管理番号:20196の世界
それはある意味、家族会議と言っても差し障りのない程度には馴染んだ相手との会議だった。
数人で円卓を囲み、各界で起きている世界のバランス崩壊の芽について相談していた頃。
突如として私の手が輪郭を失い出した。
「この大変な時に何処の阿呆共だ?召喚なんて愚かな真似しやがって」
ひとりがそう言えば、注視してた別の奴は
「悪いな、お灸が足らなかったようだ。教育的指導を頼むぜ。今世、ガイレル王によろしく」
一度召喚が始まってしまえば、無理矢理解除するわけにもいかない。
反魂により術士が死ぬ恐れがあるからだ。
術そのものの負荷に耐えきれず死ぬなら問題はない。反魂が問題点になるのだ。
自分の構成要素が世界を渡る感覚に身を浸す。
王によろしくというのであれば、彼らは禁忌を犯して召喚している。
どの世界であれ、召喚は禁止事項の上位として挙げられ、かつての我等が召喚された世界には徹底周知を行っているはずだからだ。
粒子になった構成要素が人の形を取り戻したのは、苦悶の表情を浮かべた術士らしき男と、椅子に座ってこちらを見ている偉そうな男。そして護衛だろう数名のいる部屋だった。
術士は召喚魔術の負荷にギリギリ耐えていると言った所で、余裕はなかった。
我が身にまとわりつく光の粒子の中から、王らしき者に物を投げる。
額にクリーンヒットして男は額を押さえた。
護衛らは警戒してこちらを見ている。
光が収まった頃。
王らしき者の額に思いきりぶつけた分厚い本が自動的に捲れだす。
『管理番号:20196 クレオドール・D・アルザードの末裔が統べる王国』
『文献番号:DZ‐90808を参照して下さい。前回教育的指導評価はC-です』
流暢な言葉を発する本は言いたいことを言い終えるとその姿を消した。
「貴方が王様?何の用?私重要な会議をしていたから帰りたいのだけど、許可もらえない?」
先手必勝と先に言いたいことを並べる。
呆気に取られて唖然としている彼らを尻目に術士に近寄り、頭をつかむ。
そろそろ切ろうと思っていた長く延びた爪が痛く思うかもしれない。
「責任者誰?案内なさい?」
掴んだ術士を引っ立てて部屋から出ようとした所で、呆けていた者達は我に返る。
「どこへ行くつもりだ?」
「聞いてなかったの?その残念なオツムのためにもう一度言うわ。重要な会議中に呼ばれたから、帰るために魔術法官の所に案内してもらおうと思って」
「なっ・・・」
不遜な態度に言葉を失い、答える様子のないものに私は部屋を後にする。
閉じた扉の音で気を立て直したかは定かではなく。すでに遠い。
掴んだ頭の持ち主は案内する気はあるらしく、しきりに頭の開放を求めてる。ずっと持ち歩くのも面倒で手を離して案内人として前を歩かせた。
「貴方は聞いていないの?数代前の召喚のこと」
この国に限らず、召喚して異世界から勇者だの、巫女だの、魔王だのを呼び出して世界統一を狙う馬鹿はたくさんいる。
その中で、極稀に私のような世界と世界をつなぐ管理者と呼ばれるものも召喚される。
当然、召喚した国に対しては罰則の上、教育的指導が待ち受けている。
逆召喚の上責任者放置及び監視付きの生活って言うのはまだいい方だ。おそらく。
無事に生きたまま元の世界に帰ることができるなら。
「もう気の遠くなる前に召喚に失敗した話なら聞き及んでおりますが」
召喚に失敗した話。残念なことだと思う。
失敗しかこの国には残らなかったのか。失敗という記憶しか残らなかったのか。
「この国の召喚のせいで、異世界にある一つの国が滅びたっていう話は聞いてないの。そう。」
国と国との和平を結ぶ調印式でその立会いの和平のシンボルだった姫がこの国に召喚された。
突如として。そして、帰ることができなかった。その結果。
どちらがその姫を攫ったのかということになり、結果和平は結ばれることなく国は滅びるまで争いを続けた。
そういったケースがいくつも出ている。
