第4話
その日の帰り道、
「合格おめでとう。よかったね。それと、お疲れ。」
とゆきが労ってくれた。
ゆきは本当に心配してくれているようだ。
でも、その言葉で校長室から出た後の騒ぎを思い出す。
大変だったのは、クラスに戻った後だった。
教室に入った瞬間、
「おめでとう!!」
クラスメイトから口々に祝福された。
どうやら先生が喋ったらしい。
先生は、
「よくやった!先生うれしいぞ。今、猛烈に感動している!」
なんて暑苦しいことを、あたしの背中をバシバシ叩きながら言っていた。
しかし、ふっと真顔になって、
「でも、なんで岸本が選ばれたんだ?部活は市大会止まりだったし……。成績は……なあ。」
理由はこっちが聞きたいよ!
あと、後半が聞き捨てならない!
なんて言えるはずもなく……。
好奇の目に晒されながら、何とか午後の授業を乗り切った。
真っ赤に染まった街を2人で帰る。
今は4時半。
昨日はあんなことがあったので、明るいうちに帰ることにした。
「でもよかった~。これで華音ちゃんと4月からも一緒だね」
そう、これで4月からも一緒に通える。
なんだか怪しさ満載の学校だけどね。
黒瀬学長に貰った資料によると、日下部学園高等部は特進科と普通科があるらしい。
普通科の8割以上は内部進学、つまり中等部からエスカレーター式で上がってくる生徒が大半を占めるのに対して、特進科は外部からの入学がほとんどらしい。
普通逆だよね?
もちろんゆきは特進クラス。
あたしは?
入学手続きの紙を見ると、(普通科)と書いてある。
ということは、あたしはよそ者としてクラスに入ってかなきゃならない。
「うう……」
思わず呻いてしまった。
昨日、襲われた地点は無事に過ぎたが……。
そこから5分も経たないうちに、
「やっぱり来たぜ。天才といっても所詮ガキだな。」
昨日の連中が寄って来た。
まずいな。
完全に昨日と同じパターンだ。
なんで、帰宅ルート変えなかったんだろう。
あたしの馬鹿!
後悔しても時既に遅し。
ゆきを庇いながら、あたしはジリジリと下がる。
そうだ、また炎の壁で……いや、だめだ。
逃げ切った後を想像するだけで、ぞっとする。
喉の渇きに耐え切れなくなって、ゆきを危険に晒してしまうことは、目に見えている。
力を使うことは諦めた。
「どうやら、昨日に変な力は使えないようだな。」
表情を変えずに男は呟いた。
悔しくて唇をかんだ。
「なんでゆきを狙うのよ」
答えが返ってくることは期待しないが、一応尋ねる。
男たちは一瞬驚いたようだ。
「なぜって。お前、それも分からないほど馬鹿なのか?」
普通だったらここで下品な笑いが起こるはずなのに……。
でも、男たちは仏頂面を崩さない。
「俺たちはある人からそいつの誘拐の依頼を受けた。天才プログラマーなんだろ?攫って洗脳すれば、あっという間に天才ハッカーの出来上がりだ。」
予想とは違う答えに一瞬驚いたが、はっと我に返る。
ゆきの才能にそんな利用方法があったなんて……。
それに洗脳だって?
大切な友達がそんな目に遭わされるって分かっているのに、
(はい、そうですか)なんて出来ない!
握りしめた右の拳がチリチリと熱い。
きっと怒りのせいだけではないはずだ。
その怒りを右腕、肩を経由して、心臓まで持っていく。
そこから動脈を経由して一気に全身へエネルギーを流す。
まだ足りない。
出力を更に上げようとした瞬間、
「おじさんたち、うちの妹になにしてんの?」
この場にそぐわない穏やかな声。
「お兄ちゃん!」
男たちの後ろに、一体いつから居たのだろう?
ゆったりと壁に寄り掛って、腕を組んでいる。
「なんだ、こいつ?」
突然の登場に男たちも動揺を見せた。
「ひとまず華音、落ち着いてね」
思ってもみなかったお兄ちゃんの登場に、驚きと少しの安心感を覚えたからだろうか?
しゅんと熱が引いた。
「おじさんたちに1つ提案なんだけど」
そう言ってにっこりと笑顔を作った。
「ゆきちゃんを諦めて欲しいな」
「ふざけるなよ、小僧。成功報酬は1人2000万だ。そしてやっと追いつめた。諦められるわけ……ないだろ?」
そう言い放つと、男たちは一斉にナイフを向けた。
「あらら……残念」
ナイフの先が自分に向いていても、全く動揺を見せていない。
「じゃあ、仕方ないな」
一瞬困った顔を見せたが、すぐに笑顔に戻った。
でも、あれ……なんか変だよ。
そう感じさせる、今までとは種類の違う笑顔。
薄暗い路地で影になった兄の顔は、目だけがほんのり赤く光っている。
「おいで」
すると、お兄ちゃんの後ろから
ズリッ……ズリッ……
いつの間にか立ちこめていた霧の中から、大蛇が出てきた。
8メートル以上はあるだろう。
長いだけではなく、ものすごく太い。
目はお兄ちゃんと同じほのかな赤色。
大蛇は迷うことなく男たちの方へ進む。
「あ……、く、来るな、おい……」
「行け」
お兄ちゃんの合図とともに、大蛇は襲い掛かる。
怖い!!
あたしもゆきも見てられなくて、ぎゅっと目を閉じた。
「おーい、華音。もう大丈夫だぞ。」
そろそろっと目を開ける。
目の前にはぶっ倒れている男たち。
大蛇は……いない!?
横を見ると、ゆきも倒れている。
「ゆきちゃんは大丈夫。けがはしてないよ。」
「お兄ちゃ……、へび!へびは?」
「ああ、あれは幻覚」
にこにこ笑うお兄ちゃんはいつもと変わらない。
ちょっとだけほっとした。
けれど納得いかない。
「幻覚って……。あいつらもあたしたちも見たのに変だよ!」
「俺が作った。オレの能力だよ。」
「へっ?」
話についていけない。
「だから……」
お兄ちゃんは困ったように頭を掻くと、
「オレはヴァンパイアとインキュバスのハーフだよ。だから、幻覚が作れる」
それだけ言うと、お兄ちゃんはゆきの額に手を当てた。
その手が徐々に光り出す。
「何するの!」
びっくりして飛びかかる。
「落ち着けって。さっきの記憶を消すだけだ。今日の朝にも、母さんに頼まれて昨日の記憶を消したから大丈夫だ」
「記憶を消す?」
「正確には違うな。記憶を夢として認識させて、現実と夢との境をうまく繋ぐんだ。だからゆきちゃんの中では、昨日襲われたのは現実、華音が炎の壁を出したのは夢になっている。これでよしっと」
そう言うと、手を離した。
ゆきはまだ目が覚めない。
「お兄ちゃん、聞きたいことが……」
「家に帰ったらな」
お兄ちゃんはあたしの頭をポンポンと叩くとゆきの家に向かって歩き出した。