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最後の晩餐。

作者: 赤石

雄二はコンビニの駐車場に車を止めた。


店内に入り、黒ビールの500ml缶とパックに入ったホルモン焼きと焼き鳥の缶詰を買った。


安物ばかりだが全部雄二の好物だ。



車を駐車場に止め、マンションの階段を登る。


部屋は3階だが、最近少し出始めた腹を気にして階段で帰る癖が付いていた。


玄関ドアに貼り付けてある「SUZUKI」の表札をチラっと見て部屋に入る。


いつもなら「パパおかえりー」と迎えに来る由結が今は居ない。



雄二は上着を脱いでホルモン焼きと焼き鳥の缶詰を電子レンジに入れてスイッチを押した。


食器棚から大きめのグラスを出し、黒ビールを注ぐ。


一気に半分ほど飲み干し、思わず「ハァァー」と声が漏れた。


「最後の晩餐だな」


と雄二は声に出して呟いた。


これからの雄二の行動が彼の想像通りに行けば数時間後に彼は逮捕される事になっている。




娘の由結は13歳だ。


母親は居ない。


レイプされた上にその犯人に殺された。


雄二は21歳の時に、高校の時から付き合ってた同級生の奈津子と結婚して翌年に由結が生まれた。




元々、雄二は17歳の時、自分から告白して奈津子と付き合うに事になった。


実は奈津子とは小学校から同じ学校で2度同じクラスになった事もあった。


奈津子は大人しい性格。色白で、目は大きめの一重だった。ショートカットが良く似合う子だ。


その頃から雄二は奈津子に好意を持っていた。奈津子と雄二は普通に話せる友達という感じの関係だった。


だが、それ以上の発展は無かった。



結果として突然の告白をする事になる。



決心した雄二は友人の西田を学校の近くの公園に後呼び出した。


「お、なんだよ。何かあったか」


「いや、何もないけど」


言いにくそうに雄二は答える。


「西田さー」


「ん?」


「奈津子いるじゃん?」


「うん」


「・・・・」


「ん?」


「・・・・」


「まさか、お前奈津子が好きなのか」


「・・・・」


「マジかよ。で、どうすんの?」


「だからさー、その相談なんだよ」


「はあ。そういうことか」


そこは男同士。話はどんどん進み、西田はキューピッド役を買ってくれた。


「俺が適当な理由つけて奈津子をここに呼び出すから雄二はここで待つって事にするか」


「うん、それで頼むよ。悪いな」



3日後、西田は奈津子に声を掛け、公園に呼び出した。


俺はブランコに乗っていた。


子供用のブランコだから膝を鋭角に曲げても足が付くくらい低いブランコだ。


無理やり足を伸ばしてユラユラしてた。


遠くに西田が見えた。


キョロキョロしてたが、すぐに俺を見つけ、後ろを歩いてる奈津子に話しかけてた。


西田と奈津子は話しながら俺の方に歩いてきた。


心臓が張り裂けそうだった。


3人が集まった時に西田の携帯が鳴った。



「はい西田です。はい・・・はい・・・」


西田は携帯を切り俺らの方を見た。


「ゴメン、先輩から呼び出しだわ。悪いけど俺帰るから」と言った。


西田は陸上部だ。3年のキャプテンの橋本は鬼の様に怖い。


「今日の部活は休みだけどインターハイが近いからミーティングするって橋本が言ってるんだよ。ウザいけど仕方ないから俺行くわ」


と言って西田は去った。



俺は「西田うめえな」と内心思いつつ、すぐに奈津子と二人きりだったという現実に緊張した。


俺と奈津子はベンチに場所を移して2人で腰掛けた。


「西田君から聞いたけど鈴木君が話あるって?」


奈津子は全く警戒してない。


「うん」


「なに?」


「うん」


「なによー。」


「奈津子さ」


「うん」


「好きな人いるの?」


「え」


奈津子は顔を雄二と反対側に逸らした。


「いるよ」


覚悟はしてたがショックだった。


「俺の知ってる人?」


「なんで?」


「いや、なんとなく」


「鈴木君知ってるよ」


ショックは倍増した。


「そっか」


言葉が続かない。


奈津子も黙ってる。


俺もさすがに「誰?」とは聞けない。


1分ほど沈黙が続いた。


重い空気を破るように奈津子が言った。


「西田君、橋本先輩に呼び出されたのかな?」


少し笑ってる。橋本が鬼の様に怖いのは有名だ。


だが、このまま世間話になる予感がした俺は



「奈津子」


と言った。



奈津子は無言で振り向いた。


「俺、奈津子が好きなんだ」


奈津子はその瞬間に下を向いた。


奈津子の耳が赤くなっていた。



消え入るような声で「ありがとう」と奈津子は言った。


俺は頭が真っ白だった。


告白という生まれて初めての行為に極度の緊張に襲われ何も考えることが出来なかった。



