮紙が入れてあるようだ。


「ど、ど、どう、したんだ」


 俺はクリスの説得に味を占めて、自分で喋る事にした。

 だが、やっぱりなんか篭ったキモい声が出たので後悔した。

 それでもキモがらないのがセレーネのいいところである。


「セブン様、実は……私は、大きな役目を帯びて皆さんに同行しているんです」


 な、なんだってー! 今明かされる衝撃の事実!

 とか思ったが、大きな役目を帯びる割には魔術全然ダメだったり、戦闘全くダメだったりするよね。


「あの、魔術は使えないんですけども、詠唱の正確さには定評があるんです。発動しないだけで」


 それは使えて無いって言うよね?

 セレーネは胸に抱え込んでいた羊皮紙を俺の前に差し出す。

 そこには、びっしりと呪文らしきものが書き込まれていた。


「私、魔術を使うために必要な魔力がとても少ないんです。だけど、この魔術は詠唱さえ出来れば、僅かな魔力で発動するんです。問題は、この長さなんですけど……」


 俺が翻訳アプリで読み取ったのはこんな内容の呪文。


『円らの淵にて封じられし魂よ

 理由無き封印は汝の安らぎを汚すだろう

 伝承に謳われし力を今解き放ち

 真実の名の下に汝が力を導こう

 例え遮るものが幾千あろうとも

 雄雄しく立つその力を持って

 円らの終わりにて契約は成し遂げられん、封印開放』


 長え!!

 どうやらこれは、封印されている勇者、千里眼のエドガーを解放するための呪文らしいのだ。

 だが、これを最後の部屋で唱える必要があると言うが、間違いなく最後の部屋には敵がいるだろう。

 さっきのスケルトンウォリアーは、スロープ化した階段を利用して倒す事ができたが、今度は相手が待ち構えているわけである。

 とても悠長に呪文を唱える暇があるとは思えない。


「私はこういう呪文を唱えるのは得意なのですが……やはり、そんな時間はないですよね……」


 つまり、これを唱えてエドガーを開放するのが、セレーネに与えられた役割なのだろう。

 役割の困難さと重責に、青ざめていたと言うわけだ。

 ただでさえ細いのに、食事が全然進んでいない。


「しょ、省略、とかは」

「呪文は、それが意味するところを理解して、正しく詠唱できれば、短く出来るとは言われていますが……それが出来るのは、私の師匠のような高位の魔術師でなければ」


 まだ、セレーネには呪文詠唱を省略するほどの力が無いというわけだ。

 それはそうだろう。彼女は魔力が少なくて魔術そのものが殆ど使えないのだ。

 理論だけは完璧と言うのは本当なのだろうが。

 しかし、本当に長い呪文だ。

 これだけ長いと嫌がらせにも感じてくる。発揮したい効果は一つなのに、これを唱えなければその結果が現れない。

 まるで画像を貼りたいのにとんでもなく長いURLをコピペしてしまったときの惨状を連想する。

 これを上手く短縮できれば……短縮……短縮……!?


 俺はこの呪文を撮影すると、とあるサイトを呼び出した。

”URL短縮サービス”。

 それが、今俺の目の前で変容する。

”呪文詠唱短縮サービス”

 やはりいけたか!

 呪文画像を、画面から文字を読み取って入力する。

 文字を学んでおいて良かった。ところどろこ拾える文字がある。

 しかも、変換ソフトがアップデートされ、この世界の言葉を変換できるようになった。

 これを使って、入力した呪文をサービスで短縮する……!!


「セブン様、これは……!」


 画面に現れた文字を、セレーネは信じられないものでも見るかのように見つめていた。

 これこそ、封印開放のための最短の呪文。

 そして、この短縮呪文を、意味を理解しながら詠唱できるのはセレーネだけなのだ。


「分かる……! こんな短い呪文なのに、全ての意味が詰まっている! これなら、出来ます!」

「ああ、やろう……!」

「はい!」


 俺だって、この迷宮に潜ってからかなり成長しているつもりだ。

 何せ、単文節とは言え、女子とちょっと喋れるようになったのだ。アイナは除く。あれは特別だ。

 ニナも、クリスも、セレーネも、自分に出来る事を見つけ、成長していく。

 へっぽこ上等じゃないか。

 俺達はこのへっぽこで、アスタロトのデスダンジョンを攻略する!




 最後の扉が開いた。

 部屋の中心に立つ、絶望そのものが俺たちに笑いかける。


「いよう、お久しぶりだね賢者セブン殿。俺だよ、第十六柱、悪魔騎士ゼパル。正直荒事は好きじゃないんだが苦手でもないんでね。サクサクとおたくらを片付けさせてもらう」


 一見すると、ヤギの角を生やした長身の優男である。今は、赤い衣装と鎧に身を包んでいた。

 そいつが放つプレッシャーは異常だった。何気なく担いだ鎌が、僅かに角度を変えただけで、この広い部屋に殺気が漲る。

 勿論、俺はビビッて声なんか出せなくなって、ちょっと意識が飛びかけた。

 だが、こういう時、機先を制して俺のやりたいことを読み取ってくれる相方がいる。

 アイナは今回も俺の考えを読み取っていた。

 つまり、こいつは俺より先に失神したんである。

 おいいいいいいいいい!!

