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エンシェンティア  作者: gray-zone
ひよっこプレイヤー
2/4

頂点

~Top ranker~

 

 バトルモード。

 他のプレイヤーと闘い、力を競い合う格闘ゲームの側面を持ったエンシェンティアの遊び方の内の一つである。

 そのエンシェンティアによって展開された仮想空間の中で、異例のトラブルが起こっていた。



 「システム、管理?」


 仙波せんなみ 千鶴ちづるもといエンシェンティアのプレイヤー、チヅルはどこからともなく聞こえて来た放送に理解が追いつかないでいた。今までシステム管理なんてものが介入してきた事なんてなかった。それがエンシェンティアのセキュリティの高さと安全性を裏づけていてプレイヤーが安心してプレイできる要因の一つだ。

 エンシェンティア初心者でチヅルにとって幼馴染で弟のような存在の彼がこんな上級者用のバトルフィールドにいるのはそれが関係しているからなのか。いや、それしかない。



 『ちょいと今はバトルは起こすなよ。今まで出てこなかったシステム管理がでてきたって事はそれなりの事態ってことは理解できてんだろ?』


 『ちょっと先輩! そんな口の利き方は色々とマズイですって!』


 『たかが新入りは黙ってろ』


 どこからともなく聞こえてくる二つの声はまるで漫才をしてるかのように感じるがあちらはあちらで混乱しているのだろうと仙波は勝手に決めつけた。そしてほぼ確定的であるこのトラブルの当事者、ヒバナの方を見た。傍から見た限り彼もまた緊張しているようだ。


 『結果から言うとだな、レベル1~50のエリアでバトルするはずだったプレイヤー、ヒバナがレベル100~250エリアに乱入してしまった。現在、ヒバナ君の肉体が安全だという事はこちらのスタッフが確認している。このままゲームを続けてもらっても問題は無い。それは俺達が保証しよう。しかしここでヒバナ君には選択肢が二つある』



 最初に発言したシステム管理者は一息おいた。忠告をしていた方の声はもう聞こえない。


 『まず一つ目、このまま現状から離脱して本来するべきエリアでゲームをする。もちろん次のゲームは君を最優先にすることも約束する。二つ目、このままここでゲームを続ける。即行でゲームオーバーになっても知らないがな……どうする?』


 仙波は江坂を見ている。彼は顔を伏せているのでこちらからは表情は見えない。しかし、仙波には分かる。ヒバナは今最高に楽しんでいると。



 「じゃあ、エリア変えてもう一回するのも面倒くさいし、このままここでやるよ」


 ヒバナの回答に会場は息を呑んだ。今の言い方はまるで、面倒くさいから、ただそれだけで猛者が揃うここへと喧嘩を売ったに等しい。そう捉えられてもおかしくはなかった。



 『そうか、んじゃ精々気ばれや』


 そう言って放送は切られた。と同時~battle start!~の表示が目の前に現れる。



 「あ~あ、言っちゃったね。断っとくけど、手伝わないからね」


 「上等だって。最後に戦おうぜ」


 突如、江坂の背後にそびえる一際背の高いビルが一瞬にして爆砕。その結果として無数とも言える破片と炎が江坂と仙波に牙を剥く。あまりにも唐突な他者の攻撃に江坂は反応が不可能だったが傍にいた少女は違った。彼女は普段とは真逆の冷え切った声で呟く。


 「……ブロック」


 二人の前方には巨大な青い有色透明の障壁が張られ、その殺傷力を封じられた。続けてビルは火災を伴って崩落が始まるがその余波も仙波が展開した障壁がことごとく無効化していく。今の江坂の理解を遥かに超えた攻防に彼は唖然とする。


 「そいつが乱入者か? 本当に初心者なんだな」


 ほんの数秒で崩落が終わり残骸となった瓦礫の山は未だに黒煙を吐いている。吹き飛んだ棒状の建造物。その黒煙の向こう側から一人のプレイヤーの影が見えた。


 「邪魔」


 桃色の着物が翻る。下駄がカロン、と軽快な音を奏でた。江坂が瞬きをして視界を確認した時には傍にいたはずの仙波が男性プレイヤーの背後、黒煙の中に悠然と立っていて、そのプレイヤーは脱落していた。

 

 「邪魔が入ったな……なんだっけ? ああ、最後に戦おうだっけ確か。別にヒバナみたいな雑魚を相手にしてたら弱い物イジメのレッテル貼られそうだから相手にはしないけど、調子に乗ってたら狩るよ? それにヒバナを助けたんじゃなくて、自分の身を守ったらたまたまヒバナまで守ちゃっただけだから」


 黒煙が立ち昇る中で桃色の着物を着た幼馴染は既に冷酷な戦乙女のような敵となっていた。 

 走った。逃げる為に。



                         ◆




 「あ~あ、行っちゃったか」


 仙波は分かり切っていた事に落胆する。

 初心者に思いっきりプレッシャーをかましたらほとんど逃げ出すのは明白。ほんの悪戯心でからかってみたけど結果は予想以上。あとで謝ろう、と仙波は今後の予定を一つ追加した。



