第6話
4月上旬、今日は入学式。
桜が満開の道を、あたしは1人で歩いている。
1時間早く高校へ来るよう、学園から連絡があったからだ。
なんでも大切な話があるそうだ。
本当はゆきと一緒に行きたかったけど、1時間も待たせるなんて申し訳ないからね。
あたしの正体が発覚してからは特に何事もなく過ぎた。
ゆきはあれから一度も襲われてない。
あたしの方はどうかというと、強烈な喉の渇きに襲われることも、周りの人から怪しまれることもなく、無事に中学を卒業出来た。
ただし、今までと何もかもが一緒という訳にはいかなかった。
なんといっても、朝が辛い。
おかげで寝坊が増えてしまった。
それに、五感が鋭くなった気がする。
特に視覚、聴覚、嗅覚が研ぎ澄まされている。
「しょうがないじゃん、もともと狩りして生きてきた種族だし」
お兄ちゃんは笑ってそう言ったが、やっぱり人間じゃないんだって自覚させられる。
母さんに、日下部学園に行くことを伝えたときは、
「あら、高校決まったの。おめでとう。」
と、嬉しそうだった。
「大変なことがあると思うけど、華音ちゃんなら乗り越えられるわ。いざとなったら奏多もいるし、私の友人も教師として働いているから大丈夫。」
どうやら母さんはあっち側のこともよく知っているらしい。
ちょっとほっとした。
そんなことを考えている間に日下部学園の正門前に到着した。
門をくぐった先には、桜並木が校舎の前まで続いていた。
確か、待ち合わせは高等部の昇降口前だったよね?
「高等部」
と書かれた矢印を頼りに、どんどん奥へ進んでいく。
校舎が木々の間から見えるようになった辺りで、
ザァァァー
突風が吹いた。
桜の花びらが一気に舞い上がる。
えっ?
風と共に流れてきたのは……
雪の匂いだった。
鼻の奥がツンとするようなあの独特の感じ。
自然と匂いの元へ視線が移動する。
周りの木より一回り大きな桜の木の上を見ると、男の子が目を閉じて、幹にもたれ掛かっていた。
すっと目が開いて、視線がぶつかる。
「っ……?」
背筋に冷たいものが走る。
何でか分からない。
でも本能が逃げろって言っている。
ジリジリっと数歩下がる。
その様子をじっと見ていた彼はふっと溜息を吐くと、木から飛び降りた。
すたっと、綺麗なフォームで着地した。
そしてあたしに近づいて一言。
「おまえ、臭い」
言い終わるや否や、そのまま何処かへ行ってしまった。
はい?
一瞬、何て言われたのか理解できなかった。
でも、じわじわと言葉が脳みそに染み込んできて……
あたしは怒りを爆発させる。
「なんで初対面のやつにあんなこと言われなきゃならないの!」
試しに新しいブレザーの匂いを嗅ぐ。
ちょっと布独特の匂いがするけど、許容範囲だと思う。
続いて髪の毛をチェック。
肩より少し長い髪の毛を一房とって、確認してみる。
好きなシャンプーの匂い。
これが原因だとは考えられない。
「訳分かんない!大体……」
と独りでぶつぶつ言っていると……
「待たせたか?」
いつの間にか、女の人が後ろに立っていた。
年は20代だろう。
「うわぁ!……あのぅ、何時から居ました?」
「ん?今来たばかりだが……」
どうやら独り言は聞かれていないらしい。
よかった。
彼女はあたしの顔をまじまじと見る。
「華蓮は元気か?それにしてもそっくりだな。でも、なんとなく宏人の面影もある。目のあたりとか」
「母さんの友達?」
そう言うと、彼女はニヤッと笑って、
「まあ、立ち話もなんだから、保健室いくぞ」
そう言って歩き出した。
「自己紹介がまだだったな。私は久瀬遥。久瀬先生って呼んでくれ。ここでは養護教諭として働いている。まあ、困ったことがあったら、すぐに来い。出来る範囲で助けてやるから」
淹れたてのコーヒーを飲みながら、久瀬先生はそう言ってくれた。
「で、ここからが本題なんだが……」
こう言うと、あたしにビンを手渡す。
「あんたはここでヴァンパイアとして過ごしてもらう。大変だと思うが、人間のハーフだってことは伏せてな」
「何か問題でもあるんですか?混血はタブーとか?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。現にこの学園には混血もいる。問題はそこじゃなくて……。」
そこで言葉を切った。
「原因はお前の父親だよ。宏人は……、あんたの父親は王族だ。それも、王の子。決められた許嫁がいたのに華蓮と恋に堕ちた結果、奏多とあんたが生まれた。だから、あんたたち兄妹には王位継承権があるんだ。継承権があるのに、人の血が混じっているのはマズイらしい。
王から人の匂いを隠すように命令が出ている。だから、その香水を使え。」
ビンを見る。中の液体はほんのりとピンク色だ。
匂いを確認する。
「甘っ……」
甘ったるい匂い。
「ベースはあんたの父親の匂いだよ。それを女らしくアレンジしてある。」
言われてみれば、父さんからはいつも甘い匂いがしていたような……
「その匂いは人を惑わすためだとさ。まあ、惑わされるのは人だけじゃないけど。大変だったんだぞ、その匂いを作るの。」
「久瀬先生が作ったの?」
「おう」
そう言ってにやっと笑う。
「だって私は魔女だし」
やっぱり人じゃなかったか。
納得。
道理で綺麗すぎると思った。
「それより……ないとは思うけど、あたしと会う前に誰かと会った?」
思い当たるとすぐに怒りが込み上げてきた。
「会いました!すんごく失礼な男の子に!」
「人か?それとも……」
「う~ん。分かんないです。」
「特徴は?」
何だか久瀬先生は焦っている。
「背が高くて、髪は普通の黒。イケメンだったのがムカつくポイントで……」
そう言い終わると、はっと思い出した。
「そういえば、雪の匂いがした。それと……虹彩が銀だった」
途端に、久瀬先生の顔が青くなり叫んだ。
「黒瀬のヤロー!」
「華音、学長室行くぞ!」
そのまま久瀬先生に引っ張られる形で保健室を後にした。
お待たせしました!
今後の展開がある程度固まったため、執筆再開です。