第1話 Unhappy birthday
「ジリリリリリリ……」
目覚まし時計の音が頭に響く。
2月初めの朝は起きるのが辛い。
そのせいかな? いつもより体が重く感じる。
もうあと5分、夢うつつでいたいと思う欲望を抑え、あたしはベッドから起き上がる。
「華音ちゃん、おはよ~。そしてハッピーバースデー!」
顔を洗って眠気を飛ばしてリビングに入った途端、元気な声が掛かる。
母さんだ。
「おはよ」
それだけ返した。少し照れくさいな、なんて。
今日で15歳になった。
といっても、今は高校受験を目前に控えた受験生。
時間よ、止まれっ……と思ってる身としては、素直に喜べない。
「そうそう。お父さんが今日の夕方ごろ、帰ってくるって。昨日メールが来たのよ」
それを聞いて、一気にうれしくなる。
「何か月ぶりだっけ?父さんが帰ってくるの。もう顔忘れちゃったかも」
「なに、親父帰ってくるって?うわ、ヤバい。こんな時間。」
階段の上からお兄ちゃんの焦った声。どうやら、寝坊だ。
どうも、あたしと比べて朝に弱いらしい。
「奏多、ごはんは~?」
「ムリ!」
それだけ言うと、猛スピードで玄関から飛び出ていった。
「華音ちゃんもそろそろ時間でしょ?そろそろ準備しなさい」
玄関の鏡で自分をチェックしてから、玄関を開ける。
「行ってきます!」
肌がピリピリするくらいの寒空の中へあたしは飛び出す。
「華音ちゃん、おめでとう。」
家からすぐの十字路で、ゆきが待っていてくれた。
物心つく前から一緒にいる、私の大親友。
ただ、ゆきはどこにでもいる中学生ではない。
幸田ゆきといえば天才プログラマーとして、(私の知らない世界では)知らない人がいないくらいの有名人、らしい。
パソコンを前にすると、あなた、誰?ってぐらい豹変する。
ま、あたしとしては、いつものほほ~んとしているゆきのほうが好きだけどね。
「ゆきもおめでとう。高校決まったってね」
才能のおかげで、高校からのスカウトまで来たらしい。
日下部学園という、一般入試がないという特殊な超エリート校。
実はお兄ちゃんも通っている高校2年生だ。
一体彼のどこが優れているのか、未だに分からないが……
途端にゆきの顔が曇る。
「だって、今より華音ちゃんと会えなくなっちゃう」
ゆきは、もうウル目になっている。
「受験校って東高でしょ?真逆だもん。一緒に通学できないよ」
「会えないわけじゃないし。大体、まだ入学まで2か月あるからそれまでいっぱい遊ぼ!」
ここで学校に到着。
「じゃ、帰りは5時にここで待ち合わせね」
「うん」
クラスが違うため、ゆきとは下駄箱で分かれた。
「お待たせ」
5時を少し過ぎた頃、ゆきが校舎から出てきた。
「書類がいっぱいもう大変。先生たちには捕まるし」
そりゃ、わが中学のホープだもん。
仕方ないよ。
日がどっぷりと暮れた道を2人で歩きながら、他愛もないことを2人で話す。
ゆきはおしゃべりじゃないが、近くにいてホッとできる存在。
商店街を抜け、少し人通りの少ない道に入ったところで、
「幸田ゆきだな」
振り向くと、筋肉質で黒っぽい服にサングラスという100%怪しい男が後ろに立っていた。
おしゃべりに夢中で気づかなかった。
周りを見渡すと似たような男が1,2……3人!
「そっちに用はない。早く消えろ」
「あんたたち、誰? ゆきに何の用?」
震えているゆきの手を握って、ゆっくり下がりながら聞いた。
「お前には関係ない。そいつをさっさと……渡せ!」
それを合図に他の3人が走ってきた。
「こっち!」
すぐ傍にあった狭い路地に、放心状態のゆきを引っ張り込む。
「はっ…はっ…」
2人で逃げる、逃げる。
私はとにかく、ゆきは運動に向いていない。
それに加え、細道の土地勘は2人とも皆無に近い。
「やばっ」
気づくと、さっきより人気のない所へ出てしまった。
「鬼ごっこはおしまいでいいか? 少し飽きた」
路地を抜けた先で、男たちが待ち受けていた。
後ろからも1人追いかけてくる。
そして、じりじりと包囲網が狭まっていく。
何か方法はないか。
もう距離は2メートルを切っている。
もう、ダメ。
最後の抵抗のため、息を吸い込む。
「近寄るなーっ」
一瞬、体の中で熱いものが駆け巡って、
ゴウッ!
包囲網とあたしたちの間に炎の壁が出現した。
そして、あたしの視界がかすかに赤くなった、気がした。
何が起きたか分からない。
けれど、男たちがひるんで腰を抜かしていることは確認できた。
「行こう」
今にも崩れ落ちそうなゆきの手を引き、あたしは夢中で走る。
人通りのある道を抜けてから、やっと一息ついた。
ゆきはまだショックのせいか、喋れそうにない。
お互い無言で歩く。
あたしが強烈な喉の渇きに気づいたのは、ゆきを送り届けたあとだった。
「ただいま。お水頂戴」
玄関に入るとこれだけ言って、座り込む。
「おかえり。華音、久しぶりって……。おい、大丈夫か」
懐かしい父さんの声。これだけ聞くと、あたしは意識を手放した。
目を覚ましたあたしが一番最初に見たものは、今までで一番深刻そうな父さんの顔だった。
父さんがゆっくり口を開く。
「華音、よく聞いてくれ。信じられないかもしれないが、お前は……ヴァンパイアだ」