 「……今日は上機嫌だな」


 「あ、カイも同じバトルだったんだ」


 仙波は右隣に現れた少年のプレイヤーに嬉しそうな表情を見せる。カイと呼ばれた小柄なその少年は黒いコートを着ていて襟を立て、口元をそれで隠している。



 「弟っていうか幼馴染がエンシェンティア始めてさ、今からかったんだけど、予想以上に驚かせちゃった」


 「……あの初心者か。それにしても何を考えてるか分からない……なぜこのままプレイしているんだ」


 カイは心底納得いかないといった様子で、それをみた仙波は楽しそうだった。



 「きっとね、その方が楽しいからだと思う」


 江坂の理解者は友人にそう言った。





 江坂は跳ねる心臓を落ち着かせるために深く息を吸い込んで吐き出す。ゲームの中でも現実のような疲労感があるのはかなり新鮮だが、これがエンシェンティアだ。それに、信じられないがここまで全力で走った距離は1キロを軽く越えてる。


 「はあ、はあ……ふぅ」


 先程の事を思い出す。仙波は本気で自分を倒すつもりだったはずだ。あの気迫は本物だった。


 「カッコ悪……」


 結果、逃げ出す始末だ。

 大剣のアーティファクトを支えにして立ちあがると前方にプレイヤーがいるのに気がついた。一度だけ大きく跳ねる心臓に気づかないフリをして己の武器を構える。


 「ああ、君が例の初心者? 格好をつけたいがためにここに残ったガキ?」


 白いコート、眼鏡をかけていて理知的な印象を持つ男性プレイヤーだ。江坂の事を子供呼ばわりしたが、彼もまだ高校生あたりだろうと江坂は思う。


 「……それが?」


 額に青筋を浮かべる江坂は大剣を握る両手に力をこめる。いつでも動けるように腰を深く落としておく。



 「ヒバナ……だっけ、君。僕はソウイチロウ。僕はお前が気に入らないから倒す。オーケー?」


 白いコートをはためかせ、愛想の良い笑顔を浮かべながらソウイチロウは一歩を踏み出す。



 「無敵のアーティファクトって知ってる?」

  

 「俺、まだ初心者だしそんなもんは知らないって」


 「そうかそうか。今日で始めてから何日?」


 「三日だけど」


 江坂がそう答えた途端にソウイチロウから表情が消えた。そして何の前触れも無くサッカーボール大の氷塊が江坂に牙を剥いて来ていた。驚く間も無い。かろうじて大剣の腹で急所だけはガードする。



 「ここは間違ってもそんなヒヨッコが来ていい場所じゃないんだけどな」


 「それって差別か?」


 「いや、区別だよ」


 大剣を握る両腕に全力を込めると江坂は大剣を脇に構えて真正面から特攻をかける。さっきの仙波に比べたらこいつは可愛いものだと思える。

 それに対してソウイチロウは二度氷塊を放つ。その塊は球状という型をもって弾丸のごとく再び江坂に襲いかかる。腹の大きい白刃が二閃。敵が放った飛び道具を斬り伏せた江坂は立ち止まること無く前へと駆ける。

 しかし一度潜り抜ける程度は相手も予想通りだったようだ。第二射の氷塊が既に飛来してきている。


 「疾っ!」


 短く息を切った江坂は目前に迫った氷塊を前に踏み出した右足を軸に体全体を時計回りに回す事で回避し、その先に迫って来ている二つ目の攻撃に、回した体の勢いをそのままに大剣で横一閃に叩き斬る。

 得も言えない高揚感。鼓動がドクドクと脈打っている。目線だけをソウイチロウに向けると次射が五つ。まだ勝負は始まったばかりだ。





 「ヒバナ、ノッてるな」


 大きさ一メートル強の白い折り鶴はその背中に自らの主、仙波を乗せて青空に滞空していた。そして彼女は高見の見物に洒落こんでいる。傍に滞空しているもう一つの折り鶴には友人のカイもいる。


 「バトルセンスは中々、悪くない……むしろ初心者で二割程度の“傀儡師くぐつし”を相手によくやっている」


 「でしょでしょ。私から逃げ出した時とは別人みたいだよ」


 「……どこまで保つか」


 フン、と鼻を鳴らした黒衣の少年カイは地上を見下ろす。現在の生き残りは十人。まだまだ結果は分からない。



 「ねえねえカイ、ヒバナが勝つ確率は?」

 

 「0」


 「じゃあ“オーバードライブ”は?」

 

 「……贔屓は止めておけ。仮にできたとしたら0.01だ」


 「贔屓、は否定できないかもだけど絶対にヒバナはトップランカーになる。現ナンバーワンのカイと張り合えるように絶対になる」


 「そうだな……それが贔屓だ」




 「さっきの無敵のアーティファクトってやつ、使わないの?」


 何個目になるか分からない程、敵の飛び道具を斬り伏せた。状況は拮抗。しかしそれが仮初なのは江坂自身がよく理解している。相手はレベル100を越える上級者なのにたかがレベル10の自分がロクに戦えてる事がおかしい。つまり全力で手加減されている。



