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エンシェンティア  作者: gray-zone
ひよっこプレイヤー
3/4

錆びた牙

Deterioration 99 percent

 211名無し・投稿日:2020/7/11(水)18:03:55

 おまいら、釣られたと思ってこれ見てくれ

 hbbc://dougauproad/f.Ancientia/50……


 212名無し・投稿日:2020/7/11(水)18:23:03

 >>211

 何だよこれwwwwwwww


 213自称最強・投稿日:2020/7/11(水)18:23:10

 >>211

 こwwれwwwはwwww


 214社長炎上・登校日:2020/7/11(水)18:24:01

 このオーバードライブの出力ヤバくね?


 215名無し・投稿日:2020/7/11(水)18:24:05

 このヒバナってプレイヤー、初心者だな。このバトルのログ見たけどこいつレベル10だわwww


 216弱肉強食・投稿日:2020/7/11/(水)18:26:33

 でも他のプレイヤーのレベルは100越えのヘビーユーザーばかりだぜ? この状況がおかしいだろjk


 217名無しという名の名無し・投稿日:2020/7/11(水)18:27:28

 そういや、エンシェンティアの公式HPに狐之葉市のバトルモードでバグがあったって書いてたな。


 218名無しという名のナナシ・投稿日:2020/7/11(水)18:27:51

 >>217

 確かにあるな。ってことはそのバグの結果が>>211の状況って事か。把握。


 219名無しという名のシナナ・投稿日:2020/7/11(水)18:28:30

 >>217

 ってか、エンシェンティアがバグを起こすとか初めてじゃね?


 220名無し・投稿日:2020/7/11(水)18:29:00

 >>217-219

 事の重要性に気がついた希ガス


 221自称最強・投稿日:2020/7/11(水)18:29:10

 >>220

 気がするだけなんですね分かります


 222社長炎上・投稿日:2020/7/11(水)18:29:21

 しかし一番はランキング9位のプライドを見事にそげぶした謎の超新星ヒバナだろjk


 223名無し・投稿日:2020/7/11(水)18:29:29

 >>222

 はげど


 224弱肉強食・投稿日:2020/7/11(水)18:29:31

 >>222

 はげど


 225名無しという名の名無し・投稿日:2020/7/11(水)18:29:40

 たしか狐之葉市って上位ランカーの巣窟だよな


 226自称最強・投稿日:2020/7/11(水)18:29:51

 >>215

 一位、五位、九位、その下にも百位以内が数人いたな


 227名無し・投稿日:2020/7/11/(水)18:29:59

 >>226

 競争率高すぎだろwwwwww


 228社長炎上・投稿日:2020/7/11(水)18:30:01

 とりあえず、このヒバナは俺の脳内猛者フォルダに登録余裕だな


 229名無し・投稿日:2020/7/11(水)18:30:11

 >>228

 アッー!


 230名無しという名のナナシ・投稿日:2020/7/11(水)18:30:19

 >>228

 通報しますた


 231名無しという名のシナナ・投稿日:2020/7/11(水)18:30:25

 >>228-230

 おまいらwwwwwwwwww



                         ◆



 仙波は自宅の自室にあるパソコンの画面を見ていた。それに映されているのはエンシェンティアの非公式情報交換掲示番だった。公式では何かと書くことに制限をかけられたり最悪、運営から目をつけられる。そんなデメリットが多いが非公式のここならばぶっちゃけやりたい放題なのでエンシェンティアの攻略などの情報収集には非公式の方が効率がいい。

 そしていつものように掲示板を眺めていれば案の定だ。今日の昼にあったことがもう広まってしまった。懸念はしていたがやはりこうなった。なってしまった。

 風呂から上がったばかりで、まだ湿っている黒い短髪を首にかけているタオルでガシガシと拭いて水気を取ると、開いているウィンドウを閉じてパソコンをシャットダウンさせる。そして椅子から立ち上がりベッドに倒れ込む。そして目を瞑ってあのバトルの後からあった事を思い出す。



 バトルモードの二位までの勝利者には特典が与えられる。いわゆる勝利ボーナスみたいなもの。それはゲーム内専用マネーだったり汎用アーティファクトだったり激レア、すなわち限定アイテムや限定アーティファクトなど、エンシェンティアで使うほとんどのアイテムがランダムで選ばれて勝利ボーナスとして与えられるのだ。そして江坂も例に漏れずに二位としての勝利者ボーナスを受け取った。問題はそれだ。別に普通のアーティファクトならば良かった。もしそうだったなら仙波はここまで思考を広げてはいないはずだ。

 そう、江坂がボーナスとして受け取った物は限定アイテム。今まで仙波が見ていた掲示板でも度々議論の対象になってるいわくつきのものだ。そのアイテムの効力は“アーティファクトと合成すれば固有スキルを使える”という効果を持つアイテムだった。


 固有スキルというものはその名の通り、唯一無二だ。いくらエンシェンティアの規模がでかくても、誰かとは技などが被っているのが現実だ。しかし固有スキルならば全世界で自分だけの技なので盛大に自己を主張できる。そういった理由が主となってほとんどのユーザーが欲しがっているアイテムを、江坂が手に入れてしまった。


 ――――とりあえず、絶対にトレードの材料や今の装備に使っちゃ駄目って釘を刺したけど……けどなぁ。


 弟のような存在がいつの間にか大きくなったものだと思う。寂しいような、嬉しいような複雑な気持ちが仙波を占めていた。



                         ◆ 



 江坂が初めてのバトルモードを行った翌日。江坂はヒバナとしてエンシェンティアのオンラインモードにログインしていた。今はタウンで装備を整えている最中だ。昨日、今まで使っていた大剣のアーティファクトは消滅し、フレイムブレードは粉塵爆発を使った瞬間に劣化率が100%に達したようで同様に消滅してしまっている。

 つまり今の江坂にはロクな装備が無いわけで。とりあえずタウンにあるショップで何かしらの装備を整えるところから始めなければならない。


 「え~と、ショップはこっちか」


 今はタウンのど真ん中、エリアに行くためのゲートの前にいる。他のプレイヤーが橙色の複数の輪に囲まれて現れたり消えたりを繰り返している往来の激しい場所だ。タウンの地図を開いて方向を確認して目的の場所へと足を運んだ。中央広場からほど近い場所に武器屋がある。そこが目的の場所だ。

 武器屋の周囲には多数のプレイヤーがいて中央広場程ではないが混雑している。しかしラグは一切ない。いつでも軽快かつクオリティが高いのもこのゲームでは当然のこと。

 武器屋に近づくと目の前にウィンドウが表示される。実際に入店するのではなくこれを操作する事によって買いものを済ませる。だから店の周囲にプレイヤーが集まっているのだ。江坂もウィンドウを操作して商品の一覧を見る。今まで使っていた大剣の他に刀や双剣、槍、銃などもあるが数分悩みぬいた末に今まで使っていたものと同型のものを選んだ。