そこから会話が進まない。


2人とも黙っていた。


5分ほど経って奈津子は「私帰るね」と言って去っていった。


何か声を掛けるなり、家まで送るなり、出来ることは何でもあったはずだけど、俺はベンチから動けなかった。


頭の中で「ごうううう」と言う音が鳴っていた。




数日後。


休憩時間に西田が俺に近づいてきた。


「おう、これ預かったぞ」


西田はニヤニヤしてる。


その手には手紙があった。


俺は全てを察した。


その手紙を奪い取ってトイレに逃げ込んだ。



「鈴木君へ」


と書いてある。


こんなに激しくなるものか、と思うほど動悸が荒くなっていた。



ゆっくり手紙を開く。


先日の公園のことが書いてあった。


実はいきなり呼び出されて、かなり緊張してたこと。


どんな用事なのか、気になって今日一日ほとんど覚えてないこと。


俺は奈津子が書いた手紙だから一字一句逃さず読もうとしたが、告白の結論が知りたい余りに


途中から飛ばし読みになっていた。



そして。


最後の一文が目に入った。


「私も鈴木君がずっと好きでした」


何と形容していいか分からない感情が溢れ出る。


俺は自分の膝を握っていた。


頭がぼーっとする。踊りだしたいような、走り出したいような内側の感情がうごめいてる。


「やったー!」と叫んだが、その後俺はどうやって家に帰ったか覚えてなかった。




俺と奈津子は高校卒業後、共に就職した。


俺の奈津子への思いは上がる一方で他の女には全く興味が出なかった。


奈津子も同じ気持ちだった。


週末は必ずデートした。行きたいところに行き、食べたい物を食べ、2人きりの時間を堪能した。


それでも足りなかった。


この頃、当然のように2人の頭には「結婚」の文字がよぎっていた。



ほどなく2人は結ばれ由結が産まれた。




そしてそれは起こった。


仕事から帰った雄二はいつも通り、自宅マンションの呼び鈴を鳴らした。


いつもならバタバタという足音が聞こえて満面の笑みで奈津子が「おかえりー」というはずだった。


音が無い。



買い物でも行ったのか?と思って自分で鍵を開ける。


部屋に入ると、2歳になった由結が布団の中で寝息を立てていた。


「なんだよ。由結放ったらかしかよ」


と俺は声に出していた。


買い物だろうと思ったが、なんだか様子がおかしい。


買い物に行くときは必ず由結を連れて行くはずだ。



俺は冷蔵庫から缶コーヒーを出しテレビを付けた。


2時間経った。


奈津子は帰ってこない。


俺は少しイラついてた。


2歳の娘を放っておいて何をしてるんだ。


俺は辛抱できなくなって奈津子の携帯に電話をかけた。


留守電に切り替わった。


結局、その日、奈津子は戻って来なかった。









「プルルルルルルル」




突然家の電話がなった。


どうやら寝てたようだ。


窓の外はすっかり明るくなってる。






「はい鈴木です」



「〇〇県警察です」



「はい?」



「確認したいことがあるので署まで来て頂けますか?」



「・・・はい」



俺は警察に行った。








霊安室に奈津子が居た。






なにこれ。





「どういうこと?」


俺は刑事に話しかけてた。


「いや、意味わかんないし」


「残念ですが」


「はあ?」


「亡くなりました」


「はあ?」


「・・・・」


「はあ?」



受け入れられない。


ありえない。


奈津子の首に痣がついてるのを雄二は放心状態で見つけた。


その痣が「もう奈津子は生き返らないよ」と雄二に言っていた。





犯人は西田だった。


後になって分かった事だが、取調べにより、西田は精神病に掛かって通院していた事がわかった。




西田の自宅には、無数の「奈津子」と言う文字が書かれていた紙が見つかった。


西田は奈津子を愛していた。まさに狂ったように。







俺は最高裁まで戦ったが、最終的に西田の精神病が立証され、西田は無罪になった。








俺は西田を殺そうと決めた。








西田はその後、精神病院に入院した。


俺はその病院を突き止めた。だが精神病院のガードは固い。


俺は殺すチャンスを窺いながら無駄な時間を過ごした。


2年後、西田の病状の経過が良好と判断され、西田は退院した。


ある意味チャンスだ。殺すなら今しかない。




由結は13歳になっていた。



俺は西田をどうやって殺すか。そればかり考えていた。













「プルルルル」




自宅の電話がなった。



「鈴木です」



「ああ、鈴木?」




俺は慌てた。



西田だった。



「・・・何か用か」



俺は搾り出すように言った。



「由結ちゃん」



「あ?」



「ここに居るよ」



(やられた!)