 「僕が所持しているとは言ってないけどね」


 「何か自慢したいような口ぶりだったからさ。自慢したくてもその相手が元ネタを知らないんじゃ、くどくど説明しなきゃいけないだろうから面倒くさくなったんだろ?」


 「うん、その通りだ。心でも読めるの君?」


 江坂の周りの地面に影ができた。直径三メートル程度のそれは秒を刻むごとにその面積を増していく。江坂が事態を理解した時には遅かった。巨大な氷柱が江坂のいた地面に深々と突き刺さり、削岩機のごとく地面を貫きながら舗装された道を砕いていく。

 大きな痛手を負ったと考えるのか、直撃しなかっただけマシと考えるのか。江坂は後者だった。


 「ちっ」


 嫌悪感を露わにするソウイチロウ。今の奇襲で決着をつけるつもりだったのだろう。



 「しぶといね、まるでゴキブリだ」


 「ちっ」


 今度は江坂が舌打ちをする。


 「このゲームは楽しくやるもんで、差別するためのゲームじゃないだろ」


 ソウイチロウは眉間にしわを寄せて上空から氷柱を複数落下させる。無造作ではなく一本目の氷柱を突破すると間髪いれずに二本目、そしてそのあとの追撃が他の退路を封じるように計算されつくして配置されている。しかし江坂は完璧とはいかないが氷柱を避け、大剣を盾代わりにして防ぎきる。


 「差別と決めつけられるのは心外だね。それに他人に自分のプレイスタイルをとやかく言われる筋合いも無い。ましてや格下の初心者に」


 「最後の一言が余計ってね」


 落下してくる氷柱に狙いを定めて、野球の要領で大剣を振る。大剣の腹に当たったそれは一直線にソウイチロウに向かい、氷柱は彼の頬を掠めてゆく。



 「ああっうざったい!」


 「…………分かった。俺もあんたが気に食わない。だから倒す。オーケー?」


 大剣を右肩に担ぎ、左手でソウイチロウに指をさしながら江坂は公言した。経験もステータスも武器も、何もかもが劣っている自分が熟練者相手に勝つと公言してしまった。


 「ハハっ、そうかそうか。なら来なよ雑魚。ランキング9位“傀儡師”ソウイチロウが相手してやるよ」



                         ◆



 「盛大に……喧嘩を売ったな」


 黒衣の小柄なプレイヤー、カイは無感動のその双眸で眼下繰り広げられている出来レースを見つめる。


 「あっちゃぁ……」


 江坂の幼馴染の仙波もとい、チヅルも頭を抱えている。世の中にはやって良いことと悪い事があるが、江坂がやったことは間違いなく後者。しかもゲームの外では大人数の観客がいるので会場は今頃、炎上してるだろう。明日辺りにはBBSとかも炎上していそうだ。

 もう取り返しがつかないし仙波一人にどうこうできる問題でもない。ここは大人しく見守るのが彼にとって姉のような存在の自分にできることだ。



 「まあヒバナなら何とかするかな」


 眼下では江坂が全力でソウイチロウから逃げている。都会のど真ん中、片側四車線程度の道路から狭いビルとビルとの狭い路地のようなところに入って敵が放った氷柱を避けた。


 「しかし今のままでは勝機は確実に0だ」


 上空からなら正確かつ迅速に状況が把握できる。さらに言ってしまえばここから奇襲をかければ江坂もソウイチロウもこの二人に秒殺されてしまうだろう。それをしないのは、



 「まぁ、それをどうやって可能な限り引き上げることができるか、だよね」


 この二人が傍観者という立場で納得してそれを最大限に利用して敵を測っているから。すなわち。

 

 「ここから南……脱落者だ」


 江坂とソウイチロウの勝負だけにかまけているだけではない。カイがそう呟いたあとに彼らがいる場所から南の方向から爆音が発せられ、巨大なキノコ雲が発生する。



 「うわぁ、派手だね」


 「……あいつが乱入して十一人から始まったから、残り九人か」


 「十人じゃないの?」


 「さっき倒されてた。見たこともないやつだったな」


 「それよりさ、ほら、ほら見てよカイ」


 カイの説明をろくに聞かずに仙波は瞳を爛々と輝かせて幼馴染が闘っている場所に指をさす。今にも仙波は自分で作り出している折り鶴というこの足場の上で踊りだしそうな勢いでカイの黒衣をひっぱる。



 「ヒバナの勝率さ、0.01くらいには上がったんじゃないかなっ!」


 信じられない、と代弁するかのようにカイは大きく目を見開き、しばしの間呼吸を止めていた。





 江坂は逃げている。背後から迫るのは無数の氷柱と氷塊、それらが地面に激突するたびにガラスが砕けるような音とともに細かい破片が飛び散る。ビルとビルとの狭い路地は一方向からの攻撃しか受け付けず、江坂にとっては有利に働いていた。


 「ちっくしょう……」


 悪態をついても状況が好転するわけがない。恐らく敵の攻撃が一撃でももらえば即アウト。今は逃げ続けるだけだ。

 ヒヤリと背筋に悪寒が走る。それは生物的本能の危機察知能力ではなく、ただ単に江坂の両側に建っている高層ビルが隅から隅まで凍りついていただけだからだ。

 逃げ道は今走ってきた後方があるが十中八九、相手ソウイチロウが待ち伏せしているだろう。左右は十数メートル強の壁。残るは前方だけだが、しかしどちらに行くにしても結局窮地には変わりが無かった。