 「あれ?」


 ウィンドウを見ていると“修理”という欄があった。その項目の説明を見てみれば案の定だった。アーティファクトの劣化率を0%まで戻すというものであり、これを実行するにはゲーム内通貨が必要みたいだ。しかし劣化率が元に戻せると分かっただけでも良かったと江坂は思う。ただ壊れる一方ならやってられない。

 後は回復アイテムなどを揃えようとして武器屋ウィンドウを閉じて次の目的地へと足を向けたその時。


 「君、ヒバナ……だよね?」


 背後からいきなり耳打ちされた。江坂は反射に近い反応で前へ一歩踏み出し素早く振りかえる。そこにいたのはもちろんプレイヤーだ。中性的な顔立ちをしたプレイヤーだが女性だろうか。腰まで届きそうな長い髪を一本結びにしていて色は紺色より少し鮮やかな青。別段ここでは珍しい事もないが目を引くのは目の前のプレイヤーが背中に背負っている大きな戦斧だ。

 大きさは江坂より高いプレイヤーを軽く凌駕している。刃と柄が重なっている箇所には獰猛な魔物が捕食する時のように、鋭い牙が並んだ大きく開かれた口をあしらっている。


 「えっと……何か用?」


 「ちょっと話したいことがあるんだけど大丈夫? 周りに気づかれたくないから耳打ちしたんだけど驚かしたみたいね。ごめんなさい。あ、これ渡しておくわ」


 相手の声は大人の女性のものだった。大人とは断言できないが江坂よりは確実に年上だろう。そして彼女から渡されたのはプレイヤーアドレス。これがあればパーティへの勧誘が簡略でき、ミニメールも送ることが出来るようにもなる。一言で言うなら友達の証みたいなものだろうか。もちろん仙波からも貰っているから彼女からミニメールが来るのだが。

 それを受け取ると江坂は自分のプレイヤーアドレスを彼女に渡す。一種のマナーのようなものだ。しかし周りが騒がしくなっている事に江坂は気づいた。少し耳を澄まして聞いてみる。


 「あれってランキング五位“底無そこなくらい”じゃね?」


 「うおっ……本物だな……」


 「っていうか“底無し喰”と喋ってるプレイヤー、どっかで見たことあるような……」


 「あの動画の奴じゃねぇの? あの“傀儡師”に喧嘩売った初心者」


 「ああ、そう言われてみればそれっぽい……って、“底無し喰”とスーパールーキーがいるって何気に大事のような気がする」


 最初は何気ない会話からざわめきへ。そして今では喧騒へと移り変わっていく。江坂はこの状況に戸惑いを隠せないが、目の前の女性プレイヤー“底無し喰”は違う。頭を抱えて深く溜め息をつくと江坂の方をまっすぐと見た。


 「こうなる前に話しをつけたかったんだけど仕方ない、か」


 すると江坂の目の前に一枚のステータス画面と同じ表示枠が表れる。しかしそこに書かれている事はそれとは全く違っていた。内容は“ハルナさんがあなたをパーティメンバーに誘っています”という一文とその下に容認するか拒否するかを選択する部分だけ。江坂が彼女に目配せをすれば“底無し喰”はウィンクして促す。OKのボタンを押すと、途端に彼女は江坂の腕を引きダッシュを始めていた。彼女が向かう先は中央広場。

 そして江坂は有無を言えないまま“底無し喰”と共にタウンから離脱してエリアへと転送していた。



 

 江坂は一度まばたきをすれば景色が変わっているという体験をするとは思ってもいなかった。現在はタウンの喧騒は全て消え失せて、砂浜に波が打ち寄せる音だけが聞こえている。海辺だ。

 右からはさざなみが聞こえて、左には砂浜が続いているが数メートル先には断崖絶壁が聳え立っている。この場にいるのは江坂と“底無し喰”の二人だけ。


 「よし、ここなら大丈夫みたい」


 「…………」


 いまいち状況が把握し切れていない江坂だが、人払いの為にタウンからエリアに移動した事ぐらいは分かる。そして向こうが口を開いた。



 「いきなりごめんなさいね。とりあえず一度は君と話をしてみたかったからさ。まさかあそこまで人が集まってくるなんて思ってなかったからエリアに場所を変えさせてもらったわ。自己紹介がまだよね。私はハルナ。一応ランキング5位“底無し喰”を名乗ってるわ」


 「俺はヒバナ……まだ始めたばっかの初心者。ああ、その辺は分かるよ。で、俺に何の要件があるんだ?」


 「はい、君にこれをあげる」


 単刀直入に切り出したハルナが江坂に差し出したのは大剣型のアーティファクト。刃は片刃になっており刃の無い部分にはバーニアのような加速機構らしきものがある。しかし刀身全体にひびが奔って崩壊寸前に陥っている。これを江坂は身にしみて覚えている。


 「劣化率が……」


 「よく分かってるじゃない。そうね劣化率99%……一歩手前ってところ」


 「なんでこんなものを俺に?」


 「君に強くなってほしいから。他に理由はないわ」


 そしてハルナは有無を言わさずにアーティファクトを江坂に手渡した。

 江坂は受け取ったアーティファクトの詳細を確認する。名称は“バスターブレードver.ラピッドアクセル”。A級ランクの大剣型アーティファクトだ。


 「A級? 俺にくれるなら自分で修理して使った方が……」


 「君に強くなってほしいから。同じことを言わせないで」


 初対面の江坂が見ても分かるほどにハルナはその一言で不機嫌になってしまう。むしろ不機嫌というよりは敵意に近いものを感じる。彼女はまるで気分次第で草食獣をいつでも狩れる放漫な獅子のようだ。 


 「このバスブレはA級ランクだから、修理にざっと8桁ぐらいはいるんじゃないかしら」

 

 江坂が一回エリアをクリアして良くて4桁程度の金額しか手に入らない。先が見えない事は無いが遠すぎる。そして獅子は一転して笑顔を見せる。


 「今すぐ強くなれなんて言わないから、せめてそれを扱えるぐらいになったら、あなたが昨日立った舞台で戦いましょう」


 「……分かった。ありがとう」


 「はい、それでよし。あと君が昨日貰った報酬のアイテムを合成しても劣化率は引き継ぎだからガラクタになるだけなんで無駄にしないように」


 「そういうことは昨日、友達からさんざん釘を刺されたよ」 


 「そう、それならいいわ。変なところで大ポカをやらかしてもらっても困るし。じゃ、暇な時はいつでもパーティに誘ってね」


 そう言って軽くウィンクしてみせたハルナはエリアから離脱してタウンへと帰還した。江坂はこのままこのエリアでレベル上げをしてもいいがその前にエリア情報を見て戦慄した。


――――推奨レベルが200からなんて文字通り桁違いだろ……。


 ランキング5位の実力を垣間見たわけではないがそれでも桁違いのそれに手が届きそうもない。しかし約束してしまった。いつか昨日のような偶然で出来あがったバトルではなく、真っ向から戦おうと。



