第3話
部屋から出ると朝日に目が眩む。
我慢出来ない訳じゃないけど、正直なところ結構辛いな。
体が変わってしまったことを痛感する。
「あら華音ちゃん、おはよう。体調はもういいの?」
いつもと同じ母さんの声。
「体は大丈夫」
本当は辛いけど、笑って誤魔化す。
だけど安心した。
なんだ。
変わってないじゃん。
ふっと体の緊張が解ける。
でも、目が合った瞬間に分かった。
母さんはすべて知っているってこと。
表情には少しだけ、寂しさが滲んでいる。
「話はお父さんから聞いたわ。大変だったでしょう。」
「うん……」
話が途切れた。
重い沈黙。
「でも……」
母さんはにっこり笑った。
悲しみはもう消えている。
「お父さんの力を受け継いでくれて嬉しいわ。自慢の娘よ。」
そう言うと、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「制服ってことは学校に行くのね。じゃ、早くごはん食べなさい。」
「うん。今日はなに?」
「トーストとスクランブルエッグ、サラダよ。」
「おいしそう。おなか空いてるんだ。いただきま~す」
こうして日常は戻ってきた。
「行ってきます!」
あたしが言ったと同時に後ろから
「遅刻だ~!」
今日もお兄ちゃんは慌てている。
母さんは、そんなお兄ちゃんの腕を掴んで、何かを耳打ちした。
それから、
「奏多、よろしくね」
「りょーかい!」
ん?
何のことだろう?
考えているうちに、自転車に乗った兄の後ろ姿は消えてしまった。
学校に着いた時は不安でいっぱいだった。
急にクラスメイトに襲い掛かったりしないか……とか。
ヴァンパイアだって気付かれないか……とか。
急に炎が出ちゃったり……などなど、気掛かりで授業も上の空。
そんな心配は杞憂だったらしい。
何事もなく昼休みになった。
ゆきと待ち合わせて、自習室でお弁当タイム。
ゆきは昨日のショックはまだ残っていたものの、事件の時の記憶が曖昧らしい。
襲われたこと以外覚えていないようだ。
もちろん、あたしが炎を出したことも。
色々考えた末、ゆきにはあたしがヴァンパイアだって話さないことにした。
親友に隠し事をするのは辛い。
でも、言わない方がいい気がした。
だって刺激が強すぎる。
そもそも、こんなあたしの近くにいて、ゆきの身になにかあったら……
このまま近くにいてもいいのだろうか。
「華音ちゃん、どうしたの? さっきから百面相してるよ?」
いけない。
自分の世界に飛んでいた。
「ゴメン、ゴメン」
悟られないようにしなきゃ。
その時、
「3年2組の岸本華音さん。至急、校長室まで来てください。お客様がお見えです。繰り返します……」
「あたし?」
どういうことだ?
お客様に全く心当たりがない。
ぽけっとしているうちにまた校内放送が流れる。
「繰り返します。岸本華音さん。至急……」
「なんか変じゃない?いや、絶対変!普通、こんなに急かさないでしょ?」
「とにかく、早く行った方がいいよ」
ゆきに見送られ、疑問と不信感を募らせながら校長室へ向かった。
「失礼しま~す……」
職員室をすっ飛ばして校長室に呼ばれるなんて、よほどのことでもない限り、ない。
だから、声も自然と小さくなる。
するりと中に入ると、慌てふためいた校長、目が虚ろにして何やらぶつぶつ言ってる教頭、そして校長の前に見たことのない男の人がいた。
一人だけ落ち着いた雰囲気。
ダークグレイのスーツをピシッと着こなしている。
背格好から見ると、若そうだ。
男の人が振り返った。
きれい……
それしか頭に浮かばない。
男の人に綺麗って言うのは失礼な気がしないでもないが、それ以外当てはまらない。
すっと通った鼻に、シャープな顎、白い肌。
薄い唇には微笑を浮かべている。
日本人の特徴である真っ黒な髪と瞳だが、彼のは吸い込まれそうな闇と同じ色だ。
年齢は30代ぐらいか?
でも、もし20代と言われても違和感がない。
どこか日本人離れしているなと思っていると、彼の口が開いた。
「岸本華音さんですね。お会いできてうれしいです。私は日下部学園の学長を務めています、黒瀬真と申します。」
声はなめらかなテナーボイスだ。
「はあ。」
状況把握が出来なくて、間の抜けた返事しか出ない。
「それで、さっきのお話は本当ですか?」
恐る恐る校長が聞く。
声が震えている。
「はい。華音さんもいらっしゃったので、もう一度いいます。」
そして、こちらを向いて。
「おめでとうございます。あなたは日下部学園高等部に合格しました。今春から、わが学園に通っていただきます。」
「なんであたしが~!」
後でクラスメイトから、私の悲鳴が学校中に響いたことを知らされた。
どれだけ時間がたったのだろう。
徐々に事態の深刻さに気付いてきたあたしに、笑顔の黒瀬学長は説明を始める。
「わが学園は、世界の将来を担うであろう優れた学生を集め、高度な知識、技術を身に着けることを目的とした学園です。私学でありながら政府からの信頼も厚く、我々の教育に賛同して頂いております。」
「それは知ってます。」
「おや、そういえばあなたのお兄さんも通っていらっしゃいますね。そしてこの学校からもう一人、合格者がいますよ」
「それは私の親友です。」
「そうでしたか。それならば、きっと楽しい学校生活になりますよ。」
なんだか笑顔が怪しい気がしてきた。
なんとなく白々しい。
「あの……申し訳ですけど」
「ちなみに」
私の言葉は打ち切られた。
「入学に拒否権はありませんよ」
うわ。
絶対ヤバい。
「私は勉強出来ないから、きっと何かの間違いです」
「間違いではありません。第一、今、自分自身の目であなたの入学資格を確認しました」
もう訳が分かんない。
横では校長と教頭が食い入るように私を見つめている。
「さあ。必要書類にサインしてください。サインするだけで受験勉強は終わりですよ。」
うっ……。
受験生はこんな甘い言葉に弱い。
ええい。
もう逃げ切れないことを悟った私は、一気にサインをした。
そういえば母さんが昔
「印鑑とサインは無闇に押しちゃだめよ」
って言ってたっけ。
書き終えてから気付いた。
「はい、確かに。それでは華音さん。4月に会えることを楽しみにしています。他の資料はこの封筒の中にありますから」
と言い、あたしに封筒を渡したところで黒瀬学長は帰ってしまった。
「え~。おっほん」
校長の咳払いで我に返った。
「華音さん。合格おめでとう。あなたはわが校の誇りです」
校長も教頭も嬉しそうだ。
果たして、本当にこれでよかったのだろうか?
疑問を抱いたまま、校長室を後にした。
読んでくださった読者さんに感謝の気持ちを込めて