 ビシリと音をたてて氷像と化した左右にそびえるビルにひびが入り、ビシビシと建物全体を侵食して崩落のカウントダウンを告げる。今からこの路地を前方に突き進んだところでここから脱することはできないと簡単に想像がつく。

 もうすぐ巨大かつ無数の凍結したビルの残骸が降り注ぎ始めるだろう。いつの間にか江坂の足は留まり上空を見上げていた。ビルとビルの間から見える青空は綺麗という言葉では役不足なほどに澄み渡っているが、隙間だらけでみっともない天蓋てんがいのように空を塞いでいた瓦礫が降り注いできた。


 「っ……!!」


 おかしいと思っていた。

 もしもここにいる自分が本来の自分のままなら1キロも走り続けるはずがない。無理をして100メートルと少しぐらいだ。その後には腹の中が暴れ回り、呼吸することが苦になるほどの疲労感が来る。だが仙波から逃げるときにそれができてしまった。あの時のようになれたら、なれたら……。


 江坂は駆け、跳んだ。足場にするのは崩落を始めているビルそのものではなく、その一部である巨大な瓦礫である。垂直に駆けあがるのではなく落ちて来た瓦礫を踏み台にして上へと上へと駆けあがる。落下してくるビルの一部を貰えばアウト。逆にそれを利用して足場にしてやるのだ。 



 まるで、いつの日にか、夢をみていた風景が、現実になったようで。

 自分が知っている漫画やゲームは所詮作り物で、その世界はリアルじゃなかった。だから憧れた。自分が世界を救ったり思いがけない方法で窮地を脱したり、これまたピンチにパワーアップした仲間や主人公が王道よろしくかけつける。

 叶わない、だからこそ憧れ、夢に見る。

 ならばそれが叶う場所があって、その場所に自分がいて、現在進行形で、崩落して頭上から降ってくるビルの残骸を足場にして跳び続け、ピンチを脱しているなら。



 ここに残ると無謀を言った時だって面倒くさいからじゃない。その方が絶対に楽しいと思ったから。抗えない逆境を乗り越えることこそが最高に楽し過ぎてたまらない。そういうのが恥ずかしくて言えなかった。現に今は楽しくて楽しくてしょうがない。心臓は歓喜の雄叫びをあげていて、心は最高にハイに。



 また一つ、破片を足場にして駆けあがる。

 上から降ってくる残骸の向こう側には限りなく広い空が広がっている。残る残骸は数個程度だった。

 そこで江坂は上昇を止めて重力に身を預けて落下を始めた。現在は地上10メートル弱と言ったところか。ハイスピードで迫ってくる凍結した残骸を彼は宙で身を捻って回避する。これで凌ぎ切ったはずだ。遥か上空からの落下だが今の自分ならその衝撃さえも殺すことはできる。そして無事に着地に成功すると江坂はソウイチロウを見据える。



 「オーバードライブ? まさか始めて三日の初心者が? 信じられない……」

 

 二人の周囲には凍結したビルの残骸が散らばっており、平坦だった地面は積み重なったそれらによって元の面影が全くない。そしてその積み重なった頂点に立ち、肩に大剣をかつぎ、強者を見下ろす弱者の姿があった。


 「……ふぅ。もう終わりじゃないよな? ランキング9位とやらの“傀儡師”さん」




                         ◆



 「……本物か」


 「カイ曰く、あれほど出力の高いオーバードライブでも勝率は0.01なんでしょ? あのレベルだと私でもどうかなと思うけど」


 「当たり前だ。伊達でトップランカーを名乗れるほど……このゲームは甘くはないさ。それにアーティファクトの性能差も圧倒的だ……しかし面白い」


 するとカイは今まで乗っていた折り鶴の上で立ち上がる。


 

 「どこ行くの?」


 「他のプレイヤーを倒しに行く……あのバトルを邪魔されると迷惑だ」

 

 「行ってらっしゃい」


 仙波は隣の折り鶴から飛び降りる黒衣の少年を見送ると、友人が乗っていたその折り鶴を消した。



                         


 エンシェンティア狐之葉市、バトルモードの会場はその圧倒的な広さをも埋め尽くすほどの人がいるにも関わらず静まりかえっていた。

 原因は第3試合場、レベル100~のプレイヤーがバトルするはずのそこに一人だけイレギュラーが混じっているのは既に周知だった。その乱入者が初心者でたったのレベル10で早々に退場してしまうのは自明の理のはずだった。

 なのに今の試合状況はどうだ。

 ランキング10位圏内の猛者の攻撃を避け続け、あまつさえオーバードライブを発動させてこうして観客や順番待ちのプレイヤー全員の呼吸を奪っている。



 レベル1~50の試合会場の司会を務めている木村春奈は背中に強烈な痺れが奔るのを感じた。それは痛みではなく脳に、自分という存在そのものに、悦楽を感じさせるものだった。