 

 ハルナはタウンに帰還し一度だけ大きく伸びをした。自分に出来るだけの布石は打ったつもりだ。これがどういう結果になるのかは彼女自身分からない。しかし莫大な期待を寄せるだけの価値はあるとハルナは思っている。

 ヒバナにあげたアーティファクトは決して安物ではない。A級と言えばそうそう簡単には手に入らないものだ。イベントなどでしか手に入らない限定アイテムがほとんどであり、この上のランクは完全な限定物。更に言えば彼にあげたアーティファクトは限りなくSに近いAランク。ぶっちゃけ手に入れるのに相当苦労した。が、後悔は全くしていない。逆に嬉しいくらいだ。そう、これからまた新しい強者が出てくるのなら安い買い物程度の事。


 タウンを軽いスキップで駆けていくハルナは周りから特異な目でしか見られない。その行動というよりも、彼女が背負っている彼女自身の身長よりもでかい戦斧がハルナを“底無し喰”であることを暗に公言しており、それが他のプレイヤーの注目を集めている理由だ。

 鼻歌を交えているハルナの軽い跳躍に合わせて一本結びにしている蒼い長髪が楽しそうに上下している。上機嫌そのものと言える彼女にしかし、使いこまれたロングコートのような黒衣を襟を立てて着こんでいる一人のプレイヤーが話しかけていた。


 「えらく……上機嫌だな」


 「あら、カイじゃない。何の用かしら?」


 「いや、お前がそこまで上機嫌だとロクな事がないから……少し心配でな」


 「別に特に何もしてないわよ。ヒバナ君に限定版のバスブレをあげたぐらいね。もちろんあなたの手甲と同じバージョンのやつ」

 

 その言葉にカイが眉を小さく吊りあげた。それを見たハルナはうんざりしたように首を横に振る。



 「頭固いわねぇ……。ま、このぐらいはいいでしょ。劣化率99のガラクタは修理しなきゃ使えないし、修理する金が貯まるころには期待通りにはなってるはず」


 「……どうでもいい。それよりだ」


 「何かしら」


 「昨日のバトルでソウイチロウが放った攻撃が絶好すぎるタイミングでジャマーモンスターに防がれた。あれをどう思う」


 淡々とあまり抑揚のない声でカイはハルナに疑問を投げかけた。

 今いる中央広場に複数ある巨大な噴水が一定の出力を以て水を吐き出している。その周りには幾百のプレイヤーが絶えず往来しており、現実と何ら変わりのないいつもの風景はゲームの中である事を忘れさせるようだ。そしてどこまでも澄み渡っている蒼天のグラフィックが、夕焼けのそれに次第に移り変わってゆく。噴水が無色から橙へと色付けされ、今までとは違った趣が表れ始める。

 ハルナは数分間考え込んで、応えた。


 「バイトの私には到底知れない秘密事項だし、どうにもならないわよ」


 「そうか」


 カイは小さく首肯した。ハルナは腕を組み、言葉を続ける。


 「それでも推測するのなら運営がヒバナ君のステータスを一時的に書き変えるぐらいのことをしないとあのバトルは説明がつかないとは思うわ。私的な意見だけど」


 「やっぱりお前もそうか……ありがとう参考になった。まあこれもそれほど重要ではないんだ」


 「何で訊いたのよ」


 「……いや、チヅルはヒバナと幼馴染らしいからな」


 「ふぅん、そう」


 ピリ、と空気が緊張するような感覚。それは果たして気のせいで済ませていいのか。それに今のハルナは会話の話題がいきなり飛んだなどという細かい事は気にしない。


 「今日は落ちる」


 ハルナのその発言にカイは予想通り、と言うように意味深な笑みを浮かべる。今の彼女は俯いている。夕日のグラフィックが逆光となって陰を作りハルナの表情は分からないが“底無し喰”が肩を震わせて笑いを押し殺しているのだけをカイは確認ができた。


 「ちょっと……食べていいか許可を貰ってくる」


 「期待はしない方が賢明だ」


 「無理だったら……それでも食べちゃう」


 “底無し喰”はこの世界――――エンシェンティアから離脱する。黒衣のプレイヤーは歩き始めた。



 江坂は体を囲んでいた橙色の複数の円環が消えたことを確認すると、タウンに帰ってきたことを改めて自覚した。念のために武器屋に行って修理の欄を覗いてみる。ハルナから貰ったA級アーティファクト“バスターブレードver.ラピッドアクセル”。彼女はこれを略してバスブレなんて呼んでいたが。しかし、修理金額は最初に4という数字があり、後に0が七つ続いている。

 

 「マジかよ……」


 これは酷い、と思うが遠すぎるだけで決して届かないわけではないのだ。今はまだ初心者。焦る要素なんてどこにもないのだから。武器屋のウィンドウを閉じてまたタウンを歩きだす。

 目的地は特になくタウンの中を散策するようなもの。空のグラフィックは青から燃えるような橙となっている。これは実際の日本の標準時に合わせて変動するようで、つまり今の時間は夕刻だ。やはり中央広場はプレイヤーの往来が激しく変化が多く、見ている分にも飽きはこない。


 ――――――虚しい……よなぁ。


 そうだ。江坂自身は何をするでもなく、ただ他のプレイヤーの動きを中央広場の隅で見ているだけに過ぎない。江坂は自分自身が何をやりたいのかだけは分かる。簡潔に言えば友達が欲しいのだ。幾らゲームでも仲間がいて、一緒に楽しむからこそ本当の意味で楽しめるのだろう。

 結局、他のプレイヤーに話しかけることもできずただ時間だけが過ぎていく。十分程度そうし続けた時。そんなときに中央広場に大声、というよりも半ば叫び声が響き渡った。


 「だ、だだ誰か! 一緒に……ぱ、パーティー組んでくれませんかっ!」



                         ◆



 取り返しのつかない事をしてしまった、とククルは内心で大量の冷や汗を滝のように流している。いくらなんでもタウンのど真ん中で声を張り上げることはなかったと今更に後悔が始まる。せめて「パーティー募集してま~す」的なもうちょっと柔らかい言い方にできなかったのか。しかしもう遅い。今タウンにいるプレイヤーというプレイヤーが自分の方を見ていた。

 自分に向けられる無数の視線。声を出そうにも出せない。こんなところで上がり症がしゃしゃり出てくるなんて。顔が林檎のように真っ赤になっているのは自分でもわかるのだ。他人から見たらそれは酷いことになっているはずだ。

 ログアウトして一時退散しよう、と思い至ったのは爆弾発言してしまってからどれくらい経ってからだろうか。早速ウィンドウを表示してログアウトを実行しようとするが。


 「え~と、パーティー入ってもいい、よな?」


 「え?」


 突然の事に驚いてしまった。自分から申し込んでおいて疑問で返すなんて何様、と考えれるぐらいには調子が戻ってきた。

 話しかけて来たのは男性プレイヤー。アバターは着用していなくてスタンダードのまま。これと言った特徴も無いが、どこかで見たことがある。しかしその疑問は後回しにする。


 「えっと……大丈夫、です」


 「そっか、じゃプレイヤーアドレス渡すな?」


 「え、は、はい」


 動揺しまくっている自分が惨めだ。声からして高校生ぐらい――――年上かもしれない。プレイヤーアドレスを受け取ると自分も渡す。


 「俺はヒバナ。あ、初心者だけど大丈夫か?」


 「わ、私、ククルです。その……私も初心者ですし、お気になさらず」


 思わず頭を下げて「よろしくお願いします!」なんて大声で言ってしまいそうで困る。冷静に努めるが無理かもしれないという諦めがよぎる。

 と同時にどこかからドカドカと盛大な足音が聞こえてくる。


 「そのパーティー、ちと待ったぁぁぁ!!」


 ――――関西弁?

