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炎樹12才~奉歌祭~

今日は、「豊夏とよかの月」の収穫祭だ。村の行事には両親が共にいるので炎樹は元気いっぱいである。しなやかに伸びた手足で持って森の中を駆け巡り紫音とひとしきり遊ぶと、祭りを見に二人、手をつないで麓におりる。


「今日の奉歌ほうかの歌い手は、流音るおん兄と世連せれん姉よ。あの二人結婚するんだって!!!」


森歌の民は年上の男女を兄、姉と呼んで慕う場合が多い。今回の奉歌を歌う二人も子供達にそうやって慕われていた。


「へぇ?なんか奉歌でペアを組んだ二人が結婚してる気がするんだけど………」


「ジンクスがあるのよ?奉歌を歌った二人が結婚すると幸せになれるって、まぁ、でも母様みたいに奉歌のペアの相手じゃなくて別の人と結婚する事もあるけど………」


そう言ってクスクス笑う炎樹にふうんと紫音が頷く。


「おまえんちの両親、すんごい仲いいもんな」


「うん。そだ、紫音にだけ教えてあげる。来年は弟か妹が産まれるんだ」


「へぇ、お前が姉さんか………なんか変な感じだな」


「うん。実は私も変な感じっ。紫音なら特別に一番最初のお兄ちゃんて呼ばしてあげる」


「ふ。なら俺も楽しみだ」


えへへと笑う炎樹に紫音も楽しそうに笑う。


「このお祭りが終わって「秋癒しゅうゆの月」が来たら奏歌祭だな」


紫音のその言葉に炎樹の顔が曇る。


「うん。憂鬱~。母様なんて私と同い年に歌士の人、森の人って認められたんだよ?父様も族長やってる位だから上手いじゃん歌。何か見えない皆の期待って言うの?ヒシヒシと感じるんですけど」


それを思うと胸が痛い。失敗して上の学年に上がれなかったらどうしようと思う。


「周りの事なんて気にするなよ。炎樹は炎樹だろ?お前はお前の俺は俺の歌を歌うだけ」


「紫音は歌上手いじゃんかぁ。一発で合格に決まってるよ」


「お前緊張しぃだもんな。俺やお前の両親の前では普通に上手いのに………」


「駄目なんだよねぇ………たくさん人がいる所で歌うの」


「先生達は目の前にいる人は畑の野菜と同じだって思えばいいって言ってたけどな」


「思えないよそんなもん」


そう言いながら二人、すり鉢状に凹んだ奉歌の為の歌壇の上、差し掛かった木の枝の上に腰かける。

見ればちらほらと同じようにして座る子供たちがあった。ここは、声が良く響く、ほとんど子供しか来ないが特等席なのである。


「俺は炎樹と上に行きたいけど。折角実力はあるのに落ちたらスンゲー間抜け」


「プレッシャーかけるなぁ!!!」


「じゃあ、これ貸してやる。母さんの形見のお守りだ。………本番になったら俺の事思い出せよ。俺の前で歌う時の感覚を思い出せ」


そう言って紫音は身につけていた銀の透かしの意匠の入ったブレスレットをはずす。


「一番紫音が大切にしてるやつじゃん!!いいの???」


「いいから、貸すんだろ。お前は、俺の一番の友達だからな。落ちたりしたら寝覚めが悪いや」


そう言って不器用な感じに炎樹の手にブレスレットをはめた紫音は耳まで赤かった。


「有難う。紫音」


そう言って炎樹は紫音の頬にキスをする。


「ばっ、おまっ何やってんだ!コレはフツー家族にするもんだろ?」


「?だって家族みたいなものじゃない?」


「お前!!!いーか、やたらめったらホイホイとそんなことするなよ?」


「やだなぁ、する訳ないじゃん。紫音だからしたのに」


「~~~~っ………ならいい………ケド」


自覚なしの炎樹に一抹の不安を覚えながら紫音が呟く。炎樹は時々突拍子もない事をする事がある。誰彼かまわずそんな事された日には勘違いする奴もいるかもしれないではないかと紫音は思った。


「本当に―――するなよ」


「うん?しないけど………あ、見て歌が始まる」


歌壇に男女が二人上がって来た。羽根飾りやガラス飾りを髪につけ刺繍の入った民族衣装を着た二人。今日の祭りの主役、奉歌を歌う流音と世連だ。


「世連姉綺麗~」


「二人とも幸せそうだな」


「うん!」


歌が始まった。豊猟を言祝ことほぎ豊作を言祝ぎ、天に大地に感謝をささげる。そして次の年の豊猟と豊作を祈るのだ。


歌は―――遠く―――深く―――響く

二人の声が共鳴し―――辺りに鳴り渡る―――不思議なほどの高揚感と静寂

―――場が浄化されていくのが分かる


これが森歌の民の歌。森歌の民の誇り。

歌は5分程で終わった。大きな拍手が雨のようにと鳴り響く。花が歌壇に降り注いだ。歌壇にいる二人が手を取り合って微笑む。


「いーなー。幸せそう」


「そうだな。炎樹、腹減った。何か貰いにいこうぜ」


「紫音は余韻とかないの?」


そう言いながらも炎樹は紫音と手を繋ぎ、村人から差し入れられた食べ物が置いてある屋台に向かって走り出した。屋台に人はまだ少ない。皆まだ歌の余韻に浸っているのだろう。二人は一通り屋台を巡ると両手に沢山のご飯を持って森の中へと走って行った。こちらの方が落ち着いて食べられるからだ。


「はぁ、いーなー。紫音は結婚するならどんな子がいい?」


「ぶっ!!!んなの分かんないよ。理想と現実は違うだろ?」


食べかけてた鹿肉を噴き出して紫音が噎せる。


「夢がないなー。私は、私の事大切にしてくれて、いつも好きって言ってくれる人がいい。父様みたいな」


「………いつも好きって言わなきゃ駄目なのか?」


「?別にいつもじゃなくてもいいケド。いつまでも仲良しな夫婦がいーなー」


「そうか………まぁそうだよな」


お前って意外と夢見がちだよな………と言いつつ紫音が苦笑する。


「夢見がちじゃないし。父様と母様はそんな感じだもの」


「そうなのか?意外。親父さんってそんなイメージなかったけどな」


「族長の顔の父様と家にいる時の父様は別人よ?母様もだけど」


「はぁ、意外な新事実。じゃあ、炎樹の理想は自分の両親なわけだ」


「うん。そう」


「で、具体的に、想定する相手はいるのか?」


「?どゆこと?」


「好きな奴がいるのかって事」


「えっ!!!いないよ」


一瞬、紫音を思い浮かべたのは言わないでおく。

とてもじゃないが誰かと恋愛なんてまだ考えられなかった。


「いないのに言ってるのか?俺はてっきり………誰か好きな奴でもできたのかと………」


「いないってば!!!」


「そっか」


少し残念そうにどこか嬉しそうに複雑そうな顔で紫音が言う。


「そういう紫音は好きな子いないの………?」


「俺?!………俺はいるような………いないような………正直分かんない」


「何それ?!」


「まだ、恋じゃないと思う。でもそうなるかも知れない感情がある」


真剣に見つめられて言えば炎樹の方がドキドキして来て………。真顔の紫音はやたらと迫力がある。


「う………じゃあ、いつかはっきりしたら教えてね?」


「うん。一番に教えてやるよ」


そう言って二人は額をくっつけてクスクスと笑いあった。

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