俺の中で「があああああ」とも「わあああああ」とも付かない声が出た。



西田は異常者特有の落ち着いた冷静な口ぶりで話し始めた。



「由結ちゃん可愛いよね」



「おい。何かやったら俺はお前を殺すぞ」



西田は俺の話を聞いてなかった。



「可愛いよね。由結ちゃん。今着てる服を全部脱がしたよ」



頭の中でガラスの割れたような音がした。



遠くで「うー」という小さな声が聞こえる。間違いない。由結だ。


口を塞がれてるのか。




「頼む。由結だけは助けてくれ」


「奈津子に似てるよねえ。由結ちゃん」


「聞いてくれ。何でもする。由結を返してくれ」


「学校帰りの由結ちゃん見つけてさー。我慢できなくて持って帰っちゃった。あはは」





俺は拉致があかない事を確信した。


搾り出すように俺は言った。


「西田。なんで俺に電話してきた?」


「奈津子を独り占めにしてさー。ずるくね?」


「俺らは愛し合っていたんだよ」


「ずるいよねー」


会話が噛みあわない。



「奈津子死んじゃったからさー。次は由結ちゃんかな、と思って」



「俺になにか怨みでもあるのか」



「あるよ」



この時の西田は健常者のような口ぶりだった。



心当たりがあるだけに、背筋に寒いものが走った。



「今からさー。由結ちゃんでさー。んー。へへへ。どうしようかなー」



・・・・狂ってる。



「西田」



「ん?」



「由結を好きにしていいよ。というか由結はお前にやるよ」



「えー。いいの?」



「うん。ただ、やっぱり娘だからさ。最後に会わせてくれないか」



「・・・いいよ。」



「今どこにいる?」



「それは言えるわけないじゃん」



「じゃあ待ち合わせしよう」



「いいよ。明日の夜8時に〇〇ホテルの318号室で待ってるよ」



この時点で西田がどれくらい狂ってるのか、どれくらい信用できるのか、


どれくらい本当の事を言ってるのか全く検討が付かなかったが待ち合わせ場所に


行く以外の選択肢は俺には無かった。


雄二は決めた。「こいつを殺す」








雄二はホテルに着いた。



今思えば、なぜ318号室なのか。なぜ西田は昨日のうちから318号室が空室だと分かっていたのか。


先客がいたらどうするつもりだったのか。




この瞬間、愕然とした。西田と由結は昨夜から318号室に居たのだ。


そうでないとこの部屋を待ち合わせ場所に使えるはずがない。


雄二は悪い予感がした。




「318」と書かれたドアの前に立った雄二は深呼吸をしたあとドアをノックした。



「はあい」



拍子抜けするほど、間抜けな声が聞こえた。西田の声だった。



ドアを開け「どうぞー」と西田が言った。



少し笑ってるがその笑顔は寒気がした。



雄二は走って部屋に入った。



奥にベッドがあった。



掛け布団から足が2本出ている。



間違いなく由結だ。



雄二は布団を剥ぎ取った。




首に奈津子と同じ青い痣があった。



そして明らかに乱暴された痕跡があった。



雄二は鞘つきのナイフをポケットから出した。



ゆっくり鞘を抜く。ヌメヌメと光るナイフが現れた。



「へえ。そおか。俺を刺すの?」



西田はおどけたように言う。





ブブッ。




既にナイフは西田の心臓付近を貫いていた。



「いてて、痛いねこれ」



西田は血を吐きながらそう言って倒れた。






雄二はコンビニの駐車場に車を止めた。


店内に入り、黒ビールの500ml缶とパックに入ったホルモン焼きと焼き鳥の缶詰を買った。


安物ばかりだが全部雄二の好物だ。



車を駐車場に止め、マンションの階段を登る。


部屋は3階だが、最近少し出始めた腹を気にして階段で帰る癖が付いていた。


玄関ドアに貼り付けてある「SUZUKI」の表札をチラっと見て部屋に入る。


いつもなら「パパおかえりー」と迎えに来る由結が今は居ない。



雄二は上着を脱いでホルモン焼きと焼き鳥の缶詰を電子レンジに入れてスイッチを押した。


食器棚から大きめのグラスを出し、黒ビールを注ぐ。


一気に半分ほど飲み干し、思わず「ハァァー」と声が漏れた。


「最後の晩餐だな」


と雄二は声に出して呟いた。


これからの雄二の行動が彼の想像通りに行けば数時間後に彼は逮捕される事になっている。




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