 なんて疑問に思った時に目の前に居るヒバナが吹っ飛んで、入れ替わりに赤いキャップ帽を目深にかぶったプレイヤーが彼がいた場所に止まった。


 「ワイもパーティー参加してえぇかな!?」


 目深にかぶった赤いキャップ帽。上半身はロング丈の黒いベストだけを着ている。つまり上半身はほとんど裸に近いが程良く肉がつき、引きしまっている褐色の体躯はそれこそ歴戦の戦士を彷彿させる。腹部には白のタトゥーが入っており、七分丈で深緑色のアーミーパンツを履いている。

 何より、いきなり彼が迫ってきたということ。あがり症のククルにとってそれは。


 「ひっ……!?」


 体が無意識に行う条件反射。それを以てククルは両手で迫ってきた彼を突き飛ばす。


 「どわぁ!?」


 そして、ククルに突き飛ばされたプレイヤーはそのまま地面に力なく大の字に仰向けで倒れ伏した。


 「え? え?」


 ――――パーティーを組んでくれるということは分かるし、嬉しいけど……何で、どうやって、ヒバナ君とこの人の二人が倒れることになったんだろう?


 疑問は解決しないまま数十秒が経ち、しかしククルにとってその間は時が止まっているように感じていた。そして彼女の時間が動き出せたのは勢いよく飛び起きたヒバナの怒声による声のおかげだった。



 「おい、お前! 一体何のつもりだよ!」


 「え? ワイ? ワイはこの子とパーティー組むために来たんやけど。別に君には興味はないよ」


 ずいと迫る江坂に対し白々しい態度を取る関西弁のプレイヤー。彼は江坂の文句を適当に受け流し、視線でククルに助けを求めている。そして喧嘩が始まったと理解したククルは拳をわなわなと震わせた。


 「いい加減にしてください!」


 ククルがパーティーを募集した時よりも大きい声で響く制止命令はやはり彼女自身からだった。ビシっと人差し指を関西弁プレイヤーに差し、怒鳴る。


 「あなたもあなたでしょうよ! 名乗りもせず一方的にパーティーに入りたいとせがみ、あまつさえ他のプレイヤーを突き飛ばして謝罪の一言も言わないなんてどういう了見ですか!」


 その剣幕は女性のものではなかった。ククルは気おくれするどころか関西弁プレイヤーに向けて大きく一歩を踏み出して睨みを利かせる。身長差がありククルの方が頭二つ分程度は小さいがそんなものは関係なかった。呆気にとられているのは江坂と関西弁プレイヤーだけでなく、付近にいる他のプレイヤーも同様だった。

 ククルは今更周囲の空気が固まっていることに気づいていたようだ。そして空気が抜けていく風船のように彼女の威圧感が委縮していく。


 「すんません。ワイも調子に乗りすぎましたわ。この通りですわ」


 しかし、周りの視線は関西弁のプレイヤーは深々と頭を下げると、ククルもあわてて首を振って返答す。


 「私も出過ぎたことを言ってすいません……」


 「いや、ワイの方が悪いがな。君も申し訳ないな。この通りや」


 マナーがなってないその程度のプレイヤーと思いきや、江坂にも素直に謝ってきた。江坂も応じる。


 「ああ、いや、仕方ないなら別にいいけどさ」


 「あんさんごっつ優しいな!今までのプレイヤーなら問答無用で即解散やったのに……」


 関西弁のプレイヤーは目から流れ落ちる涙を腕でぬぐいながら江坂の肩にもう片方の手をぽん、と置いた。ある程度場が納まってきたところで改めて自己紹介が行われる。周囲はもうククルや江坂には目もくれず各々の時間を過ごしている。そして江坂とククル、関西弁のプレイヤーも今ではタウンで何かしらの騒ぎを起こしているプレイヤーではなく、周囲と同じエンシェンティアをプレイしているプレイヤーへと成っていた。


 

 「ああ、自己紹介がまだやったな。ワイはキョウスケや。よろしゅうな」


 キョウスケと名乗った関西弁プレイヤーはお辞儀程度に一礼する。江坂も同様に自己紹介するとキョウスケは丁寧な物腰で応対してくれた。そして彼は頭に右手をあてて俯きながら言う。



 「それでどうするんや。パーティは決まっても目的が決まってないなら、何もすることはあらへんで?」


 「あ~、そうだよな。とりあえずマップでも行くか?」


 「そうですね……」


 江坂の提案にククルがゆっくりと頷く。キョウスケも首肯すると二人に質問する。



 「とりあえずヒバナのレベルが10で、ククルちゃんはどうやの?」


 「私は……えっと、レベルはまだ5です」


 「そうか。ワイが48やから……そうやな、レベル20ぐらいのエリアなら大丈夫かいな」


 遠慮がちに言うククルに対して特に気にした様子も無く普段の調子で話しを進める。江坂はそれを傍から見ているがその振る舞いだけでキョウスケは根が良い人なんだと自然と理解できる。


 「えっと、それだけレベル差があっても大丈夫なんですか?」


 「いけるいける。俺がポコポコっと倒してヒバナとククルちゃんがちゃかちゃかっとレベルアップするって寸法よ。んである程度レベル上がればレアアーティファクトを狙うんや。これでええやろか?」


 「オッケー」


 「はい、大丈夫です」


 今いるのはタウンの夕暮れの芸術的な噴水が幾つも展開している中央広場。見る人を現実とゲームの区別を曖昧にするほど繊細なそれらは、夕日によって今までとは違う趣を醸し出している。


 「じゃ、早速行きましょか」


 三人の中で一番の経験者であるキョウスケがリーダーとなり、橙色の複数の円環に包まれてパーティはエリアへと転送された。



                         ◆



 江坂たちがたどり着いたのは神殿だった。天井は遥か高く、広大な空間を支える装飾が施された幾つもの太い石柱。床もまた石造り。どうやら今回のエリアはこの神殿内部の屋内型のようだ。


