プロローグ~ファースト・フォロワー~
瞳後七郎は仕事帰りの電車でドアの脇に立って目立たないようにしながらカメラを隠してスマホをポチポチやってたら召喚されたのである。
人生において、つねにぼっちであり、友達もいない、彼女もいない、もちろん童貞である俺、瞳後七郎は、唐突に異世界に召喚された。
「あああああああああああああああああああ!!」
俺は恐怖した。
職場と家の往復以外は無理なのだ。突然の異世界! 怖い!
出現したのは一面真っ赤な世界である。
俺を囲むように、コウモリの羽をはやした巨人がたくさんいる。そいつらは俺を見て驚愕しているようだ。
バカやろう、俺のほうがもっと驚愕している。
「ああああああああああああああああああ!!」
失禁どころではなく、尻の方に温かいものを漏らしながら、俺は必死に唯一手にしているスマホをいじる。
その時、ピッカァァァァァァッと眩い輝きが俺の手の中から漏れ出した。
ブゥゥゥゥゥン!
空間を鳴動させるような音を立て、スマホのバイブが起動する。
電波が……通じてる!!
俺は必死になってブラウザを起動し、ブックマークからツブヤキッターを選択。
震える指先でフリック入力した。
『人生の最後なう』
『クソ漏らしなう』
無論、俺のフォロワーはゼロ。今までの呟きは誰にも見られたことなどない。だがその時!
『絶槍武侠ジャスティーンさんがあなたをフォローしました』
と言う文句が流れ、俺のフォロワーが一名増加する。
なんだよこの痛い名前の奴、と絶望の中で嘲笑う俺のHNは『万魔の賢者セブン』だ。
だが、これはただの痛い奴ではなかった。
「はあああああっ!!」
突如、裂帛の気合と共に光の帯が巨人たちを貫いた。
「ギエエエエッ!」
戸惑いを含んだ悲鳴を上げ、巨人たちの一角が崩れる。
姿を現したのは、身長二メートルほどの槍を持った鎧武者。西洋甲冑に身を包んでいる。コスプレか!
「アスタロトめに異空へ飛ばされたときはこれまでかと思ったが、まさか俺と同じように人がやってくるとはな! 万魔の賢者セブン! 貴様の念話、俺の耳に確かに届いたぞ!」
彼は豪快に笑いながら、手にした長さ三メートルはある槍を、軽々と振り回した。
旋風が巨人たちを吹き飛ばし、九つに分身した穂先が無数の巨人たちを貫く。
僅か数刻で、巨人たちは全て地に伏した。
「申し送れたな。俺はジャスティーン。絶槍武侠などと呼ぶものもいる。よろしくな。問題は、この異空からいかにして脱出するかだが……」
「ああああの、あの、ぼぼぼ、ぼく、ぼおぼぼ」
俺は極度の人見知りにしてコミュ障である。初対面でしかもこんなに強くて怖そうな人に普通に話しかけられるわけが無い。
だが、彼の言わんとすることは分かった。
俺は初対面の人間といることでかかる極度のストレスに耐えながら、震える指でグググール検索機能を使用する。
『異空脱出』で検索。
1344件ヒット。
迷い無く、トップのwykiと書かれたところをタッチする。
俺はジャスティーンと目を合わせられないので、指先でその一点を指し示した。
そこだけが淡く光り輝いている。
「そこか!! 確かに、ここだけ魔力の流れが乱れている……! 感謝するぞセブン!」
ジャスティーンがそこを突くと、果たして異空が砕け散った。
俺達は別の世界に投げ出される。
それは、一見して中世ヨーロッパ風の世界だった。
「おお!!」
空間に驚愕の叫びがこだまする。
見渡すほどの鎧姿の軍勢が僕とジャスティーンの目の前に広がっていた。
「まさか、あなたはジャスティーン殿!」
「生きておられたか!」
「かの黒貴族に異空へ封印されていたはず……!」
騎士らしき連中のどよめきの中、一人の女性が歩み出た。
美女である。外人の美女である。
「お帰りなさいませ、勇者が一人、ジャスティーン! 一年ぶりの帰還でございます」
「一年も経っていたのか……。そなたは変わらぬ美しさだな、聖王女セシリア」
ジャスティーンに声を掛けられ、セシリアは微笑んだ。そこだけがパッと輝きを増したように見える。
美しい。好きだ、結婚したい。
「そちらのお方は……?」
やめろ、俺に話を振るな。
「うむ、この男のお陰で、俺は戻ってくる事が出来たのだ。紹介しよう。万魔の賢者セブンだ!」
「おおおおおー!」
「万魔の賢者セブン様! 本当に感謝いたします!」
セシリアが俺の手を握った。
おおおおおおおおお、女子が、女子が俺の手を! あああああああああああもうだめだこの手は一生洗わない!!
「セブン様、世界にはあと五名の勇者がおります。皆、黒貴族の計略によって、異空や迷宮に封じられているのです。黒貴族に抗うには、彼等の力が絶対に必要。ですが、私達には黒貴族の大魔術を破る手立てがございません。これを破れるのは、セブン様だけなのでしょう! これはまさに、天の思し召し……!」
「ああ、あの、あの、そ、そ、そんな、その、たいした、ことないく、て」
「?」
「セシリア、セブンは俺達には分からぬ深遠な言葉を発するのだ。だが、俺達の意志は通じている。最大の礼を持って迎えよう」
ジャスティーンはそう言うと、軍隊に向けて振り向いた。
「皆、よく聞け! これより、我々人間は、あの憎き悪魔どもに反撃の狼煙を上げる! 万魔の賢者セブンを迎えた今、黒貴族の大魔術に抗する事も可能となった! 今こそ絶好の機会ぞ!!」
響き渡る声。
軍隊はどよめき、やがて漣のように声と声が寄り合い、大きなうねりとなる。
それは歓声だった。永きに渡って抑圧されてきた者たちが叫ぶ、解放への渇望なのだ。
多分そう。俺が読んできたラノベとかネット小説だとそうだもん。
かくして、万魔の賢者セブンの伝説が始まったり始まらなかったりする。
とりあえずパンツ変えたい。




