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『嵐が丘』をもういちど

作者: 山野穴太

入学というテーマの短い駄文でございます。

「私、先輩とは結婚したくない」

 彼女は、そういえばこんな事を言っていた。

「だって、私と先輩じゃなんかつりあわないし」

 僕はあっけにとられた。こうして正式にお付き合いしているのだし、正直、彼女とつりあわないのは僕の方だと常々思っていたから。

「先輩はもっときれいな女の人と結婚して、それでいつか私の目の前に突然現れて、これが僕の子供ですって紹介してくれて、私はわあかわいい、先輩にそっくりって言って、それでとても幸せな気持ちになるの」

 いやいや何を言ってるんだ、と僕は思った。もしかしたら遠回しの別れの言葉なのか? そうも思ったが違うらしい。

「なんで? 別に僕と結婚しても良いんだよ。なんでそんな事思うのかわかんない」

 彼女はふるふると首を振った。

「結婚しない」

 そう言った。

 これがおよそ15年前。

 数年して僕らは別々の道を選んだ。


 こんな出来事をふと思い出したのは、自分の娘が一年生になるので妻と共にやってきた入学式の会場で誰かが「お嬢さん、お父さんにそっくりですね」とかそんな事を言ったからだ。確かに妻には似ていない。娘の大きくて切れ長の一重まぶたは僕のものだ。僕はこの目がひそかに気に入っている。妻がきれいかどうかなんてことは言えないが、僕の方に似てくれてまあ良かったかな、と自負している。妻には言えないが。

 わざわざ受験させて遠方の小学校に入学させたので、周りに知り合いは誰もいない。娘にとっても友達は誰一人いないわけである。ちょっと寂しい入学式だ。僕も妻も娘の引っ込み思案を懸念する。こんなところまで僕に似てくれる必要はなかったのに。


 いつでも探しているよ、どっかに君の姿を


 さっきから僕の頭の中で山崎まさよしが歌っていてうんざりだ。

 正直言えば、別れた後も、今の妻と出会ってからも、そして結婚した後も、ふと彼女の面影をどこかに探している。別に未練があるとか、まだ忘れられないとか、多分そういうのじゃない。と、思う。けど、頼りなかった彼女がいい大人になって、どういう生活をして、どういう恋愛をして、どういう奴と結婚するのか、それがなんとなく気になるのだ。

 僕はもういいおっさんになっている。ので、彼女もいいおばさんになっている事だろう。もしかしたら再会してもお互いの顔すら分からないかもしれない。ひょっとしたらもう再会していて、それに気づいていないだけかもしれない。


「そちらの息子さんはお母さん似……ですかね?」

 僕は話しかけてきたお母さんにそう言葉を返した。

「そう思いますか?」

 そのお母さんは独特の優しい声で答えた。

「さあ?」

 僕は別に口からでまかせを言ったつもりはないけど、なんとなくやましい気がして言葉を濁した。

「同じクラスみたいですね、うちの息子とお嬢さん」

「え? そうですか」

「さきほど、同じ教室で見かけましたよ?」

 全く気づかなかった。というかそんなに他のお母さんをじろじろ見るなんてできません。

「気づきませんでした?」

「気づきませんでした」

 夫らしき人がそのお母さんに帰宅を促し、その会話はそれっきり打ち切った。


「さっきのお母さん、知り合いなの?」

 帰宅の途中で妻が尋ねた。

「え、違うよ」

 僕は答えた。


エミリ・ブロンテの『嵐が丘』は、いったい何回読み返したことでしょう。

何度読んでも涙を禁じえないのです。

別に作者はヒースクリフじゃないし、

待っているキャサリンもいないのにね。

でもきっと世の中には『嵐が丘』みたいな悲劇は

稀かもしれないけどあると思うんです。

自分がそういうのに出くわしたら、

まあ運命なんてものをちょっと位は信じてみる気になっても

いいかもしれないです。

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