 「よし、ここって推奨レベルが20からなんだよな?」


 「せやな。とりあえず役割分担しよか。まとまりが無いと足の引っ張り合いやさかい。みんなの使こうとるアーティファクトはなんや?」


 「俺のアーティファクトは大剣だな。近接が主ってとこか」


 「私は経典です。後方支援が向いてるかなって……」


 それを聞いたキョウスケが二度頷いて、右手を顎にあてて思考を深めていく。十数秒経つと快活な声でこう言った。


 「そかそか。これは即席にしてはごっつええパーティやで。まずはヒバナ。お前さんは前衛やってくれや」


 「おう」


 「で、ククルちゃんは経典が使用アーティファクトなら術式を使えるな?攻撃か補助かはこの際ええから、それで後方支援頼むわ」


 「了解です」


 「で、ワイは遊撃といこか。ぶっちゃけ、レベル20のモンスター程度なら瞬殺やし危なくなったらワイが助けるさかい、二人とも思う存分やったってええで」


 キョウスケは右腕を突き出し親指を立ててグッジョブのジェスチャーをする。そして三人は神殿の最奥部を目指して歩き出した。

 神殿内部は片側四車線の道路程度の幅がある一本道だった。天井はそこが奈落のように錯覚してしまうほどに高い。中央には天井を支える太い柱が進行方向と同じ方向に等間隔で並んでいる。古代のものなのか石造りの壁や柱や床などに亀裂が見られ、蔦なども神殿内部を縦横無尽に張っている。

 そして歩いている三人の目の前に現れる~Battle field development~の表示。バトルフィールド展開。戦闘開始の合図である。


 「やっこさんが、おいでなすったみたいやで」


 三人と相対するのは蔦。恐らくそこらじゅうにある蔦に擬態していたモンスターなのだろう。蔦でできた棒人間のような体を持ち、頭部は口がそのまま取って付けられたような不気味そのものである。まるで食虫植物が未熟すぎる擬人化を経たような印象を受ける。


 「よっしゃ!」


 先手必勝とばかりに江坂は肩に見えない何かを背負っているように背後の虚空を後ろ手に掴み、その腕を振り下ろす。いつの間にか江坂の手には大剣の柄が握られており、続いて刃と共に虚空から吐き出される閃光が見通しの良い神殿内部を仄かに照らす。

 脇に構えた大剣を力任せに上へと薙いだ。斬り上げ。そして植物型のモンスターに赤く14という数字が表示されたが、相手は構うこと無く江坂に反撃としての噛みつきを行ってくる。それを避ける間もなく受けてしまい、今度は江坂に赤く53の数字が浮かび上がる。


 「いくら相手がふざけた格好しとっても向こうのほうが格上や。もちっと慎重にいけや」


 「……分かってるって!!」


 背後からキョウスケのアドバイスを貰ったが江坂はそちらに振りかえることはせず、そのまま大剣を構えなおす。すると江坂に青く53という数字が浮かんだ。


 「回復?」


 「え、えと……私がサポートします。ヒバナ君は構わずやってください」


 江坂は今度こそ後ろを振り返った。ククルの目の前に二冊の本が浮いていた。青い厚紙が表紙の本はククルの右手の正面、江坂に表紙を向けて浮いている。茶色の革表紙の本が彼女の左手の正面、こちらも同じである。


 「ヒバナ君、後ろ!」


 ククルの警告で気がついた。江坂は気を取られていた。だから今まで剣を向けていた敵に付け入られ、今目の前に大口を開けた蔦が迫っているのだ。


 「グランスランス!」


 ククルがんだのは術式発動のまじない。茶色の革表紙の本が淡く発光している。

 術式とはアーティファクトを媒介として自然に干渉し様々な現象を起こすことである。そして彼女が発動させたのは地面を円錐状に隆起させ標的を貫くというもの。江坂が使ってる大剣のような装備型とは違う影響型アーティファクト。経典が発する淡い光が煌めきとなって術式が始動する。

 江坂にとってはダメージを受ける寸前で大地から生えてきた円錐状の棘が無作為に生えてきたようだった。自分の目前に繰り出される一撃はいくら仲間のものとは言えどもお世辞にも助かったとは思えなかったが、事実はその棘が敵にヒットし怯んでいた。そしてチャンスと見た江坂は追撃を行い、無事に撃破に至る。


 「おおう……完璧なインターセプト……ククルちゃん凄いわ」


 キョウスケは感嘆の声を漏らした。江坂も首肯する。それを目を丸くして確認したククルは頬を赤くして、照れた様子で両手を前を突き出してしきりに振る。


 「え……いや、たまたまですよ。たまたま。私がそんなの狙ってできるはずが無いじゃないですか!!」


 まるでその声量が彼女の心境を物語っているようで。かくして三人は何ら問題も無く神殿のダンジョンを奥へと進んでいく。次々と今のと同じ敵を倒すが、このエリアでは同種のモンスターしか出現しないらしい。

 江坂は今までに経験したことのないコンビネーションがこんなにも頼もしいとは思いもしていなかった。後方にいるククルのお陰で少しばかりの無茶は問題がなくなっているのだ。



 江坂の体を金色の光が五回ほどつつみ、ククルの体を七回ほどつつんだころ。当初のレベル上げという目的は充分に達成できたといっていいだろう。江坂とククルにも余裕が出始め、戦闘中でも会話を交わせるようになっている。


 「あ、そういえばヒバナ君って初期アバターのままだけど変更しないんですか?」


 蔦のモンスターがヒバナに飛びかかってきたが、ヒバナはカウンターの要領で体を捌いて大剣で一撃を見舞う。そして敵が怯んだところに追撃とばかりに大剣を振り上げて強力な一発を叩き込んだ。

 この神殿を攻略し始めてから既に5レベルの差がある今のヒバナは先程までとは違い与ダメージが増えている。隙を見て連続して攻撃すればなんとか一体は倒せるほどだ。そして敵を一体屠ったところでヒバナはすぐさまバックステップを踏んでもう一匹からの攻撃を紙一重でかわす。

 

 「俺そういうのにこだわり始めると、とことんこだわるからさ。まあ良いかなとは思うけど」


 しかし、かわしたように思えた攻撃はヒバナに命中しHPが削られてしまったが、右前方でキョウスケが自身のアーティファクトを構えているのを見たヒバナはそのまま追撃はせずに続けて後ろに下がった。


 「ほいほい、余裕をかますには早いでっせ」


 パパン、と左方向から二度の火薬の炸裂音。江坂に一撃を与えた直後に銃撃を受けた蔦のモンスターはすぐさま塵となって消え失せた。それは銃のアーティファクトから発せられたものだった。それの使い手であるキョウスケは両手にオートマチック式の銃を構えている。いわゆる双銃というスタイルである。

 距離があってもキョウスケの援護は迅速かつ正確だった。今のようにヒバナがピンチと見ればすぐさま射撃を行う。これがククルでも同様だ。流石は上級者といったところなのだろう。そして今回の戦闘が終了する。