 今はアルバイトなんてどうでもいい。今はあの両手でも納まりきらないサイズのダイヤの原石をしかと見届ける必要がある。見届けなければならない。


 「早く早く、その次を見せてよ……」

 

 食べてしまいたい。初心者に対する思いやりとかもどうでもいい。ぐっちゃぐちゃにして、それでも執拗に抗ってくるあの子を潰して潰してツブしてツブシテ。

 いけない、と思ってすぐに切り替える。そう、半熟より完熟の方がいいに決まってる。だから名前だけは覚えておこう。 


 ヒバナ。何とも珍しい名前だ。しかし逆に印象が強くすぐに覚える事ができた。ああ、いつになったらここまでたどり着いてくれるのだろう。




                         ◆



 「氷像惨劇フリージング・パペット・ショー”―――発動」


 傀儡師は静かにそう呟いた。それはアーティファクト発動の言葉。

 江坂は反射的に今いる積まれた氷礫の上からすぐさま退いて、敵から距離を取った。 



 「オーバードライブを発動するなんてね。謝罪代わりにちょっと本気出そうか」


 「オーバー、ドライブ?」


 「……知らないのかい? まあ、知らないのならそれでいいか」


 江坂の背後からギシッと何かが軋む音がした。振り向くと氷の人形がいた。顔は無く、四肢が情け程度にある粗末な人形。背丈は江坂より頭一つは小さい。その両腕は氷柱そのもので、手の平は無く刺突にだけ使えるものだった。軋みの音は関節が動いた事によって氷と氷が擦れ合ったために発したのだろう。

 その人形が右腕を江坂に向けて容赦なく突き出してきた。眉間を狙ってきたその刺突を江坂は首を左に傾ける事によってかわし、そのまま前へ踏み込んで頭突きで人形の頭らしき部分を砕く。


 ギシギシギシ。

 まだ一体目の人形を撃破しただけに過ぎなかったようだ。江坂の周囲には次々と先程と同様の人形が生まれ始めていた。


 「多対一……か」


 「まさか敵の戦略にいちゃもんをつける気かい?」


 「そんなわけないだろ」


 江坂は左側から繰り出されてきた刺突を紙一重でかわして大剣で斬り伏せる。そして勢いをそのままに近くにいた人形二体を屠る。



 「こっから楽しくなってくるんだからさ」


 「勝手に言ってなよ」


 人形はさらに数を殖やし続ける。それはもはや人一人に手を負える規模では無くなっている。

 しかし江坂は奮戦する。近くにいる人形を片っ端から斬り伏せて繰り出される刺突をかわし続けるが限界というものがある。どうやっても避けきれない攻撃がかすり傷として蓄積していき江坂のHPを確実に削っていくのだ。

 ジリ貧もいいところだ、と江坂は思う。このままでは自分がゲームオーバーになるのが決まり切っている出来レースだ。しかし追い打ちをかけるように。

 

 ビシリ、と嫌な音がした。


 その不快音は人形が砕けるものではなく自分の手元から発せられた。江坂が握っている大剣の刃全体にひびが入ってしまっている。


 「おい、なんだよこれ!?」


 「劣化判定を知らないのかい? アーティファクトを使い続ければいつかは壊れてしまう。それが劣化判定だ。確率でアーティファクトに蓄積されていって劣化率が100%になれば壊れて無くなってしまう。今の君の武器は劣化率98%ぐらいだね」


 「ってことは……」


 「残り2%で君の武器は消えて無くなってしまう。まぁ、劣化判定がでるのは確率だから、それさえでなければ使い続ける事はできるけど、ゲームにそんな奇跡があるとでも?」


 「…………」

 

 そして今更気づいた。自分のHPがほとんど無くてゲージがレッドゾーンに突入してしまっている。今まで運に恵まれて敵の攻撃の直撃はなかったものの、少しづつ蓄積した故にここで響いてきたのだ。これではゲームオーバーが先になるかもしれないという不安を無理矢理振り払って勝つための戦略を必死で練るが、無い。

 江坂は苦虫を噛み潰したような顔をしてまた一体の人形を屠った。そして一際大きい軋みとともに大剣の罅が広がる。

 

 「99%」


 ソウイチロウのその言葉が江坂に深く突き刺さる。

 前方から四体の氷の傀儡が襲いかかってきたのでそれを横一線に迎撃した。周りにはまだ無尽蔵のように氷の傀儡が群がっているが、 大剣が砕け、光の粒子となって消えた。



                         ◆



 「ファイア」


 江坂の周囲に爆撃が連続する。それは氷の傀儡のみに狙いを定めており、江坂とソウイチロウには直撃はしなかった。そして江坂の目の前で桃色の着物が翻る。敵だったはずの彼女は幼馴染のままで少年の眼前で背中を見せて凛と立っている。



 「ん、善戦したね。お疲れ様……ブロック」


 背後から音も無く近づいてきた氷の傀儡の刺突は青い有色透明の障壁に阻まれた。

 江坂が驚いたのは人形による奇襲だが、本質はそこでは無かった。人形の動きが流麗でまるでその道のプロを連想させるほどに鮮やかだったから。自分の時とは明らかに違う圧倒的な差とそれを見もしないで防いでみせた幼馴染。