 俺に全体重を預けてきたんで、俺も巻き込まれて倒れかけた。

 慌ててアイナの頬をぺしぺし叩いて目を覚まさせる。


「あっ、おはようございますセブン様!」


 おかげさまで、俺を縛っていた恐怖がどこかに行ってしまった。


「ど、どれくらい、強い」


 セレーネに聞くと、セレーネはもう血の気が引いて真っ白な顔で、


「名前を持つ悪魔は、七十二柱存在します。黒貴族でもその中に名を連ねる者もありますが、彼等悪魔の力は、最低でも中規模以上の国家一つの軍隊、全てを合わせたのに匹敵すると……」


 ワンマンズアーミーだ!!

 これはもう、あれだね。うん、無理だ。


「セ、セブン様、私が道を切り開きますう!!」


 勇気を振り絞り、クリスが前に出る。


「あ、あたいもやるぜ!!」


 ニナは短剣を構えて、前に進み出て……二人が戦おうとした瞬間、ゼパルが動いた。

 奴の左手の先が一瞬消える。


「あっ……!!」

「がっ……!!」


 クリスとニナが吹き飛んだ。

 二人は、首を小型の鎌で固定される形で、俺達の背後の壁に貼り付けられる。

 ゼパルが鎌を投げつけてきたのだ。それも、手加減してである。


「俺はフェミニストでねえ。俺の能力は、女たちの恋心を燃え上がらせて、関係を成就させる力。同時に、子宝を授からなくしちまう事も出来る。つまり、そいつらは俺の飯の種ってわけだ」


 ニヤリと笑う。

 ゾクリと来た。こいつがネームドの悪魔の本当の力なのだろう。

 ゼパルは本来、戦闘用の力を持つ悪魔ではない。だが、基本的な身体能力だけで、俺達を圧倒する事など容易なのだ。


「はあ、はあ……なんだか……体が、熱いですう……」

「ああっ……セブンの旦那あ……」


 壁に貼り付けられた、二人の様子がおかしい。頬を赤らめ、息を荒くして俺を見ているのだ。

 あの姿は知っている。俺だってそれなりの年齢を重ねた男。エロゲーやアニメや漫画で見た事があるぞ!! 現実には無い。

 彼女たちは、俺への思いを燃え上がらせられているのだ。ゼパルの力によって、思いを操られている。


「この迷宮の中で絆を育んだようだな? 火種がもろに燻ってるもんだから、楽に燃え上がらせることが出来たぜ。さて、次は子を産む力を無くしてやろう」


 なんだって!!

 それはダメだろう!!

 俺は唖然とし、すぐに激怒した。

 いつ出来るか、出来ちゃうかとかハラハラするから、直の行為は燃え上がるんだ!!

 それが出来なくなるだと!? そんな……そんな事は……!


「ゆ”る”さ”ん”!!」


 俺の指は自然と、ゼパルの腕すら上回る速度で画面をフリック入力していた。

 検索するのは……。


「させんよ!」


 ゼパルの鎌が俺に迫る。

 それは俺を殺す一撃だ。だが、こいつは思い違いをしている。

 怒りに震えて俺は立つが、同時に俺はヘタレでもある。

 つまり、お前が殺気を俺に一瞬向けた時点で、……俺の腰は抜けている!

 へなりとへたり込む俺の頭上を、髪の毛を切り落としながら鎌が通過した。

 俺の髪の毛!!


 だが、検索は成った。

 画面がその結果をはじき出す。検索結果は371件。


「アイナ!」

「はい!」


 画面をアイナに向ける。

 彼女は朗々とした声で読み上げた。


「ゼパルは200年前にグレモリーをデートに誘ったけどこっぴどく振られた。グレモリーは当時、ヴェパルと百合な関係で出来ていたのに、情弱乙」

「なん……だと……」


 ゼパルの動きが止まった。


「き、貴様、貴様ああああああ!! 何故、何故それを知っているーーーーー!!」

「ゼパル、色欲の悪魔の集まりで飲み過ぎ、おねしょをする。水の使い手フォカロルに全部びしょびしょにしてもらい、証拠を隠滅」

「やめろっ! やめてくれえええええ!!」


 ゼパルは膝を突き絶叫した。

 しばらく頭を掻き毟り、地面をゴロゴロ転がる。


「セレーネ、今、だっ……!」

「はい!!」


 俺は、あの短縮詠唱呪文を提示する。

 セレーネは正確な発音で、それを読みあげる。


「つ り で し た お つ !! 封印、開放……!!」


 空間から、ピキリと音が漏れた気がした。

 俺達の眼前で、怒りに震えながらゼパルが立ち上がる。


「許さん、許さんぞ人間風情めらが……!! 嬲り殺しは止めだ!! 原形も残さず、切り刻んでくれるわああああっ!!」


 俺は奴の怒りを受けて、半笑いになる。

 誰かが激怒すると、何故か頭がクールになったりするもんだ。

 今が多分そいつだ。

 俺の股間もクールになる。これは漏らした。

 そして、俺はツブヤキッターを起動した。


『封印開放なう』

『失禁にも慣れてきたなう』


 次の瞬間、俺のフォロワーが一人増える。


『千里眼のエドガーさんがあなたをフォローしました』

呪文詠唱短縮は呪文のそれぞれの文節の一文字目を縦読みだったのだった

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