 「サンキュ」


 「気にせんでええよ。こんなの手間にもならへんからな」


 ヒバナの肩をばんばんと叩くキョウスケはそのままヒバナをヘッドロックする。


 「ちょっ!?」


 痛みは無いが体勢は崩れてしまう。よろめきながらキョウスケの腕に体重を預けてしまうヒバナ。


 「確かにククルちゃんの言うとおりやでな。ヒバナもアバター変えたらいいのに」


 「まあ、考えとくよ」


 「なんや、えろう愛想のない」キョウスケがヘッドロックを解く。ククルが心配そうに見ているが杞憂だと説明すると安心したようだ。笑っている。


 「そんなもんだって」江坂もまた笑う。見知らぬ誰かと会って、一緒にゲームをしただけでこんなにも嬉しくなれる。これからも一緒にエンシェンティアをしたいと心からそう思った。

 三人はまた歩き始める。この神殿を攻略し始めて30分が経過した。キョウスケはともかく他の二人には疲労の色が見え始めている。



 「そろそろ最後か?」

 

 「そうですね……結構進んでますし。それにずっと一本道だから道を間違えるはずもないでしょうから」


 「そやなぁ……まあ、当初の目的のレベル上げは順調やしあとはボスをちゃっちゃか倒そか」



 三人は自然と足を止める。今までただ一本道だったが目の前に扉が表れた。それはもはや扉と言うより壁と言う方が適切かもしれない。扉のサイズが天井と神殿の横幅がそのままなのだ。扉の全長はそれこそ目分量ですら測りようがなかった。

 そして風が流れる。扉がゆっくりと内開きに開き始めたのだ。三人は横に並んで奥に入っていく。扉の先は部屋だった。広大なことには変わりがないが先がある。10メートル四方程度の広さの場所である。この部屋の最奥には祭壇が見えるが、その目前には紫色のローブを羽織った何かがいる。フードを目深にかぶっていて表情が見えず不気味な雰囲気を助長させている。


 「ボスやな。こいつを倒せばめでたくクリアやで」


 「オッケー」


 「頑張りましょう!」

 

 紫のローブを羽織っているそいつは幽鬼のようにゆらゆらと不規則に宙を浮いている。そしてローブの隙間から出した骨と皮だけのような細い片腕に携えている経典が光る。それは直接的にヒバナたちに対して危害を加えるものではなく、幽鬼の真下の地面に二つの魔法陣が浮かび上がりそこから這い出る様にして上半身だけの石像がそれぞれの魔法陣から出現した程度だった。

 石像の大きさはプレイヤーの三倍程度。頭部や体などの大まかな分別があるだけで表情などの小細工はない無骨な造り。巨大な石をそのまま人型に加工しただけのもの。下半身が無いのでうつ伏せに寝そべっているが両腕のリーチは余りあるほどに広いだろう。それが二体、左右に並んで三人を目鼻口パーツのない顔で見つめている。


 「召喚系かいな……ああいう奴は大元を叩かん限り、手下は幾らでも湧いてくるんが定石セオリーやな」


 「つまりあの経典を持ってるやつを倒さない限り、私たちは延々と石像の相手をするという事ですか?」


 「正解やククルちゃん。つまり経験値稼ぎには持って来いって事と同じやけどな。補足説明しとくとあの紫ローブは稀にレアアーティファクトをドロップするんやけどもどうしよう……狙うか?」


 右側の石像が右腕を横に薙いだ。それは突風を伴って三人を強襲するが三度の発砲音で突風が消え失せた。強襲を仕掛けていた右側の石像がそれだけで撃破されていたのだ。


 「俺なら適度に経験値を稼ぎつつ、レアアーティファクトを狙うかな」江坂は大剣を脇に構えなおして体勢を整える。

 

 「私も同じです。疲れない程度でなら問題はないと思います」ククルも同意を言うと両の手の正面に浮遊している経典のページを捲る。


 「よっしゃ、全員一致やな。一花咲かせよか」



 キョウスケが撃破した石像がいた場所に魔法陣が波打つように表れ、そこから同様の敵が出現した。親玉である紫色の幽鬼が空いた戦力を補充したのだろう。そして元通りとなった二体の石像が片腕を振り上げて勢いよく振り下ろす。それは三人に中ることはなかったがそのまま石畳の地面を砕くことで、それらがまるで散弾のように四方八方に飛散し、無差別の広範囲攻撃を行った。


 「……っ!」ヒバナは一直線に飛来してくる石片に対して大剣を地面に突き刺し、大剣の腹の陰に身を隠してやり過ごす。

 次弾が来ない事を確認すると石像の内、右側の一体へ向けて全速力で走りだした。相手の一撃は強力だが遅い。足を留めることがなければ捕まることはまずないと考えればいいはず。

 しかし、上から滑空してきた何かによって江坂は体当たりをくらい思考を中断されてしまう。江坂を攻撃したのは蝙蝠だった。大きさは手の平程度と小さいが小回りが利くタイプ……そう分析していた彼の近くでまた巨大な石像が動いたのを音で認識した。重い一撃が来るが避けきれない。

 回避よりも防御を選択して身を固めた江坂だったが直後に銃撃が連続して彼に狙いを定めていた石像が撃破された。後衛からの援護で助かったと肝を冷やしながら、しかし江坂は奇襲の原因が分からずにさらに焦燥に駆られる。

 離れた距離からの援護を戦術としていたキョウスケとククルは江坂のように直接的な被害は受けていないみたいだ。


 「こりゃ厄介やで……」


 「ヒバナ君!」


 離れたところから状況を見ていた二人はヒバナよりは現状を把握できているらしい。舌打ちをするキョウスケはやれやれとでも言うように、俯いて左右に首を振る。ククルは自分の役割である補助をすぐさま実行に移し、HPが削られた江坂を経典を用いて回復する。

 混乱しきっている自分に喝を入れて、江坂は一旦石像たちから距離を取った。二人がいるところ辺りがとりあえずの安全圏と判断しそこまで下がる。

 新しく上空に展開される複数の魔法陣から江坂を奇襲した同様の蝙蝠が湧きだしてくる。数はざっと二十程度だろうか。質よりも量で展開された新たな敵戦力。そしてまた撃破した分の石像が召喚ほじゅうされる。



 「あの蝙蝠は見たまんま、あの紫ローブが召喚したもんやでな。ヒバナでも一撃あてれば倒せる程度の雑魚やろけど、でかぶつを集中的に攻撃させへんようにあの蝙蝠が小回りを活かして邪魔に入る」


 「そして蝙蝠に気を取られれば石像から強烈な攻撃がくる……ですよね?」


 「ご明察やククルちゃん」


 「ヒバナは何かしら他のアーティファクトは持ってないんか?」


 「あ~、俺はこれ一本だな今は」


 江坂は駆ける。要領は先日のバトルモードでビルの瓦礫を足場にして遥か上空を目指した時を同じ。しかしあれよりは遥かに難易度は低い。今は江坂を叩き潰そうとして振り下ろされ、停止したばかりの石像の腕を足場にして上へ駆けあがり、空中に群がって不規則に飛びまわっている蝙蝠の内、二体斬り伏せる。そして江坂は跳ぶ。動き出した石像の腕と言う不安定な足場から宙空へ身を投げ出した。