 「何で……?」


 「もう我慢できなかったからさ。あとでカイが怒るだろうなぁ」


 苦笑して仙波は攻撃ファイアの命令を自分の折鶴アーティファクトたちに下す。



 「オーバードライブっていうのはね」


 仙波はソウイチロウが放った氷柱をことごとく爆砕していく。それは彼女本人が直接手を下しているわけではなく、攻撃は彼女の左右に浮遊している1メートル強の大きさをした折り鶴の頭部の先端から迸る爆撃が行っている。



 「いくらでも強くなれるバトルモード専用の補正なんだ。あ、でも幾らでもは言い過ぎかな。まあとにかく強くなるっていうのは主にキャラのパラメータの向上だよ。さっきの緋花みたいな感じ」


 折り鶴がその数を2から4に殖やす。殖えた分の折り鶴は二人の周囲に展開する氷の大群の駆逐を始めるつつソウイチロウ本人の攻撃を相殺していく。



 「その発動条件は思いこむこと。俺は、私は、ここじゃあんな事もこんな事もできる。その思いが強い……じゃおかしいか。純粋であればあるほど比例してオーバードライブの出力は上がっていくんだ」


 しかし折り鶴の爆撃の連続よりも傀儡の増殖の方が速さで上回っている。次第に仙波の表情が曇ってゆくが声にはそれを感じさせないほどの明るさが声にある。後ろにいる幼馴染が立ち上がるまで自分が時間を稼がなければならない。


 

 「本当の事を言うとさ」


 360°全方位を人形に囲まれた。仙波もそれに応じて自分と江坂の周りを8の折り鶴で防御網として囲って応戦する。しかし人形の包囲網は簡単に抜け出せるものではなく、仙波の折り鶴が爆撃を行って幾本の火柱を立てようとも活路は見えそうになかった。


 「さっき崩壊してるビルの欠片を足場にして跳んでたよね? あれね、私でも結構難しいんだよね。あれだけの出力のオーバードライブを維持するのってレベル高いからさ。それをやってのけた緋花は今じゃ有名人。このゲームが終わったらヤバいよ絶対」


 いつもとは違う、桃色の着物を着ている幼馴染。その背中がとても大きく見えた。そしていつの間にか消耗してレッドゾーンに陥っていた自分のHPが全回復している。



 「でも俺はアーティファクトが壊れて……それに何でHPが?」


 「何のためのクリアボーナスなの?」


 「は?」


 思わず訊き返していた。あまりにも即答過ぎて意表をつかれた。


 「緋花のアーティファクトはあんなしょぼいやつだけじゃないでしょ? さ、ステータス画面からさっさと装備してくれないと私も厳しいんだよね~。あと回復は私の出血大サービスだよ。感謝してね」


 氷の傀儡の内の一体が防御網を突破してきた。それに気付いた仙波はすぐさま駆けだして回し蹴りで粉砕すると、仙波は9匹目の折り鶴を出現させてそれに江坂を乗せる。そして主の命を受けた折り鶴は真上に上昇していく。

 傀儡がここぞとばかりにその折り鶴の跳びかかるが、仙波とそのアーティファクトの折り鶴がそれをさせない。

 

 「ちょっ……何だよこれ! おい、ちー姉!」


 「あ~ごめんね。足手まといだからどっか行っといてね」


 彼女が用意した唯一の脱出路から見下ろす江坂は、歯を強く、強く、噛みしめる。





 「追撃はしないんだね、珍しい」


 「優先順位が多少変わっただけだ。結果的に俺が勝つことには変わりないからね」


 どうやら江坂と話して彼を逃がしている間にソウイチロウは人形の大群の中に紛れたらしい。彼の事だから今の外見は人形とそっくりにするようなアーティファクトを使って、完全に擬態カモフラージュしているだろう。

 しかしそこまで距離は離れていないらしい。会話できるのが何よりの証拠だ。だから仙波は可能な限りの戦力を展開させる。20体の折り鶴が一挙に主を守るように出現した。



 「ここからだよ」


 意気込んだ仙波の脳裏にしかし、諦めが過ぎる。

 今の状況は簡単だった。仙波が現最大戦力を出現させたと同時に氷の大群が糸が切れた人形のように、ドミノが倒しのごとくその場に崩れ落ちたのだ。何事かといぶかしむ仙波の頭上を巨大な影が覆った。見上げれば周囲に樹林のように乱立するビルと同程度の大きさの氷の人形が立っていた。

 ただ、それだけだ。 


 「前方展開!」


 氷の巨像が右腕を振りかぶった。今から逃げたとしても安全圏には間に合わない。だから20全ての折り鶴を盾として前方というよりもほぼ真上に展開して、防ぎきることに賭けた。


 「一つ、質問しようかな」


 氷の巨像の主は問いかける。巨像は圧倒的な質量と重量、そして速度という最大の武器を以って拳を振り下ろした。


 「それは防御のつもりかい?」


 地響きではなく地震が発生した。舗装された道路は毛細血管のようにヒビが枝分かれし、拳が直撃した地面にはただ半径8メートル程度のクレーターが残っていた。もちろんそこには誰もいない。傀儡師は全力で敵を倒すことに成功して次の獲物を探し求める。最強の人形を引き連れて。