故に管理者と呼ばれるものたちは召喚を禁じている。
異世界に干渉するべからず。
例外は、召喚された者のみが召喚した国に世界に干渉してよいというもの。
帰れないのなら、最寄りの管理者までご連絡を。
知っている所は知っているルールだけれども、知らない所はそれで終わらせてしまう。
「じゃあ、貴方達は加害者でしかないのね。」
加害者でしかない国に、被害を受けたものとしての意識をどのように植え付けるのか。
大変な問題のようにも思えた。
どこか人ごとのように言っていた案内人も、今回は別のケースと穿った見方をするのか。
この部屋です。と案内されたドアには、かなり厳重な結界を張っていた。
軽くノックをして、相手の返事を聞く前にドアを開ける。
本来なら開けづらいだろうそれは、力押しで難なく開く。
「悪いけれど、入らせてもらったわよ。魔術法官…貴方もか」
この部屋の奥にあるのは、水がはられた祭壇のようなもの。
そこに僅かな光の形跡を見た。
祭壇の上にも周囲にも該当するものはない。近寄ってその光に触れる。
「監視ツールをくっつけて元の世界への返還。時間があまり考慮されてないことを除けば合格ラインね」
監視ツールをくっ付けるにはわけがある。
それが正しい座標に届けられたかどうかという事の確認と、場合によっては、再度送還のし直しを行うためだ。
「どこの誰だか知りませんが。勝手に部屋に入ってきて場を荒らすなど。私はあなたに評価してもらう必要はありません」
術後の気脱から抜けだしたかのようなしっかりした物言いに感心しながらみていると、失礼なと言って相手は距離を取る。
「今代ガイレル・L・アルザードが統べる王国の魔術法官と見受けるがそれに間違いは?」
「正体のわからぬものにはお教えしません」
問うとすぐに返ってくる。小気味良く。
「合格。貴方、気持ちがいいわね。王が召喚に立ち会ったのは知ってる?私が呼ばれたの。この、私が」
後ろで肩身を竦ませていた男は私の前に立ち、魔術法官に頭を下げた。
「儀式の直後に申し訳ありません。こちらは確かに先ほど召喚の儀を取り行った際にいらっしゃられた方です。
ただ、なんと言いますか。どうやら我等は人選を間違えたようでして…」
言わなくてもよさそうなことをついつい口にした術師の後頭部を殴りつけて地に侍らし、背中を足で踏みつける。
「重要な会議中に呼ばれたの。再召喚に応じるから一度帰してもらえない?魔術法官は最高の術師で断罪者よね?」
言外にできるでしょう?と含ませ、祭壇を背にする。
「たとえ私がそうであったとしても、その者の一存によって決定されるのが正しいこととは思いません。
ですから、出来かねるでしょう」
遠くから、足音が聞こえてくる。
先ほど置いてきた王のそばにいた兵か、それとも別口か。
数、10弱。多いと言えば多い。
「本来ならその返答にはご褒美あげたいわ。セルフ帰還はできるけど…あなたが手伝ってくれた方が安全なの。
貴方だって、未知の魔物に国を滅ぼされるのは論外でしょう?居もしない魔物を滅ぼすために召喚したくらいなのだから」
考える暇はない。だから、即行動に移す。
軽く握った片手を、広げたもう一方の手にポンと打ちつけて、扉の方に向かって立つ。
祭壇に背を向けて。壁際に立って。
「じゃ、強制介入しよっと」
両手の人差し指を使って、門の縁取りを行う。頭上から始まったそれは、足元で左右を完結させて終わる。
空間から切り離され、指がたどった所に光の線が浮かび上がる。
ゆっくり立ち上がり、胸の前で光の線に厚みを持たせる。左右の縁取りをした、次は前後の縁取りを。
それを斜め、逆側と行って全体の扉の形だけを作り出す。
丁度中央に上下に線がはいり、手で触れるとゆっくりと手前に扉が開いて行く。
扉の向こう側から覗き込んでくる闇にその中に無数の眼が光る。
「この扉が開ききってしまったら…私にすら止められないわよ?世界を渡る伝承くらい聞いたことがあるでしょう?」