 「アーティファクトが一種類だけて……それになんつー戦い方をしよるんや。まあ……動画で見た通りに型破りな奴で安心したけど」


 空中で落下するしか行動のできないヒバナは、しかし、身を捻り、攻撃を仕掛けてきた蝙蝠を迎撃してまた斬る。それはもはや攻撃をしてるというよりは踊っていると形容した方がいいのかもしれない。舞っている。剣をまるで扇のように扱い、体は落下しているというのに体を捻り全身を使って全霊の一撃を繰り出している。


 「凄い……オーバードライブ無いのに」ヒバナに対して感嘆の言葉を漏らしたククルは。「あれ、オーバードライブ? ……ヒバナ、ヒバナ……もしかしてヒバナ君ってあのランキング9位のソウイチロウさんと戦ったヒバナ君!?」


 「なんや、今頃気づいたんかいククルちゃん。しっかしあれは凄いの一言や。肉体強化のアーティファクトも無しにあんな動きができるのは立派な才能やでな」


 ヒバナは背中から着地する。それはむしろ意図して背中から落ちたようだ。無理をして無事に着地するよりある程度のダメージは覚悟して落ちやすい姿勢で済ませてしまった方が良いと判断した故か。さらにヒバナの今の行動によって蝙蝠の数が半数近くまで減っている。が、石像と同じように紫色のローブを羽織っている幽鬼が経典を使用して宙に魔法陣を描き出す。そこから出てくるのはヒバナが撃破した蝙蝠と同数のそれら。

 敵の絶対数は決まっているみたいだがその補充リカバリーはとても速い。



 「ククルちゃん。ヒバナが蝙蝠を倒してからまた召喚されるまでの時間、数えとった?」


 「えと……三十秒くらいだと思います、多分……」


 自身が無さそうな返答だったがキョウスケは二度頷いて礼を言った。そして前衛で剣を振るっている江坂に半ば怒鳴り声で声をかける。


 「ヒバナ!その蝙蝠と石像は倒したらほぼ三十秒間隔で再生するんや。石像二体、蝙蝠約二十体、親玉の紫ローブ、合計約二十超の敵を一掃できるか!?」

 

 「出来るわけねぇよ!」


 「なら退がっとけや。俺が一掃するわ!」

 

 「レアアーティファクトはどうすんだよ?」


 逡巡したかのようなそぶりを見せたキョウスケだったがすぐに言う。



 「こいつらはさすがに面倒や。違うエリアでやった方がもうちょっと楽やろ。ここは忙しすぎるで。ククルちゃんもそれでいいか? 半ば強引に話し進めて申し訳ないけど」


 「あ、私は大丈夫です」


 「俺も良いよ。充分にレベルは上がってるしな」


 「ありがとうな。詫びの代わりにワイのとっておきを見せたる」


 キョウスケは両手に持っている銃を閃光を吐き出す虚空に仕舞い、続けてまた銃を二丁取りだす。しかしそれらは今まで使っていたものとは違っていた。銀色に煌めく銃身。オートマチック式ではなくリボルバー式のものがキョウスケの左手に握られている。

 そして彼が引き金を引く。射出された弾丸はそれぞれ一発ずつ。そして二体の石像にこれまた一発ずつ着弾した瞬間に轟く爆発が起こった。それは石像を一瞬で瓦礫に変えてしまうような大規模のものであり、キョウスケは続けざまに残りの弾丸を全て使いきる。それは圧倒的破壊の連続だった。有無を言わさない爆風と炎熱の連続は石像や蝙蝠、そしてそれらを召喚した紫のローブを羽織っている幽鬼。三人と戦闘を行っていた全てが塵となる。

 

 苦労が嘘のように一瞬で終わってしまった。10メートル四方のこの部屋を埋めていた二体の石像と数多の蝙蝠が消え失せて、それなりに広い場所だったのだと錯覚する。そして正式に戦闘終了の合図がファンファーレとして訪れる。これはダンジョンをクリアしたことと同義でもある。

 そして江坂とククルの体が金色に光る。レベルアップである。


 「これで俺は16か。6も上がったの順調すぎるくらいだな」

 

 「私なんて8も上がって今レベル13ですからね」


 感嘆の声を漏らす二人に対してキョウスケはうんうんと頷く。


 「よしよし、これはこれで経験値入ったし守備は上出来やな」


 「じゃあ、一旦タウンに戻るんですね?」


 「でもレアアーティファクトは勿体ないよな……」


 「落ち込むんやないて。またレベル上げてから来たらええだけや」


 ダンジョンをクリアしたことによってタウンに帰還するための装置が10メートル四方のこの部屋の中央に出現する。江坂とキョウスケはそれを目指して歩き始めるが、ククルはそうしない。彼女は奥にある祭壇を凝視している。


 「ちょっと待ってくれませんか?」


 ククルが紡いだ待機を所望するその言葉に男性陣二人は足を留めて彼女の方を振り返った。


 「どうしたんだ?」


 「えっと……あの祭壇の中央の部分だけ、グラフィックが少し違うような感じがするんです。……間違ってるかもしれませんが」


 江坂の問いかけに対して次第に尻すぼみになっていくククル。しかしキョウスケはククルの示した場所まで歩み寄り丹念に観察をする。眉をひそめてまじまじと観察を続け、そして首を傾げたり顎に指に手を当てて黙考している。時には実際に祭壇に手を触れてみるが特に何かが起こるわけでもなかった。

 その間、江坂とククルは少し離れたところで二人並んで、キョウスケの行動をただ見ていた。初心者がそんな事をやっても対して結果は変わらないのでせめて邪魔にならないようにこうして後ろに控えているのである。

 そして5分程度が経過した。ククルの心を占めているのはひたすらに罪悪感である。もしあんな事を言わなければ今頃は次のエリアに向けて三人で準備を進めているはずなのに。楽しむはずの時間がただ食いつぶすだけの無駄なものになっているのだ。二人には申し訳がない。そして自分が余計なことを言ってしまった事の謝罪を言おうと息を吸って発言した瞬間である。


 「あ、あのっ……」


 「ビンゴやでククルちゃん!!」


 キョウスケの今すぐにでも狂喜乱舞しそうな程に上ずった声に中断されてしまった。呆気にとられてきょとんとするククルに、キョウスケはオートマチック式の双銃のアーティファクトを虚空から取り出し行動で証明する。両の引き金を引いた。それは一度きりではなく弾層が空になるまでひたすら射撃を行う。銃弾によって煙が祭壇の周りにもうもうと立ち込めるが、数秒の内に晴れて全貌が露わになる。