                         ◆



 江坂は仙波が出現させた自分の身長以上はあろうかという折り鶴にまたがっている。ステータス画面を開き、そこから装備一覧の画面を表示させる。


――――――手に入れたアーティファクトは装備しなきゃ意味ないなんて常識だろ……何やってんだ俺。


 武器に選んだのは“フレイムブレード”という大剣型、炎属性付加のアーティファクト。そして“耐火の腕輪”という装飾品型アーティファクト。

 このフレイムブレードはそれなりに強力らしく、そのバランス調整のために常にHPが減少し続けるというデメリットも兼ね備えているみたいだ。しかし火属性の耐性を上げることによってそのデメリットが緩和することができる。そのカバーの役割を担うのが二つ目のアーティファクトという事になる。

 自分の運の良さに一抹の不安を覚えながらも戦闘準備を終えた江坂は不意に落下した。


 それは乗っていた折り鶴が消滅したからだった。何故消えたのか。想像という補完は意味も無く、ただ重力に任せて落下しながら振り向けば巨大な氷の人形がいる。それだけで大体の大筋は分かる。ソウイチロウが本気を出して仙波が負けた。ただそれだけの構図なのだろう。

 もしも仙波が自分に構わずに戦い続けていたら勝っていたのだろうか。せっかくのチャンスを自分が無駄にしてしまったのだろうか。

 氷の巨像がこちらを向いた。目や口などは無く、ただ鼻などの表面上で分かる部分だけが大雑把に再現されている人形がこちらに向けて一歩を踏み出した。地面が縦に揺れる。

 江坂は何とか落下の衝撃を殺し地に足をつけると敵を見据える。


 「やってやる……やってやるさ」


 結局、仙波は江坂に託した。それは変わらないのだ。だったらここで立ち止まるより、あいつに勝ってガッツポーズの一つでも見せてやらないといけないのが筋だ。振り返る。目の前には怪獣漫画よろしく巨大な敵だが先程のような人並みの人形はいないようだ。何もトップランカーだからと言って無敵超人ではないわけだ。

 戦力差は明らか。だから真正面から戦っても勝ち目は無い。狙うならばこいつを操ってるソウイチロウ本人。江坂は駆ける。遥か前方、氷の巨像の後ろで控えている本体を叩くために地面を蹴った。



 「あのさ一応、忠告しとくけど大きいからノロマなんていう先入観は切り捨てた方が賢明だ」


 距離が離れているから江坂はソウイチロウが何を言ったのかは聞き取れなかった。瞬間、上方から江坂の予想を遥かに上回る速さで拳の形をした超重量、大質量の氷塊が江坂を狙って落下してきた。



 「がっ……!!??」


 声にならない声が出ただけだった。一体何の幸運かまた直撃は避けれたがダメージが酷い。仙波に回復してもらっていなければゲームセット確実だった。


 「ほら、これで終わりだ。ま……頑張った方だと思うよ」


 続いて放たれる第二撃。まだ復帰しきれていない江坂に留めにも等しい必殺に対して江坂はそれが直撃するのを待つことしかできない。


 ――――ちくしょう。


 心の中で呟く。


 ――――ちくしょう。


 しかしそんな都合のいい偶然も奇跡もあるはずがなかった、はずだった。


 江坂の視界いっぱいに広がるのは必殺の拳でもゲームオーバーの文字でも無く、狸のようなモンスターの背だった。大きさは氷の巨像の拳と同等程度。その狸がどういう理屈か、腹部を目いっぱいに膨張させて巨像からの一撃を防いでいた。


 「……は?」


 わけが、分からない。攻撃を防いでくれた以前にこいつは一体何者で、どういう目的でこちらを助けたのか。江坂の頭上でクエスチョンマークの往来が絶えない中、ソウイチロウが大声で怒鳴った。



 「馬鹿な! ジャマーモンスターだって!? 下らない試合ぐらいさっさと終わらせてくれよ、くそったれ!」


 ――――ジャマーモンスター?


 江坂は内心で首をかしげるがある仮説を作って無理矢理自分を納得させる。“とりあえず、負けそうな奴に逆転のチャンスを与える、ある意味でお邪魔、ある意味で女神ポジションなモンスター”という仮説。これが間違っていなければまだやれる。

 氷の巨像の拳を防いだ狸は限界まで膨らませている腹部を次第にしぼませていく。その動作と同時に口から白煙を吐き出した。それが完了すると狸は何処へと消え失せてしまった。

 

 「煙、幕?」


 戸惑いながらも現状の把握に努める。

 氷の巨像の一撃で負けたと思ったら突如、ジャマーモンスターという狸のモンスターがこの一撃を防ぎなんとかゲームオーバーを免れた。そしてその狸が今度は煙幕を吐き出して格好の逃げ道まで用意してくれたのだ。

 しかしとも思う。このまま逃げて勝機はあるのか、と。いっその事このまま特攻をかけるのも一つの手段だ。



 「ゲホッ……ただの煙幕じゃないのか?」


 周りが煙幕に覆われていて視界がゼロだが、江坂は気づく。この煙幕はただの煙ではなく粉末のような粉が舞っている事で視界を奪っている。粉だから余計に目や喉が痛く感じるのだろう。そして粉という事に引っかかりを覚えた。


 ――――粉? 粉末? 粉塵? 