 「ドロップ確率が低いレアアーティファクトを必ず入手できる裏ルートってやつや。まさかこんな感じにカモフラージュしてるとなんて思いもせんわ」


 キョウスケは苦笑しながら祭壇があったところに歩み寄る。そこには瓦礫と化した祭壇の他には一冊の経典がただ当然のようにあるだけである。彼はそれを手に取って後ろで待機していた二人の場所まで行く。


 「うわ……ソロモン72柱の経典かい……なかなかレアやでこれ。じゃあはい、ククルちゃん」


 そしてキョウスケは何の躊躇も無く手に入れたばかりのレアアーティファクトをククルへと差し出した。これは流石に状況が呑みこめないのかククルは拒絶する。


 「な、なな何で私が!? 入手ゲットしたのはキョウスケ君なんだし……」


 「阿呆、ククルちゃんが言わへんかったら気づかへんままタウンに戻ってたんやで? これはククルちゃんの実力で勝ち取ったアーティファクトであって、ワイはその手助けをしただけや。お前もそう思うやろヒバナ?」


 「うんうん」


 キョウスケは江坂も味方につけてククルに反論ができないような状況を作り上げた。そして彼女は戸惑い、ぎこちない動作ながらもキョウスケから経典を受け取った。そして貰ったばかりのアーティファクトのデータを調べ始めた。


 「ソロモン第57柱オセ……?」


 「なかなかのレア物や。大事にしいや」


 「あ、ありがとうございます!」


 ククルは目を潤ませながら深く頭を下げる。彼女はそのアーティファクトを大事そうに両手で抱きながら、二人に続いてタウンへの帰還装置へと小走りで向かった。



                         ◆



 「えと、こ、ここれからどうします? またどこかのエリアに行ってレベル上げかアーティファクト取りに行くんですか?」


 タウンの中央広場にある噴水広場の一角でククルは今日知り合ったばかりの二人に今からの行動を訊いていた。ククルは噴水の縁に腰掛けており、その両隣りに男性プレイヤーがいるのは緊張の種でしかないが、表には出さないと内心で奮戦する。

 ――――少しでも変わる切っ掛けが欲しくてエンシェンティア始めたのに、普段通りにしてたら、何の意味も無い……頑張らなきゃ。


 「俺はまだ時間も余裕あるしもう一回ぐらいはエリアに行けるな。アーティファクトが一個だけってのもあれだし、新しいのが欲しいかな」


 ククルの右隣に座っているヒバナはそう言うと、両腕を上へと上げて伸びをする。

 タウンの空は既に夜となっている。天を覆う黒色のカーテンに大小様々な無数の光点が煌めいている。そして一際輝いている白銀色の月。街灯などなくてもその太陽とは違う優しい光がタウンを仄かに照らしている。

 

 「ワイはそろそろ落ちるで。毎週楽しみにしてるアニメを見逃すなんて許されへんからな」


 「そうですか……」


 「そない残念そうな顔したらあかんて。またいつでもパーティに誘ってくれたらええからな」キョウスケはそう言うと立ち上がる。「ほなな。また今度」手を振って、彼は橙色の円環に包まれて離脱ログアウトした。

 

 「ヒバナ君はエリアに行くんですよね?」


 「そうだけど、一緒に行くか?」


 「はい、二人から譲ってもらったアーティファクトも試してみたいですしね」


 そして彼女が立ち上がると、江坂も立ち上がる。


 「よし……じゃあ」


 そこで江坂は言葉を切った。不思議そうに首を傾げるククルは江坂の事を真っ直ぐと見つめている。江坂はウィンドウを表示させて数度の操作を行う。


 「ごめん、ミニメール来た。ちょっと待ってくれるか?」


 「あ、はい、分かりました」


 ククルは江坂のその動作を何をするでもなく自然と見ている。もちろんメールの内容をみるような無粋なことは絶対にしない。数分後に江坂がウィンドウを閉じると気まずそうに彼が告げる。


 「あ~……悪い、俺から言っといてなんだけど、急用が入ったんだ。だから……その」


 「あ、分かりました。じゃあ今日はこれで解散ですね」


 「ごめんな」


 「いえ、気にしないでください。また一緒にパーティー組みましょう」


 「了解、じゃあまた今度」


 「はい」


 ククルは江坂がログアウトするのを見届けるとこれからにどうするか悩む。現在の時刻は夜の七時ごろ。


 ――――遅くなり過ぎても危ないし……今日はこのぐらいで止めとこうかな。


 彼女もまたエンシェンティアから現実へとまた戻る。




 「ふう」


 江坂はコクピットのカバーが頭上に上がるのを確認すると左手にあるカードリーダーから自分のプレイヤーカードを回収する。それが終わると個室のドアを開けて外へ。廊下の両側にはドアが無数にありその数だけエンシェンティアをしているプレイヤーがいるということ。

 今日で二人の人と知り合えたのは嬉しかった。世界は広いからこそ今日のように見ず知らずの人たちと一緒に遊ぶことができるし、また会う約束もできる。普段では決して作れない交友関係を作れてこのゲームを始めて良かったとも思う。欲を言えばいつかはオフ会のようなものにも憧れる。

 今いるビルそのものと言っていいゲームセンターの4階から一回を目指す。仙波からミニメールが来ていたからであり、だからこそログアウトしたのだ。『いい加減返ってこないとおばさんが怒ってるよ』とのこと。おばさんと言うのは江坂の母親のことだ。

 

 1階のファーストフード店には仙波が待っているだろうが別段そこまで急ぐ必要もないはずなのであることにする。

 階下に行くためのエスカレーターに足をかけようとした時。


 「えっと……待って下さいヒバナ君!」


 声をかけられた。その声はさっきまで一緒にエンシェンティアをしていた彼女の声であり、しかし決してあり得ないはずの声だった。

 オンラインモードとは全世界で同時にプレイヤーがエンシェンティアをしており、あらかじめ友達と落ち合う約束をしていてゲーム内で会うことはまだしも、ゲームで知り合ったばかりのプレイヤーとすぐに会うことができるという、前者と正逆のパターンは起こり得ないはずなのだ。


 「あ……えと、わ私ククルです。さっきまで一緒にエンシェンティアをしていた……ええと、えと、これで信じてくれますか?」


 自らククルと名乗った彼女がピンク色の長財布から取り出したのはプレイヤーカード。そこにはしっかりとさっきまで一緒に遊んでいたプレイヤーの姿があった。

 しかしいつまでも江坂が反応を示さないからかククルの顔が徐々に赤くなっていく。


 「あれ? ひ、人違いでした? ご、ごごごごめんなさい!」


 「あ、いや、合ってる合ってる。俺はヒバナだよ。ほらこれ」


 江坂も応じてプレイヤーカードを提示する。それを見た彼女の顔が一転して明るくなる


 「まさか本当にこんなことあるんだな……」


 「私もびっくりですよ……」


 案外、世界は狭いのかもしれない、と江坂は内心でひとりごちた。

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