 現在、自分が携えている大剣を見る。それは炎属性付加の能力があるフレイムブレードという名の大剣。いける。と判断した根拠は何なのか分からなかった。でも無駄にリアルを再現しているエンシェンティアなら可能だろうとそう思ったから。

 まだこの煙幕は広がりきっていないがある程度は霧散している。やるなら今すぐがいいが敵が攻撃してないのにやっても自爆して終わり。ならば誘うしかない。声の限り叫ぶ。


 「な、何だよこの煙幕!? ゲホっ、くそ前が見えない…」




 ソウイチロウはいぶかしむ。まさかジャマーモンスターが乱入するとは予想外だった。そしてあの目障りで仕方がない初心者は煙幕の中に隠れてしまった。出てきたところを潰そうと考えていたが、向こうは向こうで混乱してるようだ。ならばさっさとケリを着けよう。

 氷の巨像に命令を下す。煙幕の中を適当に殴り続けとけ、と。


 

 江坂は耳を澄ませる。欲しい情報はただ一つ。そしてしばらく待てばそれが来た。そこにある空気が圧され、ゴウッという音を轟かせて巨大な何かが迫ってくる音だ。

 それを合図に大剣のアーティファクトの能力を起動する。発火。ボウッと大剣の刃が炎に包まれる。途端に炎が煙幕、というよりは粉塵の中を伝播してこの中にある酸素を貪欲に貪っていく。そして江坂は幾度となく繰り返される爆発の中で見た。氷の巨像の腕が自分に向かってくるのを。


 粉塵爆発。

 それは通常のアーティファクトの能力の数十倍の威力を持った現象として、周囲を破壊し尽くす。その対象にソウイチロウが操る氷の巨像の腕も含まれていた。



                         ◆



 「このっ……!!」


 氷の巨像全体を巻き込むには規模が小さかったため、撃破には至らなかったが右腕の肘から先が消し飛んでいた。怒り心頭という言葉では収まりきらない程にソウイチロウは怒りを露わにする。表情は怒りに歪みきっている。


 「お前の負けだな“傀儡師”」


 声がしたのはソウイチロウの背後。そこには黒衣を着た小柄な男性プレイヤー。黒衣は擦り切れたコートのようで襟を立てて口元を隠している。それに対しソウイチロウはしかし戦慄したように呆然と立っている。

 

 「ランキング一位……カイ」


 「分かってる……よな? たかがレベル10のひよっこにそこまでボロボロにやられてるんだ。もし……そいつがもう少しロクなアーティファクトを持ってたら……結果はどうなっただろうな」


 「うるさい! 結果的に今残ってるのは俺だ!」


 「結果論じゃ……ないのか?」


 ソウイチロウは声に出さず、氷の巨像に命令を下す。徹底的に叩き潰せと。そして破壊された腕とは逆の腕で殴りかかるが、黒衣のプレイヤーは真っ向から右腕で殴り返す。

 カイの右腕に装着されているのは甲の部分に加速機のような機構が取り付けられている手甲ガントレット。加速機構が金属を切る時のような不快音とともに一瞬にして最大出力まで上りつめる。そして拳を振りぬいた。

 傍からみれば圧倒的な差は真逆となる。氷の巨像の腕が木端微塵に砕け散って黒衣のプレイヤーが残身していた。

 そしてカイはソウイチロウの懐に素早く潜り込む。既に手甲の溜めが始まっている。反応が遅れたソウイチロウは一息遅れてバックステップを踏むが間に合わない。自身の数十倍の大きさを持つ拳を砕いた拳が傀儡師に直撃クリーンヒット。そして傀儡師もがこの仮想空間から強制離脱した。



 「何で……終わらない?」


 カイは疑問を持った。もうプレイヤーは残っていないはずだ。粗方自分が倒したし残っているのは傀儡師と自分だけだったはず。その本人を倒したのにゲームが終了しないのはどういう了見か。バグに重なるバグということを疑ったがそうではないらしい。

 自然と辺りを見渡してとある一か所に目をつける。それは粉塵爆発という現象があった中心。そこに脱落したはずの一人のプレイヤーがまだ残っていた。





 「あれ……何で、残ってるんだ?」


 全く、このゲームには疑問が尽きない。倒されたと思ったら何度も何度でも生き残ってしまう。自分の感覚が狂ってしまいそうだ。ステータス画面を見てみればHPは1。ますます運を使いきってしまっていないか不安になってくる。

 ゆっくりと立ち上がろうとするが、上手く力が入ってくれない。そして声が聞こえて来た。その方向を見れば黒衣のプレイヤーがいた。江坂は地面にうつ伏せに這いつくばって見上げる事しかできない。


 「なるほど、火属性の耐性を上げるアーティファクトを装備……してるのか。これで爆発のダメージが軽減されたと? 強運にも程があるが……とにかく、おめでとう。2位だ」


 そして、江坂が次に見た光景はテンプレートで装飾された~game over~